第152話 家族団欒

「お邪魔します。これ、お土産」


 麻衣子は、慧の実家からもらった肉や買ってきた野菜を杏里に渡して、夕飯はすき焼きにしようと提案した。


「すっごい! 無茶苦茶いいお肉じゃん! 」

「慧君のおうちからもらったやつだから」


 麻希子と忠直は、コタツに二人くっついて入り、テレビを見ていた。


「いらっしゃい。寒かったでしょ。おコタ入りなさい」

「お邪魔しま~す」


 慧は遠慮なく部屋に入ると、コタツの中に足を入れ、スマホを取り出してゲームを始めた。


「昨日は、自分の部屋でよく寝れたんじゃない? 」

「ですね」


 全く緊張している様子もなく、いつも通りに過ごす慧を見て、呆れると同時に感心しながら、麻衣子はお昼の準備をしている杏里の手伝いをしに台所へ顔を出した。


「昨日、母さん帰ってきてからどう? 」

「別に普通だけど? 忠直とイチャイチャしてから仕事に送り出して、あたしとテレビ見てから寝たよ。ああ、そう言えば……」

「何、何? 」


 卵を割っていた麻衣子の手が止まる。

 杏里は、流しの下からメンツユを取り出すと、これでいいやと鶏肉と玉葱を切ったものを煮始めた。今日のお昼は親子丼で、味付けは手を抜くことにしたらしい。


「メンツユ、最強だよね。味付け間違いないもん」

「そうね……じゃなくて、母親! 母親……の様子はどうだった? 」


 麻衣子はしまった襖の向こうの麻希子達の様子を気にするように、小さな声で聞いた。


「麻希子母さん? 普通にご機嫌だったけど? 」


 ご機嫌?

 確かに、さっきの慧に話しかける口調も怒っている感じではなかった。


 丼が出来上がって運ぶと、慧は忠直とニンテンドウスイッチをやっていた。


「マリオ? 」

「おう、マリメー。忠直さんが作ったのやってんだけど、なかなかエグいんだよな」

「お昼だから止めて」


 言った途端、マリオが穴に落ちてしまう。


「チッ! 」


 忠直が嬉しそうに笑い、慧はもう一回! とゲームを始めてしまう。


 仲良くゲームをしてくれるのは喜ばしいことだが、せっかく作ったお昼が冷めてしまうのはいただけない。

 お昼だよ……と再度声をかけようとした時、杏里がテレビのリモコンを取り上げ、チャンネルをかえた。


「忠直、ご飯の時はゲーム禁止でしょ! お兄さんもね! 」


 この家では、お金を稼いでくる忠直よりも、家事全般をする杏里が優勢らしい。忠直は素直にゲームの電源を切ると、「美味しそうだね」と、丼を受け取ってきちんと正座をする。


「はい、いただきます! 」


 杏里が手を合わせ、それを合図に皆がお箸を手に取る。

 麻衣子はとろろ昆布で作った簡単お吸い物と、胡瓜の浅漬けを運んで、コタツの角に座った。


「このお吸い物、懐かしい! 」


 麻希子がお吸い物に口をつけて、ホーっと息を吐く。


「懐かしいって、出汁と醤油で味付けただけじゃない」

「この微妙な味加減が、なかなか出来ないのよ」


 しかも、出汁もちゃんととったわけではなく、簡単に出汁の素を入れただけだ。


「お吸い物や味噌汁とか、簡単そうで、なかなかいいお味にならないのよね。うちは、麻衣子も杏里ちゃんも料理上手で良かったわ。あたしが作るより、ずっと美味しいんだもん」


 うん、母親の手料理なんて、ほぼ記憶にないから。


 小学校の時から包丁を握っていた麻衣子は、母親の味を知らなかった。ただ一つ、オムライスを除いては。


「麻希子母さんの手料理、壊滅的だもんね」

「やだ、杏里ちゃんったら。あれはちょっと気合を入れすぎて失敗しちゃっただけよ」


 初めて杏里と会った時、麻希子は料理でもてなそうとし、作りなれない料理を作って大失敗したのだ。通常作りなれていないのに、目分量でアバウトに作ったものだから、味がえらく濃いのや、全く味がしないものまで、とにかく食べれたのは白いご飯だけだった。見た目だけは良かったものだから、口にした時の衝撃は半端なかった。

 そのおかげで二人は仲良くなれた……という経緯もあるのだが。


「あたし、あれから麻希子母さんが台所に立つの禁止にしてるもん」

「麻衣子は料理美味いのにな」


 慧がボソッとつぶやくと、杏里は「当たり前じゃない! 」と声を大きくする。


「お姉ちゃんは料理家にもなれるよ。あたしみたいに時短料理じゃなく、手抜かないで作るもんね」

「そんなことないわよ。手抜くとこは抜くし……」

「お兄さん、本当幸せよね。なかなかこの年で、こんなに料理上手な彼女はいないから」

「まあ、外食するよりは、こいつの飯食ってた方がいいな」


 麻衣子の料理上手が、インドアな慧をよりインドアにさせていたとは……。


「あ、なんか、ご馳走様って感じ? お兄さんもデレるんだ」

「デレてねえよ! 」


 杏里がちょっかいを出し、慧が面倒くさそうに、でもちゃんと反応している様子は、この二人の方が兄妹って感じだった。


「麻希子さんのオムライス……、あれは美味しいよ」

「やだ、忠直君。無理に探さないでいいわよ」

「いや、あれは美味かった! 麻衣子も敵わないんじゃないかな」

「ああ、母さんのオムライスね。あれはまあ、普通に美味しいかな」


 病気知らずの麻衣子が、たまに寝込んだ時に作る母親の定番で、鶏肉じゃなく鶏挽肉で作るサッパリオムライスだ。


「あの、卵に書いてくれる絵が絶妙なんだよ」


 忠直が誉めているのは、どうやら味つけではないらしい。


「芸術レベルだよ! 」

「わかったから、手と口を動かして。冷めちゃうでしょ。麻希子お母さんも、玉葱よけないでね」


 忠直といる杏里は、まるでお母さんのようだ。

 多分、これで麻希子がしっかりと主婦ができてしまうような人だったら、今ほどこの三人は上手くいかなかったかもしれない。

 忠直と杏里の生活を崩すことなく、さらに麻希子に手間がかかることで、逆に杏里の居場所が確保されていた。

 これなら、いずれ三人で生活するようになっても上手くいくかもしれない。


 昼食を食べ終わると、忠直が洗い物をかってでた。


「慧君は、家だと分担とかあるの? 」

「分担っすか? いや、別に」

「あら、ダメよ! 麻衣子は何でも自分で出来ちゃうけど、これから社会人になったら、学生の時みたいにはいかないわよ」

「はあ……」


 まるで、同棲を認めているような麻希子の話しぶりに、テーブルを拭いていた麻衣子の手も止まってしまう。


「忠直君、やっぱり今時のカップルは家事分担が基本よね! 」

「麻希子お母さん、今時のカップルって言い方が今時じゃない」


 杏里に茶化されたが、麻希子は特に気にした様子もなくおばさん全開で話しを続ける。


「あら、カップルはカップルでしょ? 夫婦じゃないんだから。アベックとか言ったら、何かイヤラシイ感じじゃない。ともかく、女だけが家事をする時代じゃないんだからね」


 麻衣子は恐る恐る口を開いた。


「あのさ……、慧君と住んでるの……いいのかな? 」

「ダメ! ……って言っても、今更なんでしょ? 」

「……ごめん」

「まあ……、ちょっと前なら反対もしたんだろうけど、もう就職も決まって、自分のことは自分で責任とらなきゃなんだから、あたしが口出しするのも、もう……ね? それに、大学の時だって、少ない仕送りで頑張ってちゃんとやってきてたの見てたから」

「母さん……」


 生活はもちろん、着る物から小物に至るまで制限していた高校までの母親からは、想像もできない言葉だった。


「それに、慧君のご家族もとても良い方々だし、慧君となら同棲も……その先も見据えて、まあ良いのかなって思ったからね」


 慧との結婚は反対と言っていた麻希子が、180度方向転換していて、麻衣子は狐につままれた気分だった。



   


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