第209話 勘違いも大概に
「これって……」
麻衣子はメモを何度も読み返し、何故浮気の証拠の品と真逆なこんなメモが出てきたのか頭の中で?マークが飛ぶ。
殴り書きみたいな、丁寧に書いたとは到底思えないその文字に、慧らしいというかなんというか……。
【元旦の返事を聞かせろ。OKなら箱の中身を見ろ】
箱って……?
麻衣子は紙袋には慧の浮気の証拠のUSBメモリでも入っているもんだと思っていたが、(後で思い返すと佳奈と凛花の呪いとしか思えなかった)プロポーズの返事を聞く内容に、さすがにそれはないかと頭の中のモヤモヤがすっきりしていく気がする。
「で、いい加減に何をすんだ? 」
「あ~、はっはっは……、私の勘違いだったみたい」
「あんだよいったい?! 」
「ううん、ごめん。で、箱って?」
慧は訳わかんない顔をしつつ、ポケットから黒い箱を取り出した。いや、黒いラッピングで包まれ、赤いリボンがついた、掌にのるくらいの小さな箱だった。
「開けていい? 」
「どうぞ」
まあ、この中にUSBメモリが入らなくはないだろうが、さすがにそんな意味不明な浮気のカミングアウトはしないだろう。
ということは、見た目通りの、プロポーズの後に男子が女子に送るあれ……ということで間違いないだろう。
麻衣子は震える手で丁寧にリボンを外し、小さく丸めて鞄にしまう。ラッピングもなるべく破らないようにテープを外すと、やはり丁寧に畳んで鞄にしまった。
出てきたのはクリスタルの箱に入った指輪。麻衣子に本物と偽物を鑑定する鑑定眼は備わっていないので、ジルコニアなのか本物のダイヤモンドかわからなかったが、その正否は関係なかった。
「はめていい? 」
「どうぞ」
麻衣子は左手の薬指にダイヤの指輪をはめた。
「よし! はめたな! ワッハッハ!! 」
何やらプロポーズのOKをもらったというより、イタズラに見事にひっかかったな! というようなテンションの慧に、麻衣子は嬉しい反面困惑してしまう。
「あの……はめたら外れないとか、そういう何かいわれでもあったりする訳? 」
エンゲージリングだとばかり思っていたが、まさかの呪いの指輪的な……?
「はあ? おまえバカ? そんなもん、どこで売ってんだよ」
高笑いから、一瞬で真顔になり見下したような表情になる慧に、さすがになかったなと麻衣子は赤面する。
「なら、そんな意味不明なテンションにならないでよ」
「何だよ? プロポーズOKでいいんだろ? おまえが頑なにそれを受け取ろうとしなかったから悪いんだろ。せめて見ろよ」
「いや、まあ、うん、そうね。それは悪かったわ。でも、開けるな危険とか覚悟がなきゃ見るなみたいなこと書いてあったから、てっきり危ない種類の物だと……」
語尾が小さくなる麻衣子の指輪をはめたのと逆の手を掴むと、またもやズボッとポケットに突っ込む。
「まじシッコ。急いで帰るぞ」
「せめてトイレって言って」
「何で? 何でもいいじゃねぇか」
プロポーズを受けて、結婚が決まった瞬間の会話とは思えなかった。でもまあ、日常とはこういうことかもしれない。
マンションへ小走りになりながら、麻衣子は手を握って指輪の感触を確かめる。冷たい金属の感触が、ひんやりと自己主張していた。
マンションにつくと、慧はエレベーターがくる間も足踏みをしてどうやら我慢の限界を迎えているらしく、階につくなり猛ダッシュ。ドアを開けたまま部屋に消えた。
うん、情緒も何もないよね。
麻衣子は苦笑いで後に続き、部屋に入るとしっかりドアを閉めて施錠する。
鞄からさっきの指輪の入っていた箱を取り出すと、きちんとしまってアクセサリー入れの入っている引き出しにリボンやラッピング紙メモ用紙もまとめてしまう。
「ほい、これもやる」
いつの間にかトイレから出てきた慧が、麻衣子の後ろから一枚の紙を差し出してきた。
「これ? 」
「本物だって鑑定用紙」
「本物だったの?! 」
「アホか、当たり前だろ」
まだ働いていない慧だから、当たり前ではないと思うし、それなりにサイズもあり、学生がポンッと買える物でもない。
「お母さんに出してもらったの?」
「マザコンじゃあるまいし。貯金だよ。お年玉とか毎年搾取されてたから、てっきり親の懐に入ってたんだと思ってたら、まあ貯金してくれてたんだな」
「お年玉でこんなの買えるって、どれだけもらってたのよ」
麻衣子が学生証の時、お年玉で一万はいかなかった。おばあちゃんが五千円に母親から三千円くらいだったろうか? 親戚も極端に少なかったから、たまに母親の会社の人から千円、二千円プラスに貰えるかで、友達が数万貰ったとと聞くと、内心は凄く羨ましかった。
それが、ダイヤモンドの指輪が買えるくらい貯めていた慧って……。
金銭感覚を引き締めていかないと!! と、麻衣子は心底決意した。慧に合わせるのではなく、麻衣子に合わせてもらわないといけない。結婚するなら、そこはきちんとしないと!
「慧君、これから買い物する時は必ず私に相談してね」
「ああ? 」
「高い買い物とか、絶対に衝動買いしないでね」
「別に、指輪を衝動買いしたつもりはねぇよ」
「指輪のことじゃなくて、例えば家具とか車とかそういうのの話し。いきなり買う前に相談してね。だって……夫婦になるんでしょ」
どうにも夫婦という言葉がこそばくて、麻衣子は照れたように頬をうっすら染めてうつむく。
その仕草に、慧はブルッと身体を震わせた。
「うん、まあ、相談くらいするし。ってか、買い物自体めんどいから、自力で何か買おうって思わないし」
「本当? 」
上目遣いで見上げてくる麻衣子に、慧の喉がゴクリと鳴る。
「うん、まあ、本当……」
慧が麻衣子の腰に手を回すと、麻衣子も素直に慧の方へ引き寄せられる。
「あのさ、子作り、解禁ってことでいいよな? 」
麻衣子は一瞬悩んだものの、コクリと頷く。
あと数日で生理がくるだろうから、子供ができることはないだろうが、気持ち的にはそれでも構わないと思った。
「よっしゃ!! 」
慧は麻衣子を抱え上げると、ベッドに直行した。
初めてのH(記憶にないけど)並みになんかドキドキする。無論、慧以外の経験のない麻衣子にとって、まさに初めての経験になる筈で……。
「これから毎回中出しできんのか……」
感慨深そうに呟いた慧に、麻衣子はストップをかける。邪魔された慧は不機嫌そうにだが「何だよ」と聞き返す。
「あの、さすがに籍入れるまでは危ない時はゴムつけてよ」
「そうなの? 」
「そうなの! 」
「まあ、OK」
すんなり慧が納得して、Hが再開する。
すでに時間は夜中の一時を過ぎており、さて、今晩は何時に寝れることやら。
もう寝不足決定である。
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