第194話 恭子と佳奈、密談
平穏な大学生活。
佳奈はあの後三日間大学を休んだが、久しぶりに出てきた時は、長かった髪をスッパリとショートに切り、大きなイヤリングに派手目な化粧と、すっかり見た目が変わっていた。しかし、元が佳奈であるから、いきなり可愛くなった……とかはなく、地味な大学生からごく普通の大学生になったくらいである。
そんな普通の大学生になった佳奈は、慧の側に寄ることはなく、しかし離れるというのでもなく、会話が聞こえるくらいの距離を保っていた。常に伺うように慧を見ていたが、慧から佳奈に接触することも、佳奈のことを他人との会話に上げることもなかった。
今までべったり慧にくっついていた佳奈が離れたことと佳奈のイメチェンから、周りの同級生達は佳奈が慧にフラれたみたいだと噂になっている。
そんな噂が定着し、明日から冬休みをむかえる訳だが、同級生達の挨拶は「よいお年を」ではなく、「またね」であった。実は慧の大学だけの特徴なのだが、毎年クリスマスの直前の土曜日に大学全体でクリスマスパーティーを企画していた。先生達も呼んで、校庭と体育館で行うことが通例になっており、クリスマス委員会なるものまで存在していた。部外者の来訪もOKで、文化祭並みの盛り上がりを見せる一年をしめる大きな行事だった。
基本自由参加ではあるが、部活で出店を開いたりと収入源になるため、部活に入っている生徒は絶対参加を義務づけられていたりする。
今年は二十二日が土曜日となる為、大学が冬季休暇中のイベントになる。
「松田君は大学のクリスマスパーティー、彼女連れてくるの? 」
「特に話してないけど」
「彼女、社会人でしょ? 平日にクリスマスはできないから、やっぱりプレ・クリスマスするんじゃないの? 」
凛花が慧の机までやってきて話しかけてきた。机に腰をかけ、真冬にミニスカートで、目の前に足をプラプラさせる。麻衣子のすんなりと長い足に比べればお粗末なものだが、こんな足でも一般男性の目は釘付けになったりする。
佳奈が慧から離れたせいか、凛花はかなり気安く話しかけてくるようになったものの、佳奈に毒気を抜かれたのか、以前のように執拗に迫ってくることはなかった。
「クリスマス? ガキじゃあるまいし、サンタさんでもねぇだろ」
慧は帰り支度をしながら、凛花の邪魔くさい尻の下に踏まれたノートを引っ張り出す。
「ハアッ? マジ? クリスマスっていったら、カップルの一大イベントじゃないの?! 」
「しねぇよ。……前の大学じゃサークルでクリスマスコンパがあったから、それで騒いでおしまい」
「……」
人間じゃない!! みたいな視線を向けられ、慧はフンッと鼻を鳴らす。
「うちもあっちもカトリックじゃねぇから」
「うちだって真言宗よ。でも毎年クリスマスは祝ってるし、その前後は誘われまくりで、十二月は毎日クリスマスみたいなもんだわ」
「そりゃ、めでたくて良かったな。なら、おまえは大学のイベントなんか、顔出す暇はねぇ訳だ」
「あら、夜は長いから、少しくらいは顔出すわ。……出店もやんないとだし」
「テニス部なんて、人余ってんじゃねぇの? 」
「そっちはね」
「ああ、柔道部」
「だって、売り子は可愛い女子の方がいいって言うんだもの。だから、マスコットガール的な感じ?立ってるだけでOKみたいな? 」
確かに、柔道部のむさ苦しい男子が売るよりも、可愛い女子がサンタのコスプレでもして売った方が売り上げは伸びるだろう。慧的にはどうでもいいが。
「そこは働けよ」
「適当にね。で、彼女連れてくれば? それとも、連れてきたらまずいことでもある? 例えば、私と会わすのが気まずいとか」
「別に」
ちょろっと触られたぐらいじゃ、気まずいも何もありゃしない。第一、前に一度会っているんだから、いまさらどうでもいい話しだ。
即答した慧を、憎たらしそうに睨むと、凛花はチラッと佳奈に目をやる。
「あの子はもう大丈夫なの? 」
「まあ、つきまとわなくなったな」
ただ、監視されてる気はするけどな……という言葉を飲み込む。
佳奈の丸い背中を見ながら、ため息を飲み込んだ。
まあ、恋人気取りで隣りにいられるよりはずっとマシだから、これも盗聴器効果……もう捨てたが……なんだろう。
「ところで、父親になるって話しだけど……」
言いかけて、佳奈がグルンと後ろを向いて睨んできたため、凛花は口を閉ざした。
「何だよ? 」
「何でもない。ほら、お祝いとかいるかな……なんて」
「おまえからなんていらねぇよ。きしょい。ってか、まだあいつから聞いた話しじゃないしな」
慧の中では、麻衣子のおなかの中に小さな命があると、すっかり思い込んでいるが、まだ麻衣子から聞いてないから100%確定という訳じゃない。
「何だ? そうなの? 」
「まあ、十中八九確定だろうけどな」
「じゃあ、やっぱりお祝いしないとね。……欲しいの考えといて。あとでラインするから」
凛花は、もう前を向いた佳奈を気にするように慧の元から離れて行った。
★★★
凛花ちゃんたら、油断も隙もありゃしない!
麻衣子さんのおなかの子のことは、最後の切り札なんだから、慧に自分の子供じゃないことに気付かれたらアウトなのよ!
私を弄んだ慧に、鉄槌を下さないと、私の気がすまないじゃない!
第一、あの盗聴器だって、いくらだってしらばっくれられるわ。そうよ! 引っ越しの手伝いに行った時に触ったとかなんとか……。私が仕掛けたって証拠は一つもない筈よ。
すでに、自分の言動がそれを証明していることに気がついていない佳奈は、あくまでもしらばっくれられると思い込んでいた。
本当は休んでいた間に、警察が家にくるんじゃないかと、それこそ口から心臓が飛び出るんじゃないかというくらいドキドキし、眠ることすらできなかった。
しかし、一日過ぎ、二日過ぎ、三日過ぎた時、誰の来訪もなかったことから、慧は自分が盗聴器を仕掛けたことを証明できず、警察には行けなかったのではないか? 実はバレてすらいないのではないか? という楽観的な考えが頭を持ち上げてきた。
そうすると、三日間恐怖で眠れもしなかったことがバカらしく、そんな気持ちにさせた慧が恨めしく思えてきた。
自分の純情な乙女心を踏みにじり、騙した極悪人としか思えなくなった。
もうこの時になると、恋愛感情がそっくり憎悪の感情に置き換わり、なんとしても復讐しなくては! と思い込んでいた。
その決意として髪を切り、きつめの化粧で自分を鼓舞した。
佳奈は慧が教室から出て行ったのを背中で感じながら、とりあえず復讐する第一段階を決行する為に自分も教室を出た。
向かったのは大学院校舎、教授室の前に立つ。
ここに立った時思い出すのは、慧と恭子教授の睦言を盗み聞きしていた自分。ヤキモチをやきながら、妙に興奮していた自分がいた。
恭子は誰が見てもザ・女! というイメージで、まさに美魔女を地でいっている。男をとっかえひっかえ、彼女が目をつければ、八十過ぎのおじいちゃんから、幼稚園児までメロメロになること間違いなく、佳奈が知るだけでも学部の男子生徒の半数は恭子のお手つき(実際には身体の関係はないのだが)だった。それは教師・生徒に留まらず、業者の人間や掃除のおじさんに至るまで、恭子に骨抜きにされているようだった。
慧もその例に洩れず骨抜きにされた一人だった訳だが、かなり早くにその毒気が抜かれて素に戻ったのは驚きだ。
驚きだが、今はそのことに喜びを感じない。逆に、麻薬みたいな恭子に溺れて、人生狂ってしまえ……とさえ思っていた。
扉をノックすると、少し高めの声で入ってと聞こえてきた。たぶん、彼女はまだ慧の来訪を待っている。今日の講義でも、薄いグロスをテカらせていたから。
「……佳奈ちゃん」
明らかに期待外れだったように、恭子の声が低く響く。
そりゃそうだろう。恭子には、なぜ慧が逢い引きに応じなくなったのか、さっぱり理解していなかったのだから。
自分が拒絶したことにより、拒絶したときに吐いた言葉により、いっきに慧の熱がさめたなんて、恋愛経験多数・数えきれない程の男とからんできた(……からんだだけ。最終的にはみな慧と同じ立場で終了している)恭子も想像できなかった。なにせ、男は焦らせば焦らす程自分にのめり込む筈だったから。
まあ、焦らし過ぎてこの年までバージンを貫いてしまった恭子は、いまさら誰ともSEXするつもりはなく、キスこそ史上最高の愛情表現だと信じているような、イタイ年増だから、いまだに慧が誘えばくる筈だと信じて疑わないのだろう。
「何? 茶道部の話し? 私、忙しいんだけど」
机の上の教材に目を通しているふりをしつつ、恭子は暗に早く出ていけと言っていた。
「慧……松田君なら、来ませんよ」
「は? 」
呼び方まで以前に戻った佳奈は、無表情で恭子の前までくる。
「だから、松田君はこないと。もう誘うような行為をされても迷惑だって言って欲しいって、松田君に頼まれたから来たんです」
嘘が自然にペラペラと口をつく。なんとしても、恭子に慧を誘惑してもらわないといけない。そのためには、自分から動かないと慧は手に入らないと思わせないとならない。
「馬鹿馬鹿しい。意味がわからないわ」
「口紅、それ松田君への合図ですよね。先生、わかりやす過ぎです。そんなに若い子のエキスを吸い取りたいんですか? 吸血鬼じゃあるまいし」
「な……何言ってるの? 」
毒を吐く佳奈に、恭子の顔がカッと赤くなる。
「あ、これ、私が言ってるんじゃないですよ。伝言です。伝言。先生知ってました? 松田君、すっごく若くて美人でスタイルが抜群な彼女と同棲してるんですよ。結婚を前提にしたマンションに夏に引っ越しましたし」
「……」
「見ます? 写真」
佳奈は夏に撮った麻衣子の水着姿の写メを恭子に突きつける。
見た目、スタイル共に負けているとは思わなかったが、明らかに自分よりも若くて、なんの手入れをしなくても水を弾きそうなほどピッチピチの麻衣子がそこにいた。
恭子は悔しそうに目をそらす。
高い美容液を使い、フィットネスに行ってどんなに体型維持につとめようと、やはり若さには敵わない。
これが他の男の彼女なら、何とも思わなかったに違いない。慧だから、修平の息子の慧の彼女だから許せなかった。
思わず記憶が錯綜し、甘い、初恋の記憶がまざまざと甦った。
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