第224話 番外編 恭子先生大学生になる

「メリークリスマス!」


 もう、何度このメンバーでクリスマスを過ごしただろう?

 海江田と恭子、中西と美佐江、松枝と雅子。

 最近六人で集まることは一年に数回くらいであるが、各々は普通にカップル・カップルでないかは関係なく遊んでいた。

 しかし、各関係は当初と何一つ変わることはないようだ。


「大学受験したのは恭子ちゃんだけなんだよね? 二人は内部推薦だったもんな」

「ええ、何とか入れました」

「頭がいいとは思ってたけど、まさか東大に入っちゃうとは……」


 そういう海江田は家を継ぐ為か医学部、太一は歯学部、進は経済学部と、いずれも私立ではあるが、そこそこメジャーな大学に通っていた。


「恭子、ずっと勉強してたものね」

「ええ、修平さんの行っていた大学でしたから、何としても入りたかったので」


 四人の痛々しい視線が海江田を直撃する。

 そう、三年たった今でも海江田の立ち位置は変化がなく、それどころか最近はあっち(キス)の方の勉強もそこそこマスターしてしまい、恭子から「もう大丈夫です」宣言をされてしまっていた。

 付き合ってもいないのにキスだけしまくる関係は、何ともいびつだったので、普通の友達に戻った訳だ。しかし、海江田にしたら、共学に通いだした恭子にいつ男の影がちらつくかと、不安で不安でしかたなかった。習慣として、手を繋ぐくらいは拒否られていないので、さりげなく手を繋いで、回りには付き合ってる感じをアピールして、男が近づいてこないようにしていた。たまに恭子の大学に迎えにいったりもしていた。


「恭子ちゃん、大学に入ってどう? 」

「新しいことの発見ばかりです。サークルというのにも入ったんですが、うちの大学以外の方もいるのは驚きました」

「そうみたいだね。僕の行っている大学もサークル凄いよ。ワケわかんないのがいっぱいある」

「そうなんだ。うちは学部の中だけの部活だな。サークルも入れるんだろうけど、わざわざ外に出る時間がないからな」

「うちも似た感じ」


 医学部・歯学部は特殊なのか、サークルに入っている暇がないと言う。ただ、縦の繋がりを求めて部活に入るらしい。海江田も松枝も高校と同じサッカー部に入ったということだ。


「なんつうか、体育会系ではあるんだけど、凄いよ。上下関係半端ない」

「ああ、先輩の前で手を前に出しちゃいけないとか、後ろ手には必ずライター持ってないととか。お辞儀の角度までうるさいよな。酒の席とか、まじでパシりだよな。先輩のグラスが空きそうになったら走っていかないといけないし、飲めって言われたら断れないし。一年の時はよく泥酔させられたよ。面白がって無理難題言う先輩もいるよな」

「だって、大学入りたてはまだお酒飲めないじゃない」


 海江田と松枝は顔を見合わせる。

 恭子のことだから、サークル飲みでも未成年ですからとジュースを飲んでいるのだろう。


「まあ、そうなんだけどね。その言い訳は通じない世界なんだよ」

「恭子はお酒飲まないの? 」

「えっ? 雅子は飲むの?」


 当たり前じゃないと言うように雅子はうなづく。美佐江もそりゃねと肯定的だ。


「そうなんですね……。お酒は二十歳になってからって標語もあるのに」

「まあ、恭子ちゃんは二十歳になってからでいいと思うよ。無理して飲むことないさ」


 知らない男に飲み過ぎた恭子が介抱されるのを想像して、海江田は慌てて飲酒に否定的な意見を述べる。


「あ、でも、乾杯用にシャンパン買ってきてるけど。飲み物もだいたい酒だな。酒を割るための炭酸やお茶はあるけど。まさちゃん、けっこう飲んべえだから、それに合わせちゃったよ」


 松枝が買ってきた飲み物をあさって確認する。


「たいっちゃん、それは失礼でしょ! 飲んべえじゃなく、それなりに嗜んでるくらいよ」

「ええ? この間日本酒の利き酒に行ったら、僕よりも色んなの飲んでたじゃないか」

「一杯はほんのちょこっとしか入ってなかったじゃない」

「たいっちゃん、酒好きだからな。付き合って飲んでると、それなりに強くなるよね」


 海江田がフォローを入れ、とりあえず買ってきた物をテーブルに並べる。

 お酒は松枝、食べ物は中西、ケーキやお菓子は海江田が買い出ししてきていた。これも例年通りだ。

 女子は部屋の飾り付け担当で、前日にきて全てセッティング済みである。


「私……お酒飲んでみます! 」


 乾杯の時になり、皆のグラスにお酒を注いでいると、恭子がおもむろに宣言した。


「無理しなくても……」

「いえ、雅子と美佐江が飲めるのなら、私もチャレンジしてみないと。大丈夫です。うちの両親はお酒飲めますし、私もそこそこ飲める筈ですから」


 アルコールが飲めるかどうかに遺伝が関係するかどうかはわからないが、恭子は両親が飲めるから自分も飲める筈だと、裏打ちのない自信を持っていた。


「そう? じゃあ、少しね。もし苦手だったら私が飲んであげるから」


 雅子の男前な発言に「よっ! 酒豪! 」と、松枝がチャチャを入

 れた。


「じゃあ、改めましてメリークリスマス! 」


 シャンパンを片手に六人で乾杯する。

 初めて飲むシャンパンは、少し苦かったが炭酸の喉越しが新鮮で飲みやすかった。


「……美味しいです」

「やった! 初酒クリアだな。じゃあおかわりね」

「おい、初めてなんだから、そんなに飲ませるなよ」


 松枝は調子にのって恭子のグラスにシャンパンを注ぐ。それからどれくらい飲んだだろうか? 六人でではあるが、シャンパンが二本空き、ワインが空き、各自好きな飲み物になってからは、恭子は何が好きかわからなく、麦焼酎の炭酸割りが比較的飲みやすかった為、それを数杯おかわりした。


「恭子ちゃん、結構飲めるじゃん。まさちゃんレベルだよ」

「そこで私を引き合いに出さないで」

「だって、俺、他の女子知らないし」

「太一さん、おモテになるれ(で)しょう? 大学にも女性は沢山いるれ(で)しょうし、アプローチされないんれ(で)すか? 」


 恭子の問いに、松枝はポリポリと頭をかく。


「いやさ、女子は沢山いるし、告白とかもこの前されたけどさ、なんかめんどいって言うか、相手に合わせないとじゃん。それがなあ……。まさちゃんだと好き勝手できるから楽なんだよ。なんか、進や信也みたいな感じでさ」

「好き勝手すんなよ。付き合わされてる私の身にもなれ」

「あら、似たようなこと雅子も言ってたじゃない。お互いに好き勝手して馬が合うなんて、この際付き合っちゃえばいいのに」

「バッカ! 美佐江、適当なこと言わないで」

「そうだよな。そんだけ頻繁に二人で遊んでるんだし、もう彼氏彼女みたいなもんじゃないの? 彼女って、いるといいぞ」


 唯一の彼女持ちである進が、これ見よがしに美佐江の肩を抱いて言う。


「アホか。今さらそんなのウザいよ」

「そうよ。うちらは別に今のままでいいの! 」


 雅子は怒ったように言って、日本酒をいっきに飲み干した。

 そして実は怒っていたのは、二人の関係をからかわれたからではなく、女子に告白されたことが初耳だったからだ。

 松枝の方はわからないが、雅子には言葉とは裏腹な心情も存在するようである。


「そろそろお茶にしようか」


 海江田が恭子の顔を覗き込み、グラスを取り上げた。

 さっきから、少し身体がフラフラしているというか、座っているのに上半身が八の字を描いている。


「ええ? 何れ(で)れ(で)すの? 」

「ちょっと飲み過ぎだからだよ」

「ら(だ)いじょうぶれ(れ)す」


 とうとう言葉まで怪しくなっている。

 顔色にあまりでないタイプらしいが、かなり酔っぱらっているようだ。わずかに目が潤んで、頬に頬紅を塗ったかのような赤みがほんのり浮かんでいるだけだった。何て言うか、凄く可愛らしく見えていい子いい子したくなった海江田は、拳をグッと握って我慢する。


「もうお開きにしよう。恭子ちゃん、家まで送っていくから」

「帰るんですの? 」

「そう、帰るの」

「はーい。恭子、おうちに帰りましゅ(す)」


 皆クスクス笑いながら、後片付けは自分達でするからいいよと送り出してくれた。


 海江田はふらつく恭子の腕を掴みながら中西の家を出た。

 恭子の家まで二駅。電車に乗ろうかとも思ったが、こんなに酔っ払った恭子をそのまま帰していいかもわからず、とりあえず歩いて酔いを覚ますことにした。





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