第29話 ファミレスでの慧

「俺、何やってんだろ……」


 慧は、何杯めか忘れてしまったくらいお代わりしたコーヒーを飲みながら、ボソッとつぶやいた。

 時刻は十時過ぎ、きっともうすぐ矢野ってサラリーマンと麻衣子がここにくるはずだった。


 あの後、遅刻して教室に戻った慧は、先に戻っているだろう麻衣子の姿を見つけられずに席についた。いつもの定位置には美香だけで、机に突っ伏して大胆に睡眠を貪っており、隣りは空席のままだった。

 慧が席についた途端、後ろから美和につつかれたが、あえて無視した。自分の方が麻衣子に酷いことを言ったのだから、美和に怒るのは違うのかもしれないが、あまり交流のない麻衣子にあんな暴言を吐く意味がわからなかったのだ。


 講義が終わっても麻衣子は現れず、連絡もないまま今に至る。

 慧から連絡すれば良かったのだろうが、意固地になってしまい時間だけが過ぎてしまった。


 夕飯を食べにきただけだと言い訳のように自分に言い聞かせながら、慧は七時過ぎにファミレスに足を運んだ。

 夕飯に頼んだスパゲッティの皿は、片付けられてもうない。

 夕飯と一緒にドリンクバーを頼んでいたから、夕食後はひたすらコーヒーを飲み続けていて、お腹はガバカバだし、今晩眠れる気もしなかった。


 クソッ、絶対責任とらせてやる! 俺が眠くなるまで寝かしてやらないからな。


 勝手にファミレスまで見に来て、しかも自己責任でコーヒーを飲んだのだから、麻衣子には関係ないはずだ。そんなことはおかまいなしに、慧は暇にかまけて麻衣子の裸体をどう攻めてやろうかと、真面目な顔の下で、エロいことを想像していた。

 そんな状態の慧は、頼んだわけでもないのに通された窓際の席で、ただただ通りを眺め、頭の中ではエロエロ大王が炸裂していた。


 きた!


 駅の方から、スーツを着たサラリーマンと麻衣子の姿が見えた。

 二人の距離は、近すぎず遠すぎずといった感じで、当たり前かもしれないが手を繋ぐでもなく横を歩いている。

 自分と歩く時の麻衣子は、いつも後ろからついてきていて、あまり会話などもないが、サラリーマンとは和やかな感じに会話しながら歩いているように見えた。


 ただ単に、慧の歩く速度が速いせいなんだが、どうしても自分といる時の麻衣子と比べてしまう。


 なんだよ!

 今からフル相手と、ずいぶん楽しそうに話してやがる。

 あいつ、本当に断るつもりあんのか?!


 自分があまりに酷いことを言ったから、麻衣子の気持ちが向こうに傾いたのではないか? と疑心暗鬼にかられるほど、二人の様子は親密に見えた。


 思わずガン見していると、窓の外の麻衣子とばっちり目があってしまう。

 麻衣子のびっくりした顔と、慧の不機嫌を通り越して無になった顔が対峙した。


 やべえ!

 見つかった!


 慧は内面はかなり動揺しつつ、表情には表さずに視線だけをそらす。たいして意味のある行為ではないが、覗き見がバレたような気がしていたたまれなかったため、スマホを開くふりをした。


 ほんの間を開けて、麻衣子達はファミレスに入ってきて、あろうことか慧の真後ろの席に通される。

 慧は身体ごと窓の方を見、麻衣子達から顔が見えないようにしたが、背中に痛いくらい麻衣子の視線を感じた。


 マジかよ!


 慧は飛び出したい気持ちを押さえつけ、ひたすらコーヒーをすすった。

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