第30話 ファミレスでの麻衣子
それから二十分ほど前のこと、麻衣子は賄いを辞退し、バイトが終わり次第矢野と店を出た。
常連のおっちゃんにからかわれたりしたが、そんなんじゃないですよ~と軽くかわした。
「矢野さん、実は……」
麻衣子が店を出た途端、矢野に話しを切り出そうとすると、矢野は手を前にだして麻衣子を制止した。
「えっと、だいたいの見当はついてるんだ。たぶん、いい話しじゃないよね」
麻衣子はすまなそうにうなずく。
「なら、言わないでいいよ。やっぱさ、面と向かって断られるのは辛いから。好きな人と両想いになれたんだよね?なら、おめでとうって言わせて」
「ごめんなさい! 」
矢野は困ったように笑った。
「ごめんなさいはなしだよ。悪いことじゃないんだから。これからも、まいちゃんのバイト先に飲みに行くと思うし、友達として接してくれないかな?それも駄目? 」
「そりゃ、友達なら……」
でも、それは麻衣子に都合が良すぎる気がした。
「おじさんに若い友達って、貴重なんだよ。気分も若くなれるしね」
「やだ、矢野さんはまだ若いじゃないですか」
「ハハ、最初は三十代に見られたけどね」
「イジワルなこと言わないでください」
麻衣子が顔を赤らめると、矢野は本当に楽しそうに笑う。
「あの、これ……」
鞄からだした箱を見て、矢野は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻って箱を受け取ってくれた。
矢野から貰ったピアスの箱だった。
「そうだね。男からのプレゼントなんて、彼氏からしたら嫌がるよね。妹にでもあげるから気にしないで」
「妹さんいらっしゃるんですか?
」
「まあ、九つも年が離れてるんだけどね。そのうちピアスも開けるだろうから」
矢野が二十五のはずだから、妹は十六歳。ピアスはまだ早い年齢かもしれない。
でも、妹にあげるからと言うことで、麻衣子の気持ちを軽くさせようとしているのがわかり、矢野の優しさを感じた。
「ずいぶん年が離れてるんですね。でも、兄妹がいるって羨ましいです。あたし、一人っ子だから」
「まあ、年が離れてるから、妹っていうより娘みたいな感じなんだけどね。あいつ、小遣いとかせびってくるし」
「矢野さんみたいなお兄さん、羨ましいですよ」
「そう? じゃあ、これからは兄キャラでいこう。兄貴と思って、頼ってくれていいからね。で、妹さんはおなかすいてるんじゃないの? 」
麻衣子が賄いを断っていたのを知っている矢野は、麻衣子のお腹事情を聞いてきた。それと同時に麻衣子のお腹が鳴る。
「やだ! 」
麻衣子は真っ赤になって、お腹を押さえる。
矢野は楽しげに笑うと、麻衣子の背中をトンと押した。
「ファミレスで夕飯奢るよ。大丈夫、家に誘ったりはしないから」
「でも……」
「友達と夕飯くらいはいいでしょ? 」
矢野と並んで歩き、矢野の妹の話しとかを聞きながらファミレスへ向かった。
「遅いけど、けっこう人います…ね」
ファミレスに近づき、窓からなんとはなく中の様子を見た時、麻衣子はいるはずのない人物を見つけて、思わず立ち止まってしまった。
「どうしたの? 」
たぶん、慧と目があっていたのは数秒だったのだろう。
慧が視線をそらすのと、矢野から声をかけられたのは同時だった。
「い……え、なんでも……」
なんで慧君がここにいるの?
心配して見にきたとか?
まさかたまたま食事に来たとかじゃないよね。
ファミレスに入ると、店員が出て来て席に案内してくれた。
しかも、慧の席の真後ろだ。
麻衣子は通りすぎる時、窓の方に身体ごと向いている慧をジッと見つめた。
耳が赤い。
席を決めたのは店員だし、盗み聞きしようと思って来たわけでもないだろう。
たまたま麻衣子達が後ろの席にきてしまい、きっと今頃は焦っているんじゃないだろうか? と思うと、なにやら可笑しさがこみあげてくる。
それでも、昼間のことがあったから、意地の悪い麻衣子が顔をだした。
麻衣子は、わざと慧が見えるように対面の席に座り、慧を観察することにする。
メニューをざっと見た麻衣子は、偶然にも慧と同じスパゲッティを頼んだ。
「ところで、まいちゃんの彼氏ってどんな感じの人……って、聞いてもいいかな? 」
麻衣子は視線を慧に向けながら、慧の人となりを考えた。一言で言い表すのは難しい。
「うーん、口が悪いです。めんどくさがりで、いつも不機嫌そうにしてるかな。見た目は真面目な優等生タイプなんですけど、ただのドスケベです」
要約してみたら、最低な男になってしまった。
矢野は苦笑いをし、その後ろで慧はテーブルに突っ伏した。
「アハハ、ボロクソだね。……でも、好きなんだよね? 」
「そうですね。今日もかなり酷いこと言われましたけど」
「どんな? 」
「ビッチとか、そんな感じのことです」
「喧嘩……したの? 」
矢野の頬がピクピクする。
そんな相手に自分は負けたのかと、複雑な心境のようだ。
「喧嘩というか、けなされまくっただけですけどね。余計なこと言うくせに、好きだとか言われたことないし、付き合うのだって、あたしが付き合いたいって言ったら、それでいいんじゃないとか言うし。好かれてるかどうかも不明な感じです」
ダメだ、不満が爆発しちゃった。矢野さんは聞きたい話しじゃないだろうに。
「恥ずかしがりやなのかな? 」
矢野は不機嫌な感じになるでもなく、麻衣子の不満を聞いてくれて、なおかつ慧のフォローまでする。どこまでいい人なんだろう。
麻衣子は運ばれてきたスパゲッティを一口食べ、慧の感情のバロメーターになる耳に注目する。
「どうでしょう? 後ろの人に聞いてみて下さい」
矢野はびっくりしたように振り返る。
「松田慧君。大学の同級生で彼氏です」
紹介された手前無視もできず、慧は立ち上がりペコンと頭を下げると、ムスッとしてまた座ってしまう。
つい慧へのムカついた気持ちから、慧がいることをばらしてしまったが、矢野の気持ちを考えるとかなり失礼なことをしてしまったのではないかと麻衣子は反省した。
矢野は慧を二度見すると、いきなり爆笑する。なぜかすっきりしたように明るい笑顔だった。
「なんだ、ちゃんと好かれてるじゃん。安心したよ。彼氏君、心配してきたんでしょ?それにしても、よくここがわかったね。彼、先にいたよね? 」
「矢野さんと、ここで話すかもって話したから。でも、ここが矢野さんのマンションだって言ったら、連れ込まれたらどうすんだって、ボロクソ言い出して。だから、店出てすぐ話したんです。本当はここにはこない予定だったんですけど」
「なんだ、夕飯誘ったら駄目だったかな。もしかして、僕が原因で今日喧嘩した? 」
麻衣子は曖昧に微笑んだ。
「ちゃんと仲直りしてね。まあ、僕的には、喧嘩別れしてくれてもいいんだけど」
矢野は、冗談だよと付け加えると、会計伝票を持って立ち上がった。
「彼氏君がいるなら、送らなくても大丈夫だね。じゃあ、僕は先に帰るよ。まいちゃん、また飲みに行くからね。彼氏君、今度一緒に飲もうね。じゃあ」
麻衣子は立ち上がって頭を下げ、慧もペコリと頭を下げた。
麻衣子が食べかけのスパゲッティを持って慧の席に移動すると、慧はムスッとしたままそっぽを向いている。
「まあ、普通にいい人そうではあるな」
「だから言ったじゃん! 」
麻衣子は、じいっと慧を見る。
「なんかあたしに言いたいことない? 」
「……」
「ないの? 」
「悪かった。言い過ぎた」
慧は、そっぽを向いたまま言う。
「それもだけど、さっきの話し聞いてなかったの? 」
矢野に聞かれたからもあるが、わざと慧に聞こえるように不満をぶちまけていたのだ。矢野を利用したようで、多少気が引けたが。
「好きって言ってもらってない!
好かれてるかもわからない! 」
慧はそれについては無言を貫く。
ただ、耳だけは真っ赤になっているので、麻衣子のことを好きだとは思っているのだろう。
慧君の顔色見て推し量るんじゃなく、きちんと好きだって言ってほしいのに。
結局、麻衣子が食べ終わっても慧は何も言わなかった。
麻衣子はため息を付き席を立つ。
「帰ろうっか? 」
帰り道、駅を過ぎた所で、前を歩いていた慧がふと立ち止まった。追い付き、横に並んだ麻衣子に腕を差し出す。
麻衣子がキョトンとして慧を見ていると、さらに腕をアピールしてきた。どうやら、腕を組めと言いたいらしい。
自分から手を繋ぐのは恥ずかしいが、麻衣子からくるぶんには構わないということだろうか?
麻衣子が腕に手をかけると、慧は麻衣子のペースに合わせて歩きだした。
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