第28話 初めての喧嘩
「なんなんだ! あの女!! 」
慧はカリカリしながら部室棟に向かう。
なんなんだと言われても、慧の友達だし、麻衣子には何も言うことができない。
慧が部室のドアを乱暴に開けると、女子とイチャついていた拓実が、びっくりしたように女の子から離れた。今日はまだヤっていなかったのか、二人とも衣服は乱れていない。
「先輩、チェンジ! 部屋使わせて」
「チェンジって……。ああ、はいはい。君たちも若いね」
オヤジくさいことを言いながらも、爽やかな笑顔を浮かべた拓実は、女の子の手を取って立ち上がった。
「りいちゃんには内緒ね」
内緒って、たぶん彼女全部知ってますけど……。
ビアガーデン以来、普通に友達になった麻衣子は、しょっちゅう理沙の愚痴を聞いていた。何故か理沙には拓実の女関係が筒抜けで、昨日はあの子だ、今日はこの子だと、ブチブチ文句を言っていたから。
たぶん、麻衣子が拓実に部室で襲われたことも知っているに違いない。
拓実達が部室から出て行くと、慧は麻衣子をギュッと抱き締めた。
「イヤな思いさせたな。あいつ、なんであんなこと……。いつもはいい奴なんだけど」
「大丈夫。慧君が怒ってくれたし、あたしは気にしてないよ」
美和が慧のことを狙っているのは確定したが、それを慧に教える義理はない。麻衣子は、美和の気持ちについては口をつぐんだ。
「おまえ、器でかかったのな」
慧は感心したように麻衣子を見ると、麻衣子にチュッとキスした。
しばらくはついばむようなキスを交わし、しだいに濃厚なキスに移行していく。
慧の手が麻衣子の身体を探り出すと、麻衣子は慌てて慧から身体を離す。
「ダメだよ。拓実先輩じゃあるまいし、部室では無理! 」
誰が入ってくるかわからないということもあったが、なにげに理沙が盗聴器でも仕掛けているんじゃないかと、疑っていたのだ。
じゃなければ、あそこまで拓実の女関係を把握できないのではないだろうか?
「じゃ、家帰るか? 」
「もう、今日は午後も講義あるでしょ」
「サボればいいじゃん」
「ダメだよ。せっかく親が授業料払ってくれてんのに、そんなもったいないことできない」
「おまえ……真面目だよな」
呆れられたのかと慧を見上げると、慧の耳が赤くなっているのを発見し、呆れられたんじゃないことを理解する。
どうやら慧は口には出さないが、麻衣子のことを好きだなと思ったときに耳が赤くなるらしい。
表情にもでないからわかりにくいが。
「あのね、実は話しがあって、昼ご飯誘ったの」
「なに? 」
やっと本題が話せると、麻衣子は時計に目を向けた。
午後の講義まであと十五分。
あまり時間がないから、端的に話しをしないといけない。
「さっきラインして、矢野さんとバイト後に話しすることになった」
「矢野? 」
「ほら、ピアスの。ピアスも返してくるし」
「バイト後って、遅くね? 」
「ああ、うん。今日は十時上がりだから、その後かな」
慧の目の色が濃くなり、不機嫌な表情がさらに険しくなる。
「どこで話すつもりだよ」
そこまでは考えていなかった。
バイト先で話すわけにもいかないだろうし、路上で立ち話しってのもなんだ。蚊の餌食にはなりたくない。
駅の反対側にファミレスがあったのを思い出した麻衣子は、そこがいいかとも思ったが、そのファミレスが矢野のマンションの一階にあることに悩んだ。
「駅の向こうに、ファミレスあるじゃん。あそこかな……って思ってるんだけど……」
「思ってるんだけど? 」
麻衣子の歯切れの悪い言い方に、慧は眉を寄せた。
隠してもしょうがないので、麻衣子は正直に話すことにする。
「あの上が矢野さんちみたいなんだ」
「なにそれ? 連れ込まれたいわけ? 」
「矢野さんはそういうタイプの人じゃないよ」
「バカかおまえ? 自分をふった女に遠慮する奴がいるかよ。最後に一発ヤリたいに決まってんだろ」
ガッツリ肉食系の思考に呆れながらも、それだけ自分のことを心配しているんだと嬉しくも思った。
「矢野さんだったら、二人っきりで部屋にいても、あたしが嫌がることはしないと思うけど。それに、部屋に行くこと自体あり得ないし」
矢野とはそういうことにはならないと安心させたかっただけなのだが、麻衣子の矢野を信頼してるかのような発言に、慧のイライラが爆発した。
「悪かったな! おまえの部屋に上がった途端、酔っ払った勢いでヤったのは俺だよ! 」
「そんなこと……」
「第一、おまえ朝俺のこと見てびっくりしてただろ? 誰だと思ってヤったんだよ! まあ、言わなくてもわかるけどな。拓実せんぱ~いとか言って抱きついてきてたからな」
今さらそんなこと言われても……。
麻衣子は怒鳴り散らしている慧になんて言っていいかわからず、ただオロオロとしてしまう。
「初めてだったくせに何回もヤらせるようなビッチが、最後だからとか泣き落とされて、どうせ股開くんじゃねえの? 」
「慧君、酷いよ……」
慧は怒りに任せて言い過ぎてしまい、それを自覚した時には、麻衣子はすでに部室から走って出て行った後だった。
「クソッ!! 」
慧はソファーに乱暴に座り、頭を抱える。
あんな酷い言葉を麻衣子に言うつもりはなかった。ただ、自分以外の男を信用しているような口振りに、やきもちをやいただけなのだ。
「渡辺以下だな、俺……」
慧はポツリと呟いた。
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