第238話 公園で

「なんか、久しぶりに人と話したって感じ」

「そう……なんすか? 」


 麻衣子の手にはミルクティ、松永の手にはブラックコーヒーが握られている。

 送ってもらったお詫びとして麻衣子がおごったのであるが、ついつい話にのめり込んで半分も飲んでいなかった。

 しかも、終バス近くまで話こんでしまい、松永が走って帰るのは決定になってしまった。


「うん、慧君……うちの旦那さんなんだけど、あまり喋るタイプじゃないし、就職したばっかであまり時間が合わないの。あっちは土・日休みって訳じゃないし」


 平日は麻衣子が忙しいし、慧は病院の薬剤部だから持ち回りで休日勤務もある。がっつり会話(Sex)する時間がとれていなかった。


「松田さん……恋愛結婚すよね?松田さんの旦那さんならできる男って感じすかね? 凄いイケメンそう」

「普通の人だよ。どっちかって言うと無愛想なタイプかな」

「どっちから告ったんすか? 」

「どっちかっていうと……私? 」


 告白するも何も、気がついたらされちゃってた訳で、最初はセフレかと思ってたくらいだし……なんて言えない。


「へぇ、意外っすね」

「そう? 」


 そろそろ帰らないとね……と腰を上げようとした時、終バスから下りてきた人達がポツポツと公園内に入ってきた。


「慧君」


 その中の一人に慧がいた。あまり酔わない筈の慧がホンノリ赤い顔をしているのは、かなり飲んだんだろうか? 足取りは普通だったけれど、麻衣子の呼ぶ声への反応は鈍い。

 ゆっくり視線をさ迷わせると、麻衣子を見てわずかに眉を寄せる。


「何、今帰り? 」

「えっと、まぁ、少し前にね」


 かなり長い間松永と話していた気がするから、今帰りかと聞かれると違うかもしれない。微妙に濁して答えると、慧はより眉間に皺を寄せる。


 もしかして松永君と一緒にいるのを怪しんでいるのかも……。


「あのね、彼はうちの会社の新人なの。遅くなったから送ってくれてね」

「いつも松田さんにはお世話になってます」


 松永も立ち上がって慧に頭を下げた。


「同じバスで、この公園までランニングできたりするんだって」


 通常は乗らないというバスに乗って送ってもらったけど、バスの路線沿いに家があるらしいから嘘じゃない。聞かれてないことまで喋って、やましいことを隠したいみたいに思われたんじゃないかって余計に焦る。


「ふーん、そう」


 慧は特に興味無さそうにつぶやくと、さっさと歩き始めてしまう。


「松永君、またね。送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」

「お疲れっした」


 麻衣子は慌て慧を追いかける。


「慧君、今日は実家に泊まってくるんじゃなかったの? 」

「あんなうるせーとこで寝れっかよ。佳乃のやつ、誕生日だからって友達三人も呼んでいやがって、うるせーうるせー。絡んできて鬱陶しいから帰ってきた」

「そっか」


 まるで自分の家のような振る舞いだ。いくら親同士が仲良くて昔馴染みだからとはいえ、居候させてもらっている上、友達まで呼んで誕生日パーティーを開くなんて。

 麻衣子の胸の中に鬱々とした感情がたまっていく。


「おまえ、今日は久しぶりに早く帰れるんじゃなかったの? うちの母親もおまえにって、たっけー肉用意してたぜ」

「うん、今度謝っとく」


 若い娘が四人もいれば、高いお肉も一瞬でなくなったことだろう。第一、そんな場所にもし行っていたら、いくら義実家で自分は嫁だといっても、アウェイ感は半端なかったことだろう。慧はそんな時に麻衣子を気づかうような人ではないし。きっと、目の前で佳乃が慧にベタベタし、どんなに麻衣子が居たたまれないと辛く思っても、どうせ気がつくこともないんだ。


 麻衣子は想像でどんどんムカムカしてきた。


 慧から腕を組んだり手を繋いだりなんかしない。麻衣子も、付き合ったのが慧が初めてだから、なんとなくそんなものかと思い、自分からも慧の手を取ろうとはしてこなかった。たまに繋いでくれる手が特別に思えて、そんな時には無茶苦茶嬉しかったりもしたが。


 だから、今だって本当は慧に触れて、自分だけが特別なんだと思えたら、こんな気持ちにはならなかったのかもしれない。

 前を歩く慧の背中が近いようで凄く遠く感じた。


 その夜、麻衣子はなかなか慧の眠るベッドに行くことができず、ヤル気満々で先にベッドに入っていた慧は、酔いも手伝って先に眠ってしまった。

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