第35話 合宿当日
夏休みが始まって一週間、麻衣子は毎日午前九時から午後の四時まで、大学近くの駅ビルの中の下着ショップで販売のアルバイトをした。
夏休みが始まる前、麻衣子と慧はスマホで短期バイトを探していたところ、このバイトを見つけた慧が、猛烈にプッシュしたのだ。
理由はもちろん、同僚も客も女性オンリーということだ。
社員が夏休みを取る間の穴埋め人員としての採用だったため、昨日で終了してしまったが。
「なあこれ……」
今日から合宿だ。出かける準備をしていた時、慧が麻衣子に紙袋を放ってよこした。
「なにこれ? 」
紙袋を開けると、中には白いロングパーカーが入っていた。
「ラッシュガード」
「水着の上から日焼け防止に着るやつだよね? 」
大学入学当時、日サロに通っていたくらいだから、美白にこだわりがあるわけではないし、どちらかというとタダで焼けるのだから、ガンガン焼いていこうと思っていた麻衣子は、こんな物を貰って戸惑ってしまう。
「俺は白い肌が好きなんだ! 」
これは嘘だった。
麻衣子は、慧の赤くなっている耳を見て、なんとなく慧の思惑を理解する。
たぶん、麻衣子のビキニ姿を披露したくないのだろう。新作の白地に花柄のビキニを買ってきた時、慧の頬がひきつっていたから。
バイト先の下着ショップでは水着も販売しており、社員価格で安く購入できたのである。
合宿で着るということは、沢山の男子生徒が見るということで、夜のオカズになること間違いない。
想像の中でも、自分の女が他の男にヤられるなど、許せるものではない。
かといって、ビキニは着るな!
などと、独占欲の塊のようなことも言えず、姑息な手段としてラッシュガードの購入に至ったわけだ。
「あ……りがとう。こんなの欲しかったんだ」
全く思っていなかった麻衣子だが、荷物の中にラッシュガードも丁寧にたたんで入れた。
「行くぞ。……うんッ! 」
慧は麻衣子の荷物も一緒に担ぐと、麻衣子に腕を差し出す。勝手に腕を組めといったところだろう。
合宿には美和もくるようだから、牽制する意味でもアピールは重要だ。
集合場所は大学裏門で、貸しきりバスでの出発になった。
今回の合宿に参加するのは男子二十名に女子十五名。そのうち女子七名は拓実狙い……というか拓実のお手つきであり、男子学生のほとんどは女子の水着目当てである。
合宿は他にも山でのキャンプやテニス旅行なども企画されていて、全てに参加する裕福な学生もいれば、麻衣子達みたいに選んで参加する学生もいた。
今回の合宿は一番人気で、海辺のペンション貸しきりの海水浴合宿となっていた。
「部屋割りはこっちに表にしてあるから、各自確認して。部屋に荷物を置いたら、三十分後に水着で玄関に集合な」
部屋はほとんどは二人部屋らしく、慧は拓実と麻衣子は理沙と同室になっていた。美和は相田花梨と同室だった。部屋割りには拓実の思惑をヒシヒシと感じる。拓実のお手つき女子はことごとく別々の部屋に割り振られていたから。
「麻衣子、なにそれ! 」
「えっ? なんか変? 」
水着に着替えた麻衣子を指差して、理沙が目を見開いていた。
「そのスタイル! ウエストほっそ! 」
「そんなことないよ。最近痩せ過ぎちゃって……。慧君には不評なんだ」
「いや、確かに痩せてるけど、胸はちゃんとあるし、お尻もプリンとしてるし。なにより足長すぎでしょ。ビキニすっごい似合ってる! 」
「もう、恥ずかしいからあんまり見ないでよ。理沙だって十分細いじゃん」
「あたしはガリガリなだけ。幼児体型だし。ビキニなんて似合わないから、タンキニが精一杯」
麻衣子は慧がくれたラッシュガードを羽織り、前のファスナーもしめた。髪をざっくりアップにし、レジャーシートとビーチボールを持つ。浮き輪はレンタルがあると聞いていたから、後で借りようねと理沙と話していた。
待ち合わせ場所に行くと、男子はほぼ揃っていて、女子は麻衣子達が一番のりだった。
男子達の歓声が上がり、麻衣子の足に視線が集中する。
「やっぱ、女子の水着はいいね!
まいちゃん10点。りいちゃんも10点」
「拓実先輩にかかったら、女子はみんな10点なんじゃないんですか? 」
理沙は、公私の区別はつけているようで、みんながいるところでは他人行儀が半端ない。
「そんなことないよー。他の子はマックス9.9だから」
拓実は一応差別しているらしい。麻衣子は理沙の友達ということでフルスコアをいただいたそうだ。
それから続々と女子も集まってきて、花梨が現れた時のドヨメキは半端なかった。小さめビキニはGカップの胸を強調しまくり、破壊力マックスに男子の煩悩を揺さぶった。
「去年のビキニ持ってきたら小さくて……」
などと言いながら、拓実に爆乳を押し付けているが、明らかにわざと小さめビキニを着ているに違いない。
「すげえ胸だな……」
慧の呟きを、麻衣子は聞き逃さなかった。
ムカッとした麻衣子は、自分だってとラッシュガードを脱いだ。
花梨のGカップには及ばないが、一応麻衣子もDカップはある。しかも全身のバランスを見たら、ひけをとらないどころか、麻衣子に軍配が上がるだろう。
その証拠に、麻衣子のビキニ姿を見た男子達は、オオッと叫んで花梨から麻衣子に視線を移す。花梨はわざと胸を強調するように腕を組んでみるが、おっぱい命の数人の男子を喜ばしただけに過ぎなかった。
「バッ! なに脱いでんだよ」
慌ててラッシュガードを羽織らせそうとするが、麻衣子はツンとそっぽを向く。
「凄くなくてすみませんでした。どうせ相田さんの胸には敵いませんよ」
「バカか? あんなん垂れるだけだろ? なに対抗しようとしてんだよ」
「別に! 」
慧への嫌がらせにラッシュガードを脱いでみたものの、あまりに視線が集まるものだから、恥ずかしさのためラッシュガードを羽織りなおす。前のファスナーを閉めないのが、慧への唯一の抵抗だった。
慧はため息をつき、わずかに立ち位置をかえて、少しでも麻衣子が男子の目に触れないようにする。
それを見ていた理沙は、ニヤニヤ笑いながら慧を突っついた。
「意外だね。松田君って所有欲あるんだ」
「うっせえよ! 」
慧は不機嫌そうに唸ったが、その耳は真っ赤だった。
「なるぽど、確かに分かりやすいね」
麻衣子はでしょ? とウィンクした。
それから、集合時間ぴったりに移動を開始し、先に場所取りしていた数人の男子とビーチで合流する。
麻衣子達も自分達のレジャーシートを敷いて座った。
「レンタルパラソル借りたから、立ててあげるね」
拓実がやってきて、パラソル用の穴を掘り、パラソルを立てた。他の女子のところも回り、同じようにパラソルを立てて歩く。
「拓実先輩って、マメだよね」
「いい顔しいなんだよね。誰にでも優しいから、みんな勘違いすんの。私にだけだって。みんなセフレなんだけど、みんな彼女だって思い込んじゃうんだよ」
理沙は、じいーっと拓実を見ながら、フンと鼻を鳴らす。
「だから、私は絶対に勘違いしないの」
見てると、理沙には本気なように見えるのだが、拓実の浮気癖は病気以上だから、彼女だと思ってしまうとしんどいのかもしれない。
辛くないのかな……?
理沙は、拓実に女の子達が群がっていても、特に嫉妬しているような表情でもない。これはもう、達観してるとしか言いようがない。
拓実と取り巻きの女子達はビーチボールを始め、その他の学生も海で泳いだり、日焼けにせいを出したりと、思い思いに海を満喫し始めた。
麻衣子達も浮き輪をレンタルすると、最初は海に浸かり、波間を漂い楽しんだが、一時間もすると疲れてしまい、レジャーシートで休憩することにした。
海に入る時、ラッシュガードは脱いでいたので、麻衣子はビキニ姿のままレジャーシートに寝転んだ。回りもみなビキニやタンキニばかりだし、まあいいかなと気軽に考えていた。
「トイレに行くついでになんか買ってくるけど、リクエストあるか? 」
「私、コーラと焼きそば」
「じゃああたしも」
「了解。じゃ、行ってくる」
慧は、麻衣子と理沙をレジャーシートに残して、海の家の方へ歩いて行った。
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