第36話 ナンパ

「君達、どっから来たの? 可愛いね。俺ら地元なんだけど、一緒に泳がない? 地元っきゃ知らない穴場の場所があるんだよ」


 寝転がっていると、チャラチャラした若者二人が声をかけてきた。茶髪に金のネックレスをしており、日に焼けた肌は黒光りしていた。


 理沙はガン無視して、全く相手にしようとしないからか、二人は麻衣子を挟むように勝手に座ってくる。

 知らない男に挟まれて横になっているわけにもいかず、麻衣子はラッシュガードを引き寄せて起き上がった。


「ウワッ、レベル超たけえ! ね、名前教えてよ。番号は? 足、凄いキレイじゃね? 足タレとかしてんの? 」

「おまえ足フェチだもんな」

「いや、マジでその足に惚れました。連絡先教えてよ! 」


 麻衣子はラッシュガードを着こんでファスナーを上まで引き上げると、辺りを見回して慧が戻ってこないか探した。

 サークルの人達もすぐ声が届くくらいの近くにはいなかった。海の中で拓実達が遊んでるのは見えたが、叫ばないと聞こえないだろう。


「すみません、あたし達大学のサークルの合宿できてるから……」

「なに?女子大生なんだ。俺ら公務員。こう見えてお堅いの」


 いや、どう見てもウソだし……。


「ウザイよ。消えて」


 理沙がため息をついて起き上がると、ナンパ男達を睨み付けて言った。


「ウワッ、こっちのお姉さん怖いね。そんな、警戒しないでよ」


 馴れ馴れしく肩を叩かれた理沙は、いきなり大声を出した。


「たあく〰️ん!! 」


 海に入って女子達と戯れていた拓実が、その声が聞こえたのか、すごい勢いで泳いできた。海の家にいた慧も、理沙の声を聞いて走ってやってくる。


「おま……えら、なにしてんの?

 」


 慧は息切れしながら麻衣子達の所へくると、男達を睨み付ける。一瞬遅れて拓実もやってきた。

 拓実は泳いで浜辺をダッシュしたというのに、全く息をきらしていない。

 爽やかイケメンと不機嫌マックスの真面目男子を見て、ナンパ男は自分達が勝てるとでも思ったのか、立ち上がって二人の前に進み出た。


「今さ、俺らがこのお姉さん達と話してるわけ。邪魔しないでほしいな」

「それは無理だな。一応副部長なんでね。部員の安全を守らないとね」


 拓実は、ニコヤカに微笑みながら、ナンパ男達に一歩近づく。


「拓実先輩やばくない? 」

「大丈夫、大丈夫。たあ君ジュニア空手で優勝したことあるし」

「えっ? 」


 慧と麻衣子は、マジマジと拓実を見た。

 そういえば、細マッチョというか、洋服を着ていたらわからなかったけど、鍛えられた身体をしている……気がする。


 理沙の声が聞こえたらしく、ナンパ男達はびびったのか後退る。


「じゃ、とりあえず……」


 拓実はおもむろに首から下げていたホイッスルをくわえると、高らかにピーッと吹き鳴らした。

 それと同時に、散らばっていた学生達がワラワラと集まってくる。


「昼飯ですか? 」

「あれ、昼は各自食べるんじゃなかったっけ? 」


 男子女子合わせて四十人弱に囲まれ、ナンパ男達はゴニョゴニョ言いながら退散していく。


「なんかね、ナンパとか多いみたいだから、女子は気をつけて。なるべく女子だけでいない方がいいかもね。あと、もうすぐお昼だから、各自ご飯食べてね。もし宿に戻るときは、大西か僕に言ってからにしてね。じゃ、それだけなんだ。解散」


 連絡だけかと、みなバラバラに散っていく。

 その中、美和だけはさっきのナンパ男達の去って行った方へ小走りで消えたのだが、誰も気に止めていなかった。


「おまえ、なにナンパされてんだよ」

「えっ? あたしのせい? 」


 慧に小突かれ、麻衣子は納得いかないと頬を膨らませる。


「いやいや、ほらまいちゃんもりいちゃんも可愛いからしょうがないよ。松田が離れたのがダメ」

「まじっすか? まさかの俺のせい? 」

「そうそう。僕みたいに、いつでも声が届く場所にいないとね」


 女の子達と楽しそうに遊んでいたと思っていたが、まさか理沙のいる場所を把握しながらだったとは……。


「先輩、子供の時に空手で優勝したって本当ですか? 」

「空手? ないない。僕、野蛮なこと苦手だし」


 理沙を振り返ると、理沙はニタニタ笑っていた。

 どうやら、ナンパ男を威嚇するための嘘だったらしい。


「空手やってたのはりいちゃんだよ。優勝したのもりいちゃん。僕が苛めッ子に苛められてたの、よくりいちゃんが助けてくれたなあ」


 二つ年下の女子に助けられる拓実先輩って……。


 しかも、ニコニコと特に恥ずかしげもなく話している。


「じゃあ、先輩のその細マッチョの筋肉は? 」


 まあ、細マッチョと言えば慧もそれなりに引き締まった身体をしており、それは運動したり筋トレしたりした結果ではないことを麻衣子は知っていた。

 慧の場合は毎日の、数回に及ぶHの賜物であった。まあ、麻衣子も同じだから、とやかくは言えないが。


「うーん、特になんもしてないんだけどな」

「俺もですけど、筋肉がつきやすいんですかね? 」

「そうなのかなァ? 」


 麻衣子はツッコミを入れていいものか悩む。


 君達は同類ですから。その筋肉はH筋ですよ……。


 理沙も同様のことを思ったのか、無駄な筋肉……とボソッと呟いた。


「ところで松田君、焼きそばはどうしたの? 」

「いや、だって林の声がしたから」


 慧の手にはコーラの缶が握られているだけだった。

 たぶん全力疾走した時に振っただろうなと思われ、開けるのに躊躇われる。

 理沙もそう思ったのか、慧の手からコーラを受けとると、笑顔で拓実に差し出した。

「たあ君、これ飲んでいいよ。全力疾走して疲れたでしょ? 」

「いや、持久力だけはあるから」

「うん、知ってる。たあ君の持久力は半端ないよね。でもあげるよ。炭酸好きでしょ? 」


 拓実は素直にコーラを受けとると、プルトップを開ける。


「あ、先輩! 」


 炭酸が溢れるんじゃないかと思い、拓実を止めようとしたが遅かった。

 遅かった……が、被害を受けたのは理沙と麻衣子だった。

 プルトップを開けた途端、その口を麻衣子達の方へ向けたのだった。


「あーあ、炭酸とんじゃったな。まいちゃん、ごめんね。りいちゃんだけ狙ったんだけどな」


 理沙はニッコリ笑うと、拓実の手からもう一本のコーラを奪い取り、おもいきりシェイクした。


「覚悟しろ! 」


 拓実は逃げ出し、理沙が追いかける。


「あ~あ、どうしようもねぇな」


 慧は、追いかけっこを始めた二人を見て呟いた。

 でもまあ、理沙が楽しそうに見えるし、あれはあれでいいのかもしれない。


「シャワー浴びた方がよくね? 」

「だね。ついでに、レジャーシートも洗わないと」

「海の家の裏に、個室になったシャワールームあったぞ」

「じゃ、行ってくる」

「俺も行く」


 一人で行かせるのに不安を感じたのか、慧もついてくる。

 まだ帰る時間にも早いせいか、シャワールームには誰もいなかった。簡易トイレみたいに簡単に仕切られたシャワールームで、個室という造りだ。


 麻衣子がシャワールームの入り口の札を使用中に代えると、なぜか慧まで一緒に入ってくる。


「慧君? 」

「狭いな」

「そりゃ、一人用だから」


 シャワールームに二人用もないだろうが。


「ウワッ、冷たい! 」


 シャワーを出し、麻衣子の胸元にかけてきた。

 けっこうな水圧だ。


「慧君ってば! 」


 シャワールームと薄い壁を挟んですぐに、海の家の食堂があるらしく、昼時で食事をしている客の声がよく聞こえた。

 客の声がよく聞こえるということは、シャワールームでもし麻衣子が喘ぎ声などをあげようものなら、ヤッてるのがもろバレてしまう。


 まさかこんな場所で……と思った麻衣子が甘かった。慧はヤル気満々で麻衣子に触ってくる。

 鍵もかからないシャワールームだ。使用中の札はかけてはあるが、もし開けられたらと思うと、麻衣子は無言で慧を押し留めようとした。

 しかし、慧は止まらない。


 こんなことをしているから筋肉がつくんだよ!


 麻衣子の無言の抗議は慧には届かない。

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