第205話 長い春はいつまで?
あれから、ウザイくらいに西条がうちにくる……。
最近では、麻衣子を麻衣ちゃんとか呼んで、親しさをアピールしたり、わざとらしく俺の目の前で麻衣子にベタベタしてみたりと、何がしたいのかさっぱりわからない。しかも、その時の得意気な表情、張り倒したくなる。
慧は、相変わらずリビングのソファーに横になったまま、スマホのゲームをいじりながら、テーブルの前に座って化粧品を広げている麻衣子と佳奈を横目で見た。
今日は何故か凛花までも仲間に入っている。
「ウワーッ、本当だ。目が倍くらい大きく見えるかも! 」
「でしょ? しかもかなり自然じゃない? 」
「スッゴイ! 麻衣ちゃんってば神かも」
すでに凛花まで麻衣ちゃん呼ばわりだ。化粧と洋服の話題だけで、人はこれほど打ち解けられるものか?
慧の恋人で婚約者の麻衣子に、慧のストーカーだった佳奈、慧とセフレになりたくて迫ってきていた凛花、いったいどんな集まりだよ!? と、慧は内心穏やかではいられない。
「俺、ちょっと出てくる」
「松田君、浮気しに行くんじゃないでしょうね? 」
「マジ? 浮気するくらいなら、後腐れなく私でいいんじゃない? 」
「凛花ちゃん、麻衣ちゃんの前で冗談でも止めて! 」
「まあ、もう代わり見つけたからいいけどね。でも、もしかしたら松田君のが立派かもしれないし、確かめてみないことには……」
「確かめるって何をよ?! 凛花ちゃんってば相変わらず下品なんだから」
「佳奈の癖にうるさい。好きだなんだよりも身体の相性が一番なんだから! 身体の相性なんて、ヤってみないとわかんないじゃない。ねぇ、麻衣ちゃん」
同意を求められた麻衣子は、何とも答えようがなく、曖昧な笑顔を浮かべていた。
そりゃ、そんな顔にもなんだろ。こいつは俺しか知らねぇんだから……と、慧はくだらないとばかりに勢いをつけて起き上がる。
この二人の関係性も変わったようだ。今までは凛花の取り巻きの一人といった感じだった佳奈が、凛花と対等に話すようになり、どういった心境の変化か、凛花も佳奈に一目置いている……というか、たまに触らぬ神になんとやらと言わんばかりに佳奈に同調することもあったりして、凛花が佳奈の様子を伺っているようだ。
佳奈は麻衣子に習った化粧の腕をメキメキ上げ、心境の変化からか麻衣子の会社の下着のせいかはわからないが、スタイルまで少し変わったような。小太りな体型はいかんともしがたいが、全体にメリハリがつき、猫背気味で丸かった背中が常にピシッと伸びている。卑屈で地味なイメージは払拭され、気味の悪い何を考えているかわからない佳奈はどこかへ消えた。
凛花は、ただ可愛らしい女王様みたいに大学で取り巻きに囲まれていたのが、最近は肉食系を表に出すようになり、一部の男子(大学内外)に爆発的な人気になっている。女子の一部はそんな凛花にひいて、取り巻きから離れていったが、凛花はあまり気にしてない様子だ。最近できたセフレにご満足らしく、慧にこだわることはなくなっていた。
「おめえらがうるさいから、外で茶してくるだけだ。こいつ仕事で疲れてるんだから、あんまり長居すんじゃねぇぞ」
「うわっ! こいつだって。もう旦那気取り? 」
茶々を入れる凛花を一睨みして、慧は上着を羽織ってリビングを出て行く。
「慧君、それじゃ寒いよ。せめてマフラーして」
「いいよ、暑いから」
「ダメよ。昨日、くしゃみしてたもん」
慧のマフラーを持って、麻衣子は玄関まで追いかける。
「マジでいいって。すぐそこでコーヒー飲んでくるだけだし」
「外は寒いよ」
無理やり慧の首にマフラーをまき、いってらっしゃいと送り出す。
「なんか、アツアツじゃん」
「凛花ちゃん、いつの人よ? アツアツとか、お母さん達が言いそうなんだけど」
「母さん達はアッチッチーって言うらしいわよ」
「何それ? うけるんですけど」
リビングに戻ると、凛花と佳奈がゲラゲラと笑っていた。
「ね、麻衣ちゃん。結婚式はいつするの? 松田君プロポーズしたって佳奈に聞いたけど」
「ああ、まあ、まだ詳しく決まってないっていうか……、返事もまだしてないし」
「「エエッ?! 」」
佳奈と凛花の声がハモる。
「それは、やっぱり相手が松田君だから? 恋人ならいいけど、結婚は別みたいな? 」
「そういう訳じゃないのよ」
麻衣子も説明がしづらい。慧がプロポーズの動画を送ってきたのは、今更的な気恥ずかしさがあるからだろうし、何よりも結婚しようとは入っていたが、結婚しませんか? という疑問系でもなければ、その後に麻衣子の返事を待っているような件もなかった。慧の実家からマンションに帰ってきてからすでに一ヶ月たつが、そのことに慧から触れられることもない。
たまに慧の母親の紗栄子から、一度家族同士でランチでもと、顔合わせ的なことを打診されているようだが、慧が面倒くさいと取り合わない。
本当に結婚したいの? ……と、聞きたい麻衣子である。
「男って、何を考えてるかさっぱりわからないわ。面倒くさいって、なら息をするのも止めればいいじゃないの。」
そんな慧の様子を聞いて、佳奈が慧を男の総大将のようにこけ下ろす。慧への恋心は微塵も残っていないようで、すっかり麻衣子贔屓である。
「したら死んじゃうじゃん」
「それが寿命よ」
佳奈が言うと冗談に聞こえないのが怖い。
それから二人は慧のことなど眼中になく、新作コスメの品評会を開始する。
「そういえば、西条さん。うちの下着のモニターになってくれるって話し、本当にいいの? 」
「何、モニターって」
「脂肪燃焼を促進するって下着のモニター。数ヶ月に渡って撮影させてもらうかわりに、下着類は無料で提供するってやつ。うちはネット通販だから、顔は載らなくても、全国的に下着姿をさらすことになっちゃうけど」
「何それ?ただで貰えるの? 」
「まあ、プラスモニター代が毎回撮影ごとに一万でるかな」
「それ、私もやりたい! 」
凛花もハイハイと手を上げる。
「凛花ちゃんは痩せる場所なんかないじゃない。豊胸の下着のモニターのがいいんじゃないの? 」
「あんたね! あんたはブヨブヨと贅肉みたいな胸があるだけじゃないの。痩せればなくなるのよ。私は着痩せしてるだけ! 」
「あら、モニターを頼んだ下着は、胸はそのままに他を細くするのよ」
ちょうどそこへ、インターフォンが鳴った。
「ちょっと出てくるわね」
ドアを開けると、杏里がブスッとして立っていた。
「杏里、どうしたの? 」
「佑と喧嘩した」
麻衣子は心の中でため息をつくと、杏里の頭をよしよしと撫でた。
「落ち着いたら、ちゃんと謝りなよ」
「あたし悪くないもん! 佑がヤキモチやきなだけだよ」
「ヤキモチって、あんたのバイトのこと、認めてくれてるんでしょ? 」
最初杏里からバイトのことを聞いた時は、抵抗もあったし、そんなことするならもっと自分が稼いでお金渡すからと思った。第一、いくらノータッチが原則とはいえ、変な客だって絶対にいる筈で、高校生がしていいバイトではない。
ただ、父親の忠直が認めている以上、にわかの姉である麻衣子が強くも言えないのである。
「まあ、バイトはバイトだしね。それに最近は太い客にしぼって縮小中。違うバイト始めたからさ」
「何それ? 」
「ノブ君がモデル事務所を立ち上げたから、そのお手伝い」
「ノブ君……って、真田さん? 前にロールカーテンを持ってきてくださった? 」
「そうそう、そのノブ君。忠直の親友なんだけどさ、佑がノブ君との距離が近すぎるって文句言ったの。ね、お姉ちゃん、寒いから中に入っていいでしょ? 」
「ああ、うん。ごめん。どうぞ」
お邪魔しまーすと中に入ると、凛花と佳奈を見つけて目を丸くした。
「あれ? お姉さん達、お兄さん狙いの女子大生じゃん」
「杏里! 」
「いいって。妹の……杏里ちゃんだ。私は工藤凛花、こっちは西条佳奈。まあ、松田君狙いだった時期がなくもないけど、今は麻衣ちゃんの友達ってことでよろしく」
「そうなの? お兄さんはどうでもいいけど、お姉ちゃんのこと苛めたらダメだかんね」
「ないない。今じゃうちら、麻衣ちゃんのことリスペクトしてるから」
麻衣子至上主義の妹と、麻衣子をリスペクトしている二人……濃い三人に囲まれて、麻衣子はとりあえずお茶いれてくるねとキッチンに引っ込んだ。
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