第131話 杏里のおせっかい

 ただパンケーキだけを食べたあの日から、三日に一度くらいの割り合いで奈良からラインが届くようになった。

 他愛ない挨拶だったり、面白かったことの報告だったりで、そんなに長い文章でもなく、数回のやり取りで終わる。

 奈良がどんなつもりでラインをよこすのか?


 友達として?

 異性として意識して?


 麻衣子はあえて考えないようにしていた。

 自分の気持ちにも目を反らしていた。


 ★

 そんな麻衣子の様子に、なんとなく慧も気づいていた。


 スマホを気にする回数が増えたこと。何か上の空だったり、元から会話が少ない(慧が話さないから、麻衣子から話しかけていたのが話さなくなったせい)が、最近は会話らしい会話をしなくなったこと。かといって、慧に怒っているとか、喧嘩をしているわけではない。

 何より変わったのが、麻衣子とのSEXだ。

 この間、初めて拒否られた!

 眠いから……とか言っていたが、今までどんなに寝不足でも、麻衣子が慧を拒むことはなかった。途中で寝落ちしたとしてもだ。

 しかも、最近の麻衣子は感度が悪い。まるでセフレとやっていた時のように、感情ののっていない性欲処理のような……。そんな気分にさせるようなSEXが続いていた。


 スマホでゲームをしながら、何となく麻衣子の様子を観察してみるが、そんな慧の様子にも気がついていないようだ。


 何かに浮かれている?

 何に……誰に?


 慧の中で、確信に近い感情が芽生え、それはかなり真実に近かった。


 ★

「お姉ちゃん、あれから奈良さんとは会った? 」


 杏里と二人、お昼ご飯を食べていた時、何の脈絡もなく出てきた奈良ワードに、麻衣子はドキリとした。


「あ……会ってないよ。どうして? 」

「ふーん。嘘じゃなかったんだ」

「何? 」

「この間さ、佑と夕飯食べてた時、奈良さん呼んだんだよ」

「えっ?! 」


 つい昨日、奈良からラインが届いていたが、そんなことは全く触れていなかった。


「奈良さんもお姉ちゃんに会ってないって言ってたし、本当なんだね」

「そりゃそうよ。大学だって違うし、ただの小学校の時の幼馴染みだもん」


 まるで自分に言い聞かせるような様子に、杏里は目を細めて麻衣子を見た。


「奈良さんT大なんだって? 凄い頭いいよね。しかも、全然鼻にかけてないし」

「そうだね。昔から勉強、頑張ってたもんね」

「でさ、カテキョ頼んじゃった」

「は?」


 杏里は、椅子の下の足をブラブラさせ、おなかがいっぱいになったのか皿に残ったスパゲッティの麺を弄びながら、ニッコリ笑った。


「家・庭・教・師……だよ。ほら、二年になったら勉強凄く難しくなっちゃって、でも塾行くお金ないじゃん」

「そんなの、あたしが何とかするよ」

「でも、ただで見てくれるって言うし、使える者は何でも使えってね」

「そんなの、あたしがみるよ?!」

「やだ! T大のがいい! 」

「やだって……。奈良君だって忙しいだろうに」

「本人がいいって言ってるし、週に一回だもん」


 杏里は引くことをせず、麻衣子の手をギュッと握り、上目遣いで見上げた。

 男なら確実に落ちるだろうし、女の麻衣子でもクラクラするような美少女っぷりだ。


 奈良がこんな杏里と二人っきりで勉強?


 麻衣子の胸の中に、ゾワゾワする感情が湧き上がる。


「それでね、土曜日の昼ならいいだろうって話しになったんだけど、その時間佑は最近草野球のチームに誘われていないし、あたしと奈良さん二人にするのは心配だって言うの」

「そ……そうね。奈良君は彼氏のいる相手に手を出すことはないだろうけど……」

「あたしが手を出すかもね」

「杏里……」


 あっけらかんとして言う杏里に呆れながらも、ついそんな様子を想像してしまい、気分すら悪くなりそうだった。


「お姉ちゃん、これいる? 」


 杏里が食べ残しのスパゲッティを指差した。


「……いらない」


 杏里は店員を呼び、皿を片付けてもらうと、食事を残したというのにチョコレートケーキを頼む。


「まだ食べるの? 」

「ケーキは別腹。お姉ちゃんと半分こするし」


 何を食べるとか聞かれてないと言うか、食べるかどうかすら聞かずに、勝手に決めてしまう所は杏里らしい……。


「まあ、あたしも自分の理性に自信ないし、だからお姉ちゃんに見張っていて欲しいの」

「はい? 」

「お姉ちゃん、土曜日の午後は暇でしょ? 」

「まあ、暇って言うか、家の片付けとかやることはあるけど」


 平日はバイトで遅いし、日曜日は夜のバイトの代わりに昼に入るようになったから、空いているのは土曜日の昼と日曜日の夜くらいしかない。


「でね、土曜日のお昼をご馳走する代わりに、その後勉強見てもらうことにしたの。ほら、家で作ればそんなにお金かからないしさ」

「家? 」

「でもさ、うちは忠直が昼は寝てるじゃん。だから佑のアパート借りることになったの」


 もう、そんな話しまで進んでいるのなら、相談ではなくて報告なんだろう。


「そう……」


 いくら何でも、彼氏の家で浮気もしない……と思いたい。

 あくまでも、心配しているだけで、他に意味なんかない。


「だからさ、お姉ちゃんも来てね」

「……? 」

「あたしさ、料理は苦手じゃないけど、好きでもないわけ。しょうがなく作ってるだけだし、人をもてなすようなのは無理」

「あたしが作りに行くの? 」

「ついでに、勉強中あたしの理性を見張っててよ。佑のためにさ。じゃ、そういうことで! これからここに奈良さんくるから、二人でこれからのこと相談しといて。あたしは、佑の試合の応援に行ってくる」


 これはいったい……。


 杏里は、自分の分のお金を置いて行くと、まだケーキもきていないのに席を立った。


「じゃ、後はよろしく! 」

「ちょっ……杏里! 」


 鼻歌まじりに店を出た杏里を、ただ見守るしかできなかった麻衣子は、目の前に運ばれたケーキをため息まじりに見下ろした。

 おなかはいっぱいだし、何より予想していなかった奈良との二ヶ月ぶりの再会。

 とてもケーキに手を伸ばす心境になれなかった。



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