第四章
第200話 佳奈、空回り
クリスマスらしいクリスマスを過ごすこともなく、街はクリスマスから一転年越しの色を濃くしていった。
「あー、そうだ」
学生の時のように、最近は毎日身体を重ね、SEXが会話の一部という生活に戻っていた。
「何? 」
「今年の年末、うちに戻るって言ってたんだけど、おまえもそれでいい? 」
「ああ、うん。特にうちの方は何も話ししてないから」
「でさ、帰ったら話しがあるって親に言っちゃってて、うちの親多分かなり期待してるかも」
「期待……って? 」
「うん……まあ、ほら、俺も妊娠してるって思ってたからさ」
「まさか、そのこと話したの?!」
「いや、詳しいことはまだ……。でも、なんとなくそう思わせることは言ったかもな」
麻衣子は、慧の肩に手をかけてその動きを止めようとする。
「何だよ、もう少しなんだから」
「ストップ、ストップ! お母さん、あたしが妊娠したって思ってるってこと?! 」
つい一人称が私からあたしに戻ってしまった麻衣子である。
「まあ、そうだな。なんなら、今から本当にしとくか? 」
慧はごそごそとゴムを外そうとし、その手を麻衣子に押さえられる。
あれから父性に目覚めたのか、ことあるごとに生でやりたがる慧だ。
以前から、子供ができてもかまわないと言っていたのは真実らしく、最近はかまわないではなく、積極的に作ろうとしているようにも思える。
子供はいなかったのかと凹むのではなく、なら作ればいいじゃんと前向きなのは慧らしいが、子作りの前の段階は頭にないらしい。いわゆる、女子なら憧れるサプライズ的なプロポーズとか、感動的な結婚式という類いの形式的な儀式は頭にないらしかった。
「学生のうちはダメだってば」
「そんなこと言ってたら、ババアになるぞ」
「なりません! 」
慧はゴムをつけたまま最後まですますと、ハア……とため息をつく。
「どうしたの? 」
「とりあえず、ガキは卒業してからとして、籍だけでも入れとくか? 」
「何で? 」
それなりにプロポーズ的なものが聞けるかもと、麻衣子はドキドキしながら慧を見上げた。慧は枕元の眼鏡をかけ、背中を向けてゴソゴソと後処理を行い、結んだゴムをゴミ箱に捨てた。
「いやさ、抑止力的な」
「何それ? 」
「お互いにな、結婚してるんだから! って、よそでチョロチョロしなくなるかなって」
「私は大丈夫よ」
「まあ……だな」
つまりは、自分が浮気しそうで心もとないから、とりあえず結婚という縛りが必要だ……ということだろうか?
麻衣子は呆れるを通り過ぎて、慧らし過ぎて笑ってしまう。
「そんな理由での結婚は嫌」
「だよな……」
これから一生、慧に甘さは期待できないだろうから、そこだけは譲れない麻衣子だ。何となくとか、察してとか、こればかりは絶対に嫌だ。
「きちんとした形で、ちゃんとプロポーズしてくれたら、考えてもいい」
「ずいぶん上からだな。別に、男からプロポーズするって決まってる訳じゃないんだぜ」
「私からなら、慧君が大学卒業して、社会人になって、しばらく働いてからかな」
「はあ? それこそ三十超えちまう」
「ギリギリ三十手前じゃない? 」
そこまで待てるか! ……というのが、正直なところだ。何を待てないか……それは、最近芽生えてしまった父性だ。慧は面倒くさがりだし、物に拘りもないタイプだと自分で思っていた。
多分、手に入らなかった物がなかったせいかもしれないが、だからこそ物に執着しないタイプだと勘違いしていた。
女でもないのに、何でこんな赤ん坊のいる生活に憧れるのか。自分でも訳がわからなかった。
ただ、今ならあんなに赤ん坊を欲しがった清華の気持ちがわからなくはない。勿論、彼女との間に子供が欲しいとはこれっぽっちも思わないが。
一年、二年ならまあ待てなくはないが、三十近くまでとなると話しは別だ。
プロポーズ……しないといけねぇのかよ!!
既成事実として作ってしまった方が、遥かに話しが早いのに……と、ゴミ箱の中をチラリと見る。
あの中に、将来の自分と麻衣子の子供がいたかもしれないと思うと、なんだか悲壮な気持ちになる。
「なんか、変なこと考えてない?」
「ねぇよ。まあ、うちの親には適当に否定しといてよ」
「やあよ、自分でちゃんと言ってよ」
「なら、やっぱり事実にしちまうしか……」
「バカ! 」
麻衣子に叩かれて、慧は既成事実は諦めるが……と、再度ゴソゴソと布団の中に潜り込む。
「あ、ちょっと、ダメだってば!」
「大丈夫、ちゃんとつけるって」
「それなら……」
人前でイチャイチャすることもないし、恋人らしいイベントもスルーではあるが、それなりに仲が良い二人であった。
★★★
「失礼します」
大学はすでに冬休みを迎えているが、大学職員はきっちり年末まで仕事がある。恭子も例に漏れず大学に足を運び、忙しく仕事をこなした。
何よりも、慧との約束が励みになり、いつにも増して意欲的に学生のレポートの添削や、院生の論文に目を通したりしていた。
「佳奈ちゃん。どうしたの? 」
この時期に恭子の部屋を訪れるのは、大抵は大学院生か恭子と何かしらの関係のある誰か……であるのだが、その誰でもない佳奈が恭子の教授室のドアをノックしたのだった。
「先生……大丈夫ですか? 私、心配で……」
「何が? 」
恭子は至って元気にパワフルに仕事をこなしていた。その表情には、悩んでる影なんか微塵も感じられない。
「何がって松田君のことですよ!だって、酷いじゃないですか」
「何で? 」
恭子は手元の資料から目を離さずに聞く。そんな恭子にイライラしつつ、佳奈はダンダンと床を踏み鳴らす。
「恭子先生、捨てられたんですよ?! 結局若い子がいいって、若い相手との間に子供まで作って、先生はポイ捨てです! 」
「あら、私達は最初からそういう関係じゃないのよ」
「何言ってるんです?! 」
佳奈の怒りが怒髪天を衝く。
この部屋で、どれだけ慧とイチャイチャネチャネチャと、いかがわしいことをしていたか、佳奈が知らないとでも思っているのか?
「他の男子生徒と違って、のめりこんでましたよね?! グロスてかてかさせて、授業中に合図送ってましたよね?! 若い子に寝取られて去勢はってるんですか? この部屋でしてたこと、知らないとでも思ってるんですか?! 」
佳奈は髪を振り乱し、肩で息をしながら恭子を睨み付ける。
しかし、恭子は全く動じることもなく、そんな佳奈に憐憫の視線を送る。
「勘違いだったの。ううん、思い込み? 私の初恋の人に慧君がそっくりだったから、つい重ねて見てしまっていたのよ。慧君は修平さんじゃないのにね。彼と修平さんは別人。やっとそう思えたのよ。慧君はそうね……可愛い息子みたいなものね。だから、子供ができたとしたらちゃんと祝福できるわ」
ここまで自分の行為をなかったことにできる恭子に驚きだ。あんなことやこんなことまでしておいて、息子同然と言い切ってしまえるとは?! 佳奈は開いた口が塞がらなかった。
恭子を使って、慧と麻衣子の間に亀裂を入れる作戦が崩壊し、全てが瓦解して行くような感覚に襲われる。
そこで佳奈はグッと足を踏ん張った。
まだよ!!!
まだだわ!
一番大きな切り札がまだ残っているじゃない!
麻衣子の妊娠。
もう少し温めて……と思っていたが、そんなこと言ってられない!
佳奈は、恭子に挨拶をすることなく、部屋から出ていった。
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