第135話 慧に告白
『杏里、明日の勉強会だけど、うちでお願い』
『えっ? 何で? お兄さんいないの? 』
『いるよ』
『じゃあダメじゃん』
『いいの。じゃあ、そういうことで。奈良君にはあたしから伝えるから』
何となく杏里の言い回しに、麻衣子の気持ちに気がついていたのかな? ……と思いながら、麻衣子は電話を切った。
実はこの前、佑が急に帰ってしまった時、麻衣子達がよい雰囲気だったと聞き、邪魔をした佑がボコられていたことを、麻衣子は知らなかった。
杏里にとっては、どちらが麻衣子にとって優良株かと考えた時、奈良に軍配が上がった為、奈良を応援する気満々だったのだ。
その為の勉強会だったし、実は忠直の時計を隠したのも、絶対に杏里を呼び戻す電話がかかってくると思ったからで、二人きりにすれば少しは進展するだろうとふんでいた。
「佑のアホ! 」
「はい? 」
大学が終わり、バイトまでの時間アパートに帰っていた佑は、遊びに( ヤりに? )来ていた杏里にしこたま尻を叩かれた。
「どうしたんだよ? 」
パンツを履きながら、佑は赤くなった尻を撫でる。
「お姉ちゃんが、奈良さんとお兄さんを会わせるつもりみたいなんだよ! 」
「えっ? 何で? 」
「知らないよ! 」
麻衣子のさっぱりとしたさっきの口調、どちらかを選んだのは確かみたいだった。そして、それは多分奈良ではないのだろう。
慧にそこまでの魅力があるか……、杏里には全く理解できない。大学のレベルも、将来性も、何よりも感情の面でも、遥かに慧よりも麻衣子を幸せにしてくれると思うのだが。
「まいちゃん、思いきったね」
「この前、佑さえ邪魔しなければ! 」
杏里が頬を膨らませ、佑はそんな杏里の頬を両手で挟み、プッと空気を抜く。
「良かったんじゃない? どっちに転ぶとしても、何かあってからじゃ、みんな辛いよ。第一、奈良先輩はまいちゃんに松田先輩がいること知らないだろ? したら、黙ってたまいちゃんが二人に対して不誠実……ってことにならない? 」
「ならない! お姉ちゃんに選ばれる努力をしなかったお兄さんが悪い! 」
「松田先輩がフラれる前提なんだ……」
「ったりまえじゃん。まあ、あたしによろめかなかったのは、ちょっと見直してもいいかもだけどね」
「……杏里ちゃん、まじで松田先輩に何したの? 」
杏里は見事にスルーして、スマホに手を伸ばした。
「何するの? 」
「奈良さんにライン打つの」
とりあえず、明日の勉強会はキャンセルしてくれるようにラインを打った。ついでに、奈良の予定でできないことにしてくれとも付け足した。
すぐに既読がつき、了解とスタンプショップが届く。
どうやら、まだ麻衣子は奈良に連絡していなかったらしい。
一週間余裕ができたので、その間に何か良い案を考えなくては!
★
杏里との電話を切った麻衣子は、奈良に電話をする前に慧と話しをしようと、ベッドに寝転がりスマホゲームに集中している慧の横に座った。
「慧君、ちょっといい? 」
「ああ? 」
慧はスマホから顔を上げるでもなく答える。
先週、慧から好きだと言われたけれど、だからって生活の何かが変わったということもなく、相変わらず慧は慧であった。言葉にも態度にも、どうにも感情がのっかってこない。
「あのね、土曜日杏里の勉強を見ていたじゃない? 」
「ああ」
「あれね、実は見ていたのはあたしじゃなく、あたしの幼馴染みなの。あたしはご飯作りに行ってたのと、佑君の部屋借りてたから、その……間違いがないように? ほら、個室になっちゃうわけだから」
「男か」
「そう、男友達」
慧はムクリと起き上がり、ベッドの上にあぐらをかく。
「奈良君とは、小学校の時の同級生で、あかりや佑君達と同じ中高に行ってて、だから佑君も面識あって……」
初恋のことは避けて、奈良のことをポツリポツリと話し出す。
小学校でのこと、あかりを通しての再開。お互いに引きずっていた過去の誤解が溶けたこと。二人で出掛けたことなど。
もちろん、手を繋いだことや、キスされそうになったことは話していない。自分に芽生えていた恋愛感情も。
「でね、今度うちで勉強会やろうかと思って。ほら、やっぱり料理はうちのが使い勝手がいいし、佑君ちよりは広いし。……慧君が気にしなければだけど」
「……別に……いいんじゃない?」
なるほど、その男が麻衣子がおかしくなった元凶か……と悟る。
幼馴染みの男、中西とは比べようもないくらいい男……なんだろう。っつうか、あいつと同じレベルに考えたらいかんよな。あれなら大丈夫と、無意味な安心を抱きそうになる。
などと、全く無関係な中西を、頭の中でこけ下ろした慧は、こればかりはしっかり話しを聞かないといけないと、いつものどうでもいいような態度を封印する。
「で? 」
「で……? 」
「他に言うことは? そいつと浮気したとか? 」
「それはまだ……」
「まだ? 」
慧が眉をピクリと動かすと、麻衣子は可哀想なくらいうなだれてしまう。
根が真面目な麻衣子だから、バレなきゃいいか! という気軽な慧と違い、罪悪感でいっぱいになっていた。
「浮気、するつもりあるわけ? 」
「ない! ないよ!! 」
あっても普通は隠すだろうが、麻衣子はそんな小手先の技なんかを使わない……使えないということは十分わかっていた。
真面目で、努力家で、家事全般パーフェクトにこなすし、慧の女関係にはレーダーがついてるんじゃ? というくらい敏感な麻衣子だが、恋愛に関してはかなり鈍くさく、経験値マイナスなんじゃ?と思わなくもない。だからこそ、普通だったら一ヶ月ももたないだろう慧の彼女で居続けることができるんだろうけど。
大きなため息をついた慧に、麻衣子は涙を堪えきれずに一滴溢す。
慧的には、なんでこんなに不器用なんだと呆れる意味でのため息だったのだが、麻衣子は慧に嫌われたと勘違いしたのだ。
「ごめんなさい……」
「おまえ、そこで謝ったら勘ぐるだろ? 」
「……ごめん」
「だーかーらー! 」
慧は麻衣子の頭を自分の胸に引き寄せた。
「化粧とれたら、不細工な顔になるから! 」
「酷い」
「化粧うまいって誉めてんだよ」
「それ、誉めてないよ」
関係ない会話をして、麻衣子の気持ちが落ち着いてきた。
「……初恋だったみたいなんだ」
「そいつのこと?」
麻衣子はうなずく。
「だから、なんか……」
気持ちが揺れた。
麻衣子の言いたいことをなんとなく理解した慧は、麻衣子の背中をトントンと叩く。
「慧君のこと、隠してたわけじゃないんだけど、聞かれないから言わなかったの。あたしも奈良君に彼女がいるか聞いてないけど」
「フリーのふりした? 」
「言わなかっただけ。指輪とかはつけてたし」
まあ、右手薬指だから、彼氏がいてもいなくても関係ないかもしれないが。
「だから、きちんと彼氏がいること言おうと思うの」
「まあ、それでいいんじゃない?」
もし、それでも!……ってなったらどうすっかな……。
慧には、女を取り合う自分の姿……というのが想像できなかった。今までも、セフレと他の男との鉢合わせなんてこともあった。そういう時は「お先にどうぞ」ではないが、面倒なのが嫌だから、自然とフェイドアウトしていた。
でも、今回ばかりはそういうわけにもいかないだろう。
「おまえは…………、それでいいんだな? 」
麻衣子はこっくりうなずく。
彼氏がいなければ、確実に奈良と付き合っていたはずで、この気持ちがいきなり変わることはないんだろうけど、慧と別れることを考えられないのだから、それ以外の選択肢はない。
「じゃあ、なんも問題ないんじゃね? 」
慧は、ベッドに麻衣子を押し倒す。
むろん、麻衣子も拒否することなく、洋服を自分から脱いだ。
結局、奈良に土曜日の勉強会の場所の変更をラインしようとスマホに手を伸ばしたのは、それから二時間ばかり後で、スマホを開いて始めて、奈良からラインがきていたことに気がついた。
奈良:ごめん、明日は予定が入ったから行けない。杏里ちゃんには連絡済です
麻衣子は了解ですのスタンプを送る。
「なんか、明日なしになったみたい」
「そうなん? 」
「じゃあ、明日は空いたんだ」
「だね」
だからと言って、デートするわけでもなく、バイトの時間まで家でゴロゴロするだけなんだろうけど……。
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