第73話 清華、来訪

 慧と復縁し、同棲を再開して三週間、途中GWがあり慧の実家に二泊してきた。

 春休み行けなかったからだが、誰も別れていたからなどとは思っていないだろう。

 慧の母親と買い物へ行ったり、八重と一緒に料理をしたり、慧の幼馴染達と飲みに行ったりと、なかなか楽しく過ごせた。


 休み明けの大学は浮わついた感じだったが、やっと普段の様子を取り戻しつつあった。


「麻衣子、今日の新歓コンパ、これないって? 」

「ああ、うん。六時八時でバイトに入らないとなんだ。でも、もし二次会とか行くなら後で合流するから。慧君は参加だし」

「麻衣子狙いの一年坊主もけっこういるんだからね。麻衣子こないとやめちゃうかもよ」

「ないない」

「あるって、じゃあ、なるべく早くきてね。松田君、行くよ! 」


 理沙は慧を引っ張って教室から出て行く。

 二年生は新歓コンパで出し物をするため、その練習で先に集まると言っていた。

 麻衣子も荷物をまとめると教室を出る。


 まだバイトまで時間があるため、一度マンションに寄って洗濯してから行こうかと思い、バイト先ではなくマンションに帰った。

 エレベーターから下りると、部屋の前に誰かいる。

 インターフォンを押しているから、うちに用事があるのだろう。


「あの……? 」


 麻衣子が声をかけると、女が振り返り、フローラルの香りがフワリと鼻についた。

 女はにこやかに微笑み、麻衣子の方へ一歩近寄った。


 この香りは……あれだよね。


「うちにご用ですか? 」

「うち? 松田慧君のお部屋よね? 」

「はい、そうですが……」

「あらやだ、彼女さんとは別れたって聞いていたのに、よりをもどしたのね? 」

「あなたは? 」

「初めまして、木梨清華と申します。慧君とは同郷で、親しくさせていただいていたの。慧君はまだ帰らないのかしら? 」


 木梨清華……慧から聞いていたセフレの名前だった。


「今日は遅いです。新歓コンパなんで」

「あら、困ったわ……。どうしても今日会わないといけなかったんだけど」


 清華は、困ったわと口元に手を当て、チラリと清華を見る。


「あなた、慧君の連絡先を教えてもらえないかしら? 急用なの」

「それはちょっと……」

「あら、私怪しい者じゃなくてよ。慧君とは本当に親しいんだから」


 親しいのは知ってます!


 そう言いそうになるのをグッと堪えて、麻衣子は唇の端がひきつりそうになりながら清華に笑いかける。


「ご用件は? 」

「あら、ちょっとあなたには……。ねえ? 」


 ねえ? と聞かれても、そうですねとは言えない。


「本当に今日じゃないと困るの。じゃあ、どこで飲むのか教えてくれない? 直に会いに行くから」

「申し訳ないんですけど……」

「そう……、私がこんなに頼んでいるのに、あなた意地悪だわ!もう、自分で探すからいいわ!」


 清華は、今までのにこやかな笑顔はどこに行ったのか、苛立ちを隠さずにきびすを返して行ってしまう。


 彼氏の浮気相手に、彼氏の情報を漏らす彼女がいるだろうか?


 意地悪って、子供じゃないんだから……。


 麻衣子はエレベーターが下りていくのを確認してから、部屋の鍵を開けて部屋に入ると、しっかり鍵をしてから慧に連絡した。


『もしもし、慧君…… 』

『ちょい待って……どうした? 』


 麻衣子の戸惑ったような声に、慧はがやつく場所にいたようだが、すぐに静かな場所に移動して電話に出た。


『あのさ、慧君のセフレ……清華さんって言ったよね? 』

『ああ? 何、今さら』


 慧の声に不機嫌さが混じる。


『来たんだよ』

『何が? 』

『清華さん』

『どこに? 』

『うちに』

『……意味わかんね。なんで、あいつがうちに? うち知らないはずだけど』

『でも来たんだよ。慧君に急用だって。』

『……』


 電話の向こうで沈黙が続く。


『……で、どうした? 』

『連絡先聞かれたけど答えなかったら、どこにいるか聞かれて……。新歓コンパだから帰ってこないって行ったら、自分で探すって怒って帰ったよ』

『……ハア。……わかった。でも、なんで家がばれたんだ? もしかしてつけたんかな? おまえ、今家? 』

『うん』

『バイト行くんだろ? なら、マンションの裏口から出たほうがいいかもな。 もしかしたら、はってるかもしれない』


 それは、大学帰りとかに尾行されて、家がバレたってこと?

 ストーカー?


『ちょっと、怖いこと言わないでよ』

『家にくることじたいがヤバいだろ……ったく、何なんだ』


 何なんだって、あたしが言いたい!


 とにかく気を付けろよと、着信が切れた。


 麻衣子は、切れたスマホを眺めて一瞬呆けていたが、マンションに戻ってきた理由を思いだし、脱衣所にある洗濯機を回した。

 洗濯機のメロディが鳴り、ゴトンゴトンと回転し初める。洗濯時間が四十五分とでた。

 干す時間も合わせても、一時間後にはマンションを出れる。麻衣子は、スマホで時間を確認して、バイトに間に合うことを確認した。


 いつもなら、この時間で部屋の掃除をしたり、慧の夕飯を作ったりしているのだが、今日は食事も作らなくていいし、部屋も汚れてはいないから、ベッドメイキングくらいしかすることがない。


 やることがないと、色々考えてしまう。


 清華には、住まいから大学まで知られている。

 しかも、彼女がいると知っていても、悪びれることなく積極的にグイグイくるし、さっき少し話しただけだが、話しが通じる相手に思えない。

 慧の性格を考えると、二人の関係は愛情というより、完璧なセックスフレンドのようだから、ここまで慧にこだわる意味がわからなかった。

 それとも、彼女の方にはストーカーになってしまうほどの愛情があるのだろうか?


 今日絶対に慧に会わなければならない理由……、それもわからない。

 二人の記念日みたいなものだろうか?


 色々考えていたら、いつの間にか時間は過ぎ、洗濯が終了したことを知らせる音楽が鳴った。

 麻衣子は、洗濯物を干し終わると部屋を出て、ゴミ捨て場のある裏口からマンションを出てバイトへ向かった。



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