第125話 夫婦水入らず
「ちょっとトイレ」
真ん中に座っていた麻衣子が、佑の前を横切って通路に出る。三のCの席の人が、佑と席を交換してくれ、三人横並びで座れたのだ。
「はい、いってらっしゃい」
佑は、麻衣子が離れて行ったのを確認すると、スマホゲームをしていた慧の腕を叩いた。
「あんだよ? 」
「松田先輩、やばいですよ」
「何が? 」
「まいちゃんには内緒みたいなんですけど、今回の帰省は初の親子水入らずになるはずで……」
「はあ? 」
「だから、杏里ちゃんと忠直さんが新潟にきてるはずなんです」
「それってありなん? 」
麻希子と忠直は離婚、しかも杏里が浮気相手に出来ちゃったから離婚したと聞いている。麻希子にしたら、杏里には会いたくないのではないだろうか?
「なんか、再婚が決まったとかで、杏里ちゃんとまいちゃんはちゃんとした姉妹になるみたいです」
「ハア? 再婚? 」
麻衣子もそんな話しはしていなかったし、東京のホストと新潟のパートのおばちゃんがなんだってそんなことに。
「まいちゃんが上京してから、おばさんは心配して忠直さんにちょこちょこ連絡とるようになったらしいんです。忠直さん、ずっとおばさんが好きだったみたいで、猛烈にアプローチしたみたいです。そんなんがあって、まいちゃんに忠直さんの住所とか教える気になったみたいで……」
ということは、慧が初めて麻希子に会った時は、すでに麻希子は忠直に気持ちが揺れ動いていた時期なのかもしれない。
あの時の麻希子は、麻衣子の母親とは思えないくらい女子力0で、恋愛してそうにも見えなかった。
「その報告をするためにまいちゃんを呼び戻したみたいなんで、そこにいくら彼氏とはいえ他人が同席するのは……」
「んなこと言ったって、もうおせえよ」
「……ですよね。もし松田先輩さえ良ければ、うちきませんか? まいちゃんち、そんな大人数泊まれるとも思えないし」
慧は悩む。
いくらサークルの後輩で、知らない仲ではないとはいえ、家にお泊まりに行く仲ではない。
まあ、もしこの先、お互いの相手が変わらなければ、兄弟になる可能性がないわけじゃないが。
「考えとく」
麻衣子が戻ってきて、話しは中断した。
「自由席、凄い人だったよ」
「だろうな」
だから指定席で良かったろと、慧は自分のおかげだとふんぞり返る。
「中西君達、何でかトイレの横で寝てたよ」
「はあ? 」
一番前に並んでいて、席がとれなかったんだろうか? と、席取り合戦凄まじい! と変な感心をする慧は、見てこようと席を立つ。
戻ってきた慧は、ヘラヘラと笑っていた。
「あれ、爆睡じゃん。 あんなんじゃ、下りれないんじゃん? 」
麻衣子も声をかけたのだが、二人共ピクリとも動かなかった。
仲良さげにお互いにもたれていたから、微笑ましいといえば微笑ましいのだが、中西のヨダレが亜美の頭に垂れるんじゃないかと、心配になるような態勢だった。
思わず、亜美の頭の上、中西の口元にハンカチを置いてきてしまった。
新幹線は長岡が終点なわけじゃないから、停まる時間は短い。長岡のアナウンスが流れて、麻衣子達は荷物をまとめて席を立つ。中西達が寝ている所まで行き、下りるのを待っている間、麻衣子は中西を起こそうと声をかけたが、全く起きてくれない。
新幹線が停まりそうになった時、亜美の唇の端がピクリと動いた。見えないが、多分目が開いたのだろう。
スクッと立ち上がると、中西が座ったままのバッグを力業で持ち上げる。中西は転がり落ちたが、それでも起きない。荷物と中西を小脇に抱えた(マーベラス!! )亜美が、ごく平然と新幹線から下りる。
「あ……亜美ちゃん」
手伝おうか? と言いかけて、何をどう手伝えばいいのかわからず、麻衣子は口をつぐんだ。
「すっげ! 馬鹿力」
「慧君! 」
そう思うのなら、男の慧達が手伝えばいいのに。
ホームに下りた亜美は、荷物を地面に下ろすと、中西の頬を数回叩いた。瞬時に赤く腫れる中西の頬。
中西は大きく欠伸をすると、頬を押さえた。
「痛い……」
そりゃそうだ。腫れるほど叩いたのだから。それくらい叩かれないと起きない中西も中西だが……。
「あれ、ついたんすね」
「おまえ、あの状態でよく熟睡できるな」
「そうっすか? どこでも寝れるのが俺の特技っす」
「唯一の和兄の特技だ。しかも、何があっても起きない。私以外起こせない」
「だろうね……」
あれだけ遠慮なく叩けるのは、幼馴染みだからであろう。
「昼、どうします? うちは何時に帰るって言ってないから、昼は用意してないと思うんですけど」
佑が、昼飯を食べてから帰らないかと提案する。
「うちも大丈夫」
「うちは昼前に帰るって言ってあるんで帰るっす。たぶん、駅まで車で迎えがきてると思うんで」
亜美もペコンと頭を下げて、中西と二人でホームから下りていった。
「あの二人って、お似合いに見えてきたかも……」
「そう? 」
基本、他人に興味がない慧は軽く流す。
「まいちゃん、ご飯食べたらさ、遊びに行ってもいい? 昔遊びに行ったことあるしさ」
「うん? 別にいいけど? 」
慧だけ連れて帰るよりは、クッションがあった方がいいかもしれない。前に家に泊まったことがあるとはいえ、理沙と拓実がいたし、いくら彼氏だと認めてもらっていても、元が厳しい母親だから、いきなり連れて帰ったら嫌な顔をするかもだから。
バスの時間を確認してから、駅ビルの中のラーメン屋でラーメンを食べた。
少しゆっくりしてから、バスの時間に合わせて表に出、三人でバスに揺られること十五分。
麻衣子の最寄りのバス停で下りた。佑の家は一つ先だ。
佑は杏里と連絡を取っており、すでに忠直と杏里が麻衣子の家にいるのを知っていた。
「うわあ、まいちゃんち久しぶり! 姉ちゃんについて、よく遊びにきたなあ」
アパートの階段を上がり、部屋の前までくると、麻衣子がドアに手をけけるよりも早く扉が開いた。
「お帰り~! 」
「杏里?! 」
出迎えてくれたのは杏里で、何でうちに杏里がいるのかわからず、麻衣子はしばらく固まっていた。
「ね、ね、びっくりした? ウフフ、ちゃんと佑内緒にしてくれたんだね。同じ新幹線になったって聞いて、ばらしちゃったかって心配だったんだ」
「麻衣子、お帰り」
部屋の中から、照れたような表情をした忠直も出てくる。
「お父さんまで? 」
「うん、お母さんがね、招待してくれたんだ。久しぶりに家族で年末過ごそうって」
「で、お母さんは? 」
「今、買い物に行ってる」
狭い部屋に、大人五人は狭い。とりあえず、部屋の主は麻衣子になるため、みなにお茶をいれたり、お茶うけを出したりする。そうしている間に麻希子が帰ってきた。
「母さん?! 」
「あ、お帰り」
帰ってきた麻希子は、見たことないお洒落な格好をし(家だといつもジャージだし、スカート姿なんて見たこともなかった)、化粧までしていた。
きちんとした格好をすると、麻衣子と似ている。
「ど……うしたの? 」
「何がよ? 杏里ちゃん、お大福好き? 買ってきちゃったって……、慧君と……? 」
大きくなった佑を見たことない麻希子は、この間来た子とも違うわねと佑を眺める。
「杏里ちゃん? お大福? 」
麻衣子は、母親の変貌ぶりに驚いて、佑を紹介するのも忘れてしまう。
「相田佑君。あたしの彼氏」
「相田……、もしかして、あかりちゃんの? 」
麻希子は、麻衣子達と同じ大学にあかりの弟が入学したと言っていたのを思い出したようだ。
「弟の佑です。ご無沙汰してます」
丁寧に頭を下げる佑に、麻希子は目を細めた。
「あらやだ、大きくなったわね。それにずいぶんかっこよくなって。杏里ちゃんの彼氏って、麻衣子が紹介したの? 」
この間の帰省時には、麻衣子に気がある……みたいなことを聞いた気がして、麻希子が少し眉を寄せる。麻衣子がダメなら杏里というのは許せないと思ったからだ。
「紹介っていうか、そういうんじゃないんだけど。お姉ちゃん関係で知り合って、まあなんとなく」
「佑君にはお世話になったんだよ。杏里の高校の資料とか取り寄せてくれてね。彼がいたから杏里は高校に行く気になってくれたんだ」
「あらあら……。忠直君公認なのね」
麻希子の眉間の皺がなくなり、ニッコリと微笑む。
なんとなくだが、麻希子と忠直の距離が近い気がして、二人をジッと見ていると、麻希子が頬を染めて忠直の腕を叩く。
「忠直君、あなたから麻衣子に……ね? 」
「僕? やっぱりここは母親の君から」
「やだ、もう一度忠直君と結婚するなんて、恥ずかしくて言えないわよ」
「いや、言っちゃってるし」
「あらやだ! 麻衣子が大学入った時に、何かあったら頼りになるかと思って、久しぶりに電話したの。それから、ちょこちょこ連絡とるようになって……ね? 」
麻希子は頬を染めながら、忠直のシャツの裾を掴む。
「ああ。お互いに、パートナーがいないってわかって、それからはバタバタっとね」
「お互いに行き来したりしてね……」
って、東京にも来ていたってこと?
麻希子が上京しているなど、全く聞いてもいなかったし、むろん会ったこともなかった。
「杏里ちゃんもこっちに顔出してくれて、実のお母さんより慕ってくれて、すぐに仲良しになれたわ」
「ごめんね、お姉ちゃん。内緒ねって言われたから、話せなかったの」
「いや、まあ、別にそれは気にしないけど……」
いい年して、中年カップルがイチャイチャと突っつきあっている姿は、なんとも痛い。しかも、それが実の父親と母親だというのだから……。
「つまり、二人は再婚するってわけ? で、どっちがどっちに行くの? 」
忠直はこの年でホストをやっているが、新潟で需要があるとは思えないし、いまさら新しい職につけるとも思えない。麻希子にしても、パートの仕事とはいえ、すでに十五年続けており、下手な社員より頼りにされている。第一、一人親で大変だった時に世話になったことを考えると、「寿退職しまーす。後は知りませーん」なんてことはできない。せめて、麻希子レベルに使える社員を育成するまでは、麻希子の気持ち的にも辞められない。
「遠距離婚かな? 僕も麻希子さんも仕事辞められないし。でも、ほら、僕の仕事も六十までできるもんじゃないし、杏里が高校卒業するくらいまでじゃないかなあ?僕は続けたいけどね。そしたら、こっちで店出してもいいし」
「あら、私だってスパルタで社員鍛えて、なるだけ早く辞めれる環境作るわ。……五年待ってもらえれば、東京にも行けてよ」
二人で見つめ合っちゃったりして、本当に見ている方が恥ずかしい。
「なんか、二人の邪魔しない方がよくない? 」
「っていうか、もう好きにしてって感じ。佑、うちら佑んちに泊めてくれない? 」
「別にいいけど」
「じゃ、そういうことで! 忠直、麻希子お母さん、二人っきりで年越してよ。家族水入らずはこれからいくらだってできるじゃん。だから、今回は夫婦水入らずでどうぞ。あ、さすがに年の離れ過ぎた弟妹はいらないからね」
「やだ、杏里ちゃんってば! 」
特に止められることもなく、麻衣子達はアパートを出る。
もう、なんのための帰省だったんだか!
アパートにいたのは、一時間もなかった。無理やり呼び戻されて、一方的に両親のイチャイチャを見せつけられただけ……。
再婚に反対なんかしないのだから、電話ですまして欲しかった……と思う麻衣子だった。
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