第124話 乗車率200%新幹線

「あれ! 佑君」

「まいちゃんに松田先輩」


 東京駅の上越新幹線のホームで新幹線を待っていると、売店から出て来た佑にバッタリ会った。


「松田先輩は見送りですか? 」


 麻衣子は小さな旅行用バッグを持ち、慧は身軽で何も持っていなかった。帰省する麻衣子を駅まで送りにきたのかと思い、いつもはそっけない慧も、実はラブラブなんじゃんと佑は内心ニマニマした。


「いや、俺も行くの」

「行くって……、まいちゃんちですか? 」

「他にどこ行くんだよ」


 麻衣子には内緒と言っていたが、たしか忠直と杏里も麻衣子の家に行くはずで、家族水入らず……ぶっちゃけ忠直と麻希子の再婚話しがでるはずで、そこに慧がいていいものか悩む。


「松田先輩が一緒に帰ることは言ってあるんですか? 」

「うち? 言ってないよ。だって、朝いきなり一緒にくるって言うんだもん」

「よく新幹線とれましたね」

「たまたまな」


 こういう時の慧は運が良い。

 元から計画性のあるタイプではないが、プラッと立ち寄った人気の映画の指定席が残り二つだったり、待つのが当たり前の居酒屋に行ったら、予約のキャンセルがあってすぐに入れたりと、待つのが好きじゃない慧は、どんな運の良さか、ほぼスムーズに行動することができていた。今回だって、乗車率200%なんていう自由席は嫌だとごねた結果、たまたま指定席に空きができ、二人分ゲットできたのだ。麻衣子は自由席でいいと言ったのだが、差額を慧が支払うことでリッチな指定席となった。


「ったくよ、こんなギリギリに帰るんじゃねえっての」


 自由席に並ぶ人混みを見て、慧はうんざりとつぶやく。

 学生は早くから休みだが、サラリーマンはそうはいかない。お父さんの仕事に合わせて帰郷すると、満員電車並みの新幹線で長旅……なんて羽目になるのだ。


「あれ? あれって中西君と亜美ちゃんじゃない? 」


 自由席の一番前に陣取り、新幹線を待っているのは、確かに中西達だった。

 荷物の上にポスンッと座っている亜美は、まるで小学生の子供のようで、若いお父さんと娘の帰省に見えなくもない。


 無視して行こうとした慧だったが、麻衣子の声で亜美が顔を上げ、麻衣子達に気がついたようだ。

 列に亜美を残して中西が走ってやってくる。


「麻衣子もこの新幹線かよ。すげえ、同じ新幹線なんて、運命を感じないか」

「全く感じない。ほら、新幹線清掃終わったみたいだよ。亜美ちゃんだけで二人分の荷物運べないでしょ」

「あいつなら大丈夫」


 見ると、自分の身体くらいありそうな荷物(たぶん中西の)を担ぎ、逆の肩にリュックをかけた亜美が、開いた新幹線の扉に向かってダッシュしていた。

 小さな身体からは想像できない逞しさだ。


「麻衣子達の席は?」

「俺らは指定席」

「六号車の三のA、Bだよ」

「僕も六号車です。三のDです」

「あれ、偶然並びだね」

「じゃあ、後で遊び行くっす」

「こなくていい」

「またまたあ! 松田先輩、ツンデレなんだから」

「デレた記憶はねえぞ」


 麻衣子達に手を振ると、中西は亜美がとっているだろう席に向かう。自由席は通路まで人が立っていて、なかなか中に進めない。

 すんません、すんませんと声をかけながら進むと、なぜか一番前で並んでいたはずの亜美が、席に座らず通路に立っていた。


「えっ? 何で? 」

「若者は立てる」

「いや、まあ、でも、あんだけ並んだのに、何で席とれてないの?」


 亜美の豪腕なら、いくらだって席をゲットできたはずで、素早さでも負けるとは思えなかった。


「あの、やっぱり申し訳ないです……」


 目の前の席に座っていた若い母親が席を立とうとする。

 小さい赤ん坊を抱き、三才くらいの幼児を連れていた。


「いい。小さい子が立っていたら危ない」


 ぶっきらぼうな亜美の口調に、母親はやはり席を返そうと立ち上がろうとする。

 なるほど、席はとれたが、この親子に譲ってしまったようだ。


「いいんすよ! こいつは足腰だけは……いや、全体的に強いっすから。新幹線の揺れくらいじゃへこたれないっす! 」


 状況を見てとった中西が、若い母親にチャラけた笑顔でVサインを出しながら言う。いつもは多大なる勘違いに基づいて生活している中西だが、亜美のこんな優しさにはすぐに気づく。顔が隠れていて、表情が読み取りにくいせいか、多少ぶっきらぼうな言い方のせいか、亜美の優しさは伝わり辛い。

 親切が空回りしやすい亜美の軌道修正するのは、小さい時から中西の役目だったから。


「麻衣子達、六号車だってよ。向こう言ってみねえ? 」


 中西は、荷物を頭の上に担ぐと、混んだ中を後ろに向かって進む。

 自由席と指定席の間の連結部まで進むと、トイレ横のスペースに荷物を置いた。


「ほれ、この上に座ってろ」

「……ごめん」


 勝手に席を譲ってしまったことに対する謝罪だった。自由席で席をとるために、かなり早くから並んでいたのだ。せっかく一番前がとれたというのに……。


「全くだ! 席を譲るなんてかっこいい行為は、俺がやった方が様になるだろが」


 亜美は中西の荷物の端に座ると、そこに中西も座るように荷物を叩いた。


「二人座れっかよ」

「ウンッ!! 」


 亜美に睨まれ(た気がして)、中西は言われた場所に縮こまって座る。いくら亜美が小さいと言っても、二人座るとギリギリだ。


「おまえ、こんなに荷物持って帰って馬鹿だって言ってたけど、椅子になったから良かったじゃんか」

「いや、たった三日間にこれはない」


 たった三日、しかも自宅に帰るというのに、一ヶ月くらいいるの?というような荷物を用意した時、亜美にひたすら怒られたのだ。それでなくても、半端ない乗車率が予想できる新幹線で、この荷物は邪魔にしかならないと。


「まあ、いいじゃん。」


 亜美もそれ以上何も言わなかった。

 中西はスマホをいじりだし、亜美は中西に寄りかかって目をつぶる。

 席に座ったら、こんな密着感はなかった。乗車率200%様々だ。





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