第143話 パーティー

 夏休みも終わり、高校は二学期が始まった。そして大学生は前期テストに突入するが、四年はあまり履修科目を残していない(たまーにびっくりするほど単位がとれてない学生もいるかもしれないが)ため、テスト期間も短いか、なかったりする。


 麻衣子と慧も、テストのある講義は三年まででとりきってしまったため、長い夏休みの延長のようになっていた。

 慧は十一月の受験に向けて、珍しくゲームを封印して受験勉強をしており、麻衣子は色んな面で再度会社を再検討し、長く働けそうな会社を見つけては入社試験を受けていた。


 というわけで、試験とは関係なく忙しく過ごしており、勉強会もお弁当を杏里の家に届けるだけになっていたため、奈良との記憶は薄れてきていた。


「お姉ちゃ~ん、まだ就活落ち着かないの?! 」


 杏里には、就活が忙しいから勉強会には顔を出せないと言っていた。


「まあ……まあかな」


 本当は、一社目処をつけていた。給料は良くないし、一年目は有給もつかないし、ボーナスの割合も良くない。会社自体がマイナーではあるが、女性メインに働いていて、ほぼ90%産休育休をとっている会社。小さい会社だから、転勤などもない。

 もう少し大手の会社の内定ももらっていたが、ほぼこの会社に入社しようと決めていた。


「そうだ、次のバイトの休みって、来週の日曜日でしょ? 」


 佑情報だろうが、杏里も麻衣子のバイトをきっちり把握しているようだ。

 今日もこれからバイトだと知っていて、バイトまでの間の空いた時間に大学まで顔を出しにきていた。


 大学のキャンパス内のベンチで、二人はお茶を飲みながら喋っている。


「日曜日は就活もないよね? 」

「まあ、そうね」


 杏里はニコニコとしながら麻衣子の手をとった。


「じゃあ、手伝ってくれるよね?」

「……あたしができることなら?って、何を? 」


 純粋な笑顔が怖い。

 可愛い可愛い妹ではあるが、今時の高校生の考えることはちょっとわからない……と、たかだか四歳しか離れていないのに、おばさんくさいことを考えている麻衣子だった。今時の高校生にしても、杏里は異色かもしれないが……。


「できるできる! じゃあ、日曜日、お姉ちゃんちに行くから」

「くるのはいいけど、何するのよ」

「パーティー」

「パーティー? 」


 誰かの誕生日だっただろうか?


「慧君勉強してるから、騒ぐのはちょっと……」

「たまには息抜きも大事よ。材料は買っていくから、一緒に料理してね。昼過ぎに行くから」


 杏里は、自分の用件だけ言うと、お茶をゴクゴクと飲みきり立ち上がった。

 今日は雲っていて、気温も低めとはいえ、まだ真夏の暑さが残っている。長々と外にいるのは危険だ。


 じゃあね! と、杏里は走って行ってしまう。

 結局、何のパーティーなのか、誰のためのパーティーなのかわからないまま約束が成立してしまったようだ。


 ★

「いらっしゃーい」


 まるで自分の部屋のように客をもてなす杏里は、コーラルピンクのミニドレスを着て、可愛らしいことこの上なかった。

 狭くはない慧の部屋だが、さすがに人数がえげつない。


 佑はくるだろう。それはわかる。理沙や拓実、美香や沙織に多英まで。すでに部屋の中に八人。座る場所もない。

 そこに佐久間や多田までやってきて、飽和状態に。


 麻衣子と慧の大学の友達と、杏里がつながりがあるのも驚きだし、しかもパーティーに呼べるということは連絡先を交換しているわけで、杏里の人脈の広げ方が凄過ぎる。


「この人数は、さすがにホームパーティーって人数じゃなくない?」

「そうだよね? あたしもこんなに呼んでるなんて」


 理沙と拓実は遠慮なくベッドに腰掛け、新しくやってきた佐久間達に目を向けた。

 みな、自分の飲み物は持ってくることとメールがきたため、焼酎のボトルや缶酎ハイ、日本酒、ワインにビール、色々な飲み物が流しに集まっていた。

 佐久間達は杏里目当てなのか、杏里の回りをチョロチョロし、言われたことを手伝いだした。

 客というより、ウェイター扱いかもしれない。


 まさか、もう誰もこないよね? と思っていたら、ピンポーンとチャイムが鳴り、奈良がビールのケースを持ってやってきた。


「誰、あれ? 」


 多英と沙織の目が輝き、奈良のそばへ行く。彼氏のいる多英はともかく、フリーな沙織の目は真剣だ。


「で、あれ誰?」


 美香も理沙に習ってベッドの上に自分の居場所を確保すると、奈良の方を目で見る。


「奈良君。あたしの小学校の同級生で、佑君とは中高も一緒で、今杏里の勉強を見てもらってるの」

「ふーん、どこの大学? 」

「T大らしいよ」

「うわ、国立エリート」


 奈良が沙織と多英に挟まれながら麻衣子のところへやってきた。


「やあ、久しぶり」


 帰省の時が最後だから、一ヶ月以上たっている。

 ラインも毎日きていたが、当たり障りのないことしか返信していなかった。


「うん、久しぶり……」

「なんか、大学院合格祝いをしてくれるって杏里ちゃんが言うからきてみたんだけど……、もしかして場違いだったかな? 」

「えー、大学院行くの? すごーい! 」


 沙織が奈良の腕をがっしり掴んで離さず、会話にも入り込んでくる。


「えーと、渡辺さん? だっけ?ちょっと、徳田と話したいんだけどいいかな? 」

「渡辺さんじゃなく、沙織! 」

「沙織さん、ちょっと離そうか」


 腕を思いっきり胸を押し付けられ、奈良は困ったように麻衣子に視線を向ける。けれど、奈良を沙織が相手してくれると、正直ありがたい。


「飲み物、とってくるね。食事はカウンターのとこと、テーブルにあるから、好きにとって。お菓子は床に直置きでごめん」

「奈良君のはあたしが取ってくる。奈良君、何がいい? 」


 沙織は、イソイソとキッチンへ向かった。面倒見のよい女アピールするつもりらしい。


 多田が麻衣子達にビールを持ってきてくれ、麻衣子は移動するタイミングを逃してしまう。

 壁際に立っていた麻衣子の隣りに奈良がくると、少し近めの距離に麻衣子は半歩横にずれた。奈良は一歩近づき、麻衣子と腕が触れるくらいまで距離をつめる。


「彼氏君……慧君は? 」

「すぐ戻ってくるよ。杏里がきてうるさいからって、外に勉強しに行ってるの」

「受験……するんだっけ? 」

「うん。薬科大受けるみたい」

「へぇ、薬剤師になりたいのか。なら最初から薬科大に行けばよかったのに」


 トゲがあるように聞こえるのは気のせいではないだろう。


「まあ、最近決めたみたいだから。おうちが病院してて、おうちの役にたてばって」

「ふーん」


 奈良の目が細くなる。その表情は冷たく、子供の時の奈良からは見たことのない冷笑を浮かべていた。


「家が医者なんだ……」

「……うん。そうだね」

「徳田も変わったな」

「え?」


 ちょうど沙織がビールと食事を持ってきて、奈良を引っ張ってベランダへ連れていく。


「あれ、何?」


 話しが聞こえていた美香と理沙が、不愉快そうな表情を隠そうとしない。


「どう……したんだろうね」


 奈良は、お盆の帰省の後、麻衣子といい関係になれると思い込んでいた。あの彼氏よりは、絶対に自分が選ばれるはずだった。

 それが、ラインは素っ気ない。勉強会にも顔を出さない。会いたいとラインしてもスルーされ、イライラが募っていた。

 下手に自分に自信があるだけに、素っ気なくされるのに慣れていなかったのもある。


 故に、麻衣子が自分になびかないのは、家が医者だからとか、そういう打算的なことが原因だと勝手に勘違いし、勝手に失望し、不愉快さを全面に出す態度になってしまった訳だ。


 奈良は、それからはベランダから出てくることはなく、沙織との距離が縮まって行くように思えた。


 しばらくすると慧が帰宅し、あまりの人数に口をアングリと開けて自分の部屋を見回した。


「なんじゃこりゃ……」

「お帰り~! 多田君、飲み物。佐久間君、食べ物よそって」


 多田と佐久間は杏里に言われるままに慧の元に持ってくる。麻衣子のエプロンを二人共しており、完璧ゲストではないいでたちだ。


「すげえなおい。こんなに入るんだ……って、おまえら静かにしろよ。苦情がくんだろ」


 慧はとりあえずビールと、取り分けられた食事の皿を手に、麻衣子のところまでやってくる。

 ふとベランダを目にして、しばらく唖然として目を疑う。


「あれ……」


 抱き合っている人影、多分……ベラ噛んでる。


 麻衣子は悩み、レースカーテンをひいた。


「なんか、意気投合したみたいね」


 奈良と沙織が、慧の家のベランダで……。


 つい一ヶ月前には、慧と麻衣子の仲を危うくした存在が、今はビッチ沙織とベラ噛み状態とは。

 いや、まあ麻衣子の友達だし、悪くは言いたくないが、沙織が相手とは気が抜ける思いだ。


 どうやら、このパーティーは就活・受験勉強頑張れ&就活・大学院合格おめでとうパーティーとの名目で開催されたらしく……つまりは理由なんかどうでもいいパーティーということだった。


 杏里がどういうつもりでこの人選をしたのか、なんとなく慧だけは理解していた。

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