第196話 クリスマスパーティー

「ね、私が行ってもいいの? 」

「そりゃ、いいんじゃね? 学祭みたいなもんらしいし」


 暖かそうな白いニットワンピースの上にフェイクファーのコートを着た麻衣子が、慧の後ろから歩いていた。


「学園祭、呼んでくれなかったじゃない」

「そりゃあれだ……(着物着て点前してるとこなんか見せられっか)」

「何よ? 」

「たいした意味はねぇよ。ってか、ヒール履いてこけるなよ」

「転ばないよ」


 子供じゃあるまいし何の心配してんの? と思いながらも、慧の差し出された手を素直に握る。

 手を繋いで歩くなんて、滅多にないことだから、ついつい麻衣子の頬が緩んでしまう。


「西条の奴が何か言ってくると思うけど、適当に流せよ」


 一応、盗聴器のこととかは麻衣子に伝えていたが、詳しい内容は伝えていなかった。ただ、それを仕掛けたのが佳奈で、謝りたいらしいとだけ。気味悪がって、最初は関わりたくないとクリスマスパーティーに行くのを拒否した麻衣子だったが、家に押し掛けてくるかもしれないからと、とりあえず佳奈が謝るのを聞けばいいだけだからと、半分無理やりに連れてきたのだ。


「それにしても、本当に学祭みたいだね」


 校門を入ってすぐ、屋台が立ち並び、仮装をした学生達がゾロゾロと歩いている。女子率が高い気もするが、いつもよりは男子の姿が目につくのは、学外の人間が多いからだろう。


「松田君! いいとこに!! 」

「斎藤先輩」

「あれ……えっと? 」


 麻衣子を見て、戸惑ったようにその繋がれた手と顔を何度も見る。部活でも、佳奈と付き合っていることになっていたから、浮気現場に遭遇してしまったかのような気まずい感じになる。


「部活の先輩」

「いつも慧君がお世話になってます。冴木麻衣子です」

「あー……、彼女。前の大学からだから、五年付き合ってる」

「え? えぇ?! こんな可愛い子が? 彼女? は……え……だって」

彼女だから」

「ちょっと、ちょっと、こっち来て。ごめんなさいね、ちょっと部活の話しが……」


 斎藤先輩は麻衣子に笑顔で頭を下げながら、慧を少し離れたところまで引っ張って行く。


「あのさ、西条とは……? 」

「ただの同級生。」

「だって、あんたと付き合ってるって、部活中の人に言いふらしてたけど」

「あれ、あいつの勘違い」

「勘違いって……」

「ま、そういうことなんで」


 麻衣子のところへ戻ろうとした慧の洋服を掴み、まだ話しは終わりじゃないとばかりに引っ張った。


「あのね、ちょっとピンチなの!裏方がことごとくインフルエンザで倒れてね、お茶点てる人がいなくなっちゃったの」

「そりゃ大変ですね、じゃあ……」


 あくまでもスルーして行こうとするが、斎藤先輩は慧の洋服の裾を離す気はさらさらないようで、皺になるくらい掴んで離してくれない。


「待って、待って、待って! お願い、応援がくるまででいいから、裏方手伝って! 」

「俺、昨日設営しましたよ。力仕事はやっぱり男の子じゃないととか言われて、名一杯こきつかわれましたけど。だから、今日はフリーの筈っすけどね」

「そうなんだけど、しょうがないじゃん! インフルエンザなんだから。ね、一時間……いや三十分でもいいの。お願い! 」

「けど、彼女きてるし」

「どうしたの? 」


 もめている様子に、麻衣子が心配そうにやってきた。


「彼女の……麻衣子さんか! ごめん、松田君ちょっと裏方に貸して欲しいの! 応援がつき次第、すぐに返すから。あ、うちのタピオカ抹茶ミルクティ、ただであげるからさ」

「だから、無理だっつうの」


 先輩に対しても慧の不遜な態度にオロオロしながら、麻衣子は慧の袖を引っ張った。


「私は大丈夫だから、行ってきなよ。ほら、色々見て回れば三十分や一時間くらいすぐだし」

「彼女優しい! ほら、彼女さんもそう言ってくれてるし、マジでお願い! 」


 慧は有無を言わさず引きずられて行く。その後ろ姿を見送りつつ、麻衣子はパンフレットを片手にとりあえず屋台巡りをすることにした。


 ★★★

「松田君、タピオカの予備と、コップの予備の箱を取りに行ってくれる? あと、牛乳三本」

「はあ? 一人でそんなに持てる訳ねぇだろ」

「大丈夫、いける! 私さっき持てたもん」


 販売は斎藤先輩が、裏方を慧と一年の鈴木千鶴とで回していた。残念ながら、裏方で確保できたのが見た目小学生か? というくらい小さい千鶴だけで、ピンチヒッターが来たから帰る……という状況にならなかったのだ。

 屋台の前には列ができており、確かに今ある量では心もとない。

 亜美じゃあるまいし、千鶴の細腕で、今言われた量が持てるとも思えず、慧は渋々腰をあげた。


 それにしても、もう何杯の抹茶を点てたことだろう。すでに二の腕はパンパンで、地味な筋トレもいいところだ。


「で、どこにあるんだよ」

「コップとタピオカは部室。牛乳は入らないから恭子先生の部屋の冷蔵庫借りてる」

「ゲッ……」


 自分勝手な話しだが、できたら二人で会いたくないNo.1だ。いや、佳奈と恭子、同率一位といったところか。

 恋愛感情すら感じていた相手に、本当に自分勝手過ぎるのだが、慧の中ではすっぱり気持ちがなくなっており、ギャーギャー言われたらウザイ……くらいの気持ちになっていた。


「俺部室行くから、教授室は鈴木に行かせろよ」

「何言ってんの! 私一人で回せる訳ないでしょ! つべこべ言わずに行きなさい!! ほら、鍵。恭子先生から勝手に入っていいって借りてるから」

「何、恭子先生いないの? 」

「知らない。会議が入ってるからいないと思うって言われてる」


 斎藤先輩は、ギロリと慧を睨むと、シッシッと手を振る。

 犬じゃあるまいしと、ブツブツ文句を言いながら、とりあえず部室に向かう。

 部室に行くと、部室の電気がついていた。覗くと、二年の女子が彼氏とイチャイチャしている。

 慧はチッ! と舌打ちをすると、盛大に大きな音をさせてドアを開ける。


「お邪魔さま~ッす! 」

「松田先輩! こんにちは。あの、彼は……」

「はいはい。斎藤さんが、ヘルプだってよ。屋台手伝えってさ」

「あ、でも今日はもう私終わって、これから彼氏と……」

「俺も出番じゃないのに手伝わされてんの。彼女連れて来てるっつのに」

「彼女って、西条先輩じゃ……?」

「ちげーよ、ばーか。とにかく、そこの段ボールと、冷蔵庫の中のタピオカを持って、とっとと行きやがれ。ついでに彼氏とやらに手伝ってもらえば。部室をラブホ替わりにしてたのは黙っておいてやるから」

「違いますよ! 変なことしてた訳じゃ! 」


 真っ赤になって否定する後輩を無視して、彼氏とやらに段ボール箱を手渡す。


「ほんじゃよろしく。俺は牛乳取りに行ってくっから」


 さっさと牛乳取りに行って、後はあいつ等に押し付けてトンズラしようと目論んだ慧は、部室から出て足早に教授室を目指す。その後をつけている人物に全く気がつかずに……。


 ★★★


 少し時間は遡る。

 ひっきりなしになるスマホを無視し、佳奈は以前慧が佳奈を見張る為にいた喫茶店の、慧が座っていたのと全く同じ席に座っていた。


 もちろん、待ち合わせではない。


 クリスマスパーティーに誘う異性も、一緒に行く同性の友達もいない佳奈は、去年までは部活が出す出店にフル参加していた。が、今年は部活をしているどころじゃない!

 慧が麻衣子を連れてくるだろうから、なんとか二人の仲を険悪にするべく画策しないといけないからだ。


 恭子を二人にぶつけるのが一番だろうけど、うまく誘導できるかしら?

 ううん、うまくやるのよ!


 佳奈は苛立たしげにスマホを眺めながら、拳に力を入れる。


 それにしてもスマホがうるさい!

 出店を手伝って欲しいという内容のラインが斎藤先輩からひっきりなしに入る。明らかに、あなた暇でしょ? みたいなノリがムカつく。


 去年は、彼氏がくるからお願い! と頼まれると、笑顔で係を引き受けていた佳奈だからこそ、斎藤先輩も頼りにして連絡をとってきているんだろうが、すっかりやさぐれてしまっている佳奈は、チッと舌打ちして既読もつけずにスルーを繰り返す。


 だいたい、クリスマスも控えてインフルエンザって、ただのサボりの口実じゃん。そんな奴の替わりに係をやるとかあり得ないし!


 佳奈の苛立ちが増していき、とうとうスマホの電源を切ってしまう。スッキリしたとばかりにスマホを鞄にしまうと、念入りに校門を出入りする人間をチェックする。


 苛立ちで眉間に皺が寄っていた佳奈の顔に、今日一番の笑顔が浮かぶ。


 きた!!!


 これ見よがしに手なんか繋いで、馬鹿じゃないのかしら?!

 でもいいわ。

 すぐに手なんか繋ぎたくなくなるから……。


 佳奈はマスクをつけ、ニット帽を深くかぶり、急いで店を出る。

 一応これでも変装しているつもりなのだが、太めの体型とちょいダサの服装は隠せるまでもなく、後ろ姿で佳奈とモロわかりだった。


 仲良さげ……かどうかはおいておいて、しっかりと手を繋いで歩くカップルの後に続いて、佳奈も大学の校門をくぐった。



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