第129話 精霊の加護
フェル姉ちゃんが村を出発してもう三日目。予定では今日の夕方くらいに王都へ着くってメノウ姉ちゃんから聞いてる。
スザンナ姉ちゃんが水で作る竜もカブトムシさんと同じくらいの速さで飛べるから、まだチャンスはあると思う。ギルド会議がいつ頃なのか知らないけど、数日は王都に滞在するって言ってたから、今日出れば皆がいる間に王都へ着けると思う。
午前中の勉強が終わってお昼ご飯も食べた。そして背中には魔剣七難八苦。
スザンナ姉ちゃんも夜なべしてたくさんの水を作ったから準備万端。
「メノウちゃんには手数で攻めることにした。近づかれたら負けるから、遠隔攻撃で対応する」
「うん、もし近づいて来たら、アンリが魔剣で追っ払うから安心して」
「アンリ、スザンナ君。危ないことはしてはダメだよ」
おじいちゃんはそんなことを言ってるけど、アンリ達が家から出るのを止めようとはしてない。つまり自信があるってこと。でも甘い。アンリ達だって昨日遅くまでメノウ姉ちゃんの対策を考えた。絶対に負けない。
「いこう、スザンナ姉ちゃん。この扉の向こうに自由が待っている」
「うん、今日は負けない」
スザンナ姉ちゃんと一緒に家を出た。
よし、メノウ姉ちゃんを倒して王都へ向かうぞ。
……あれ? メノウ姉ちゃんがいない。でも、代わりにヤト姉ちゃんがいる。
「今日は私が相手ニャ。逃げられると思わないほうがいいニャ」
いきなり作戦が破綻した。
森の妖精亭で水を一気に飲む。そしてコップをテーブルにちょっと強めに置いた。木製のコップと木製のテーブルだから、コン、といい音がする。でも、アンリはアングリー。
「ヤト姉ちゃんが相手なんて聞いてない」
「言ってないんだから当り前ニャ」
「これだから大人はずるい。そういうのは卑怯って言う。昨日はメノウ姉ちゃんが相手だったんだから、今日だってメノウ姉ちゃんだと思うでしょ?」
パンパンとテーブルを叩いた。ちょっと手が痛い。
「アンリ、覚えておくニャ。戦いにおいて思い込みほど危険なものは無いニャ」
「そういう話じゃない。でも、その言葉はアンリの心に刻んでおく」
ヤト姉ちゃんには惨敗だった。
そもそもヤト姉ちゃんは影移動という影の中を移動するスキルがある。スザンナ姉ちゃんがいくら遠距離からの攻撃をしてもスザンナ姉ちゃんの影から出てきて距離を詰められちゃった。
遠距離攻撃用の水しか用意していなかったスザンナ姉ちゃんは接近戦で負けちゃった。アンリは言わずもがな。大体ヤト姉ちゃんは速すぎて攻撃が当たらない。ウェイトレスの服なのになんであんなに速く動けるんだろう?
それはそれとして、スザンナ姉ちゃんがへこんでる。
「私って強いはずなんだけど、この村だとすごく弱い気がする……ねえ、ヤトちゃん。ヤトちゃんは本気で戦ってた?」
「まさかニャ。怪我をさせないように手加減して戦っていたニャ。大体素手だったニャ」
「……そうだよね。セラと戦っていたときナイフを使ってたっけ……と言うことは本当に手加減してたんだ」
「スザンナ姉ちゃん、気を落とさないで。ヤト姉ちゃんはちょっと、その、おかしいから」
「言い方がおかしいニャ。まあいいニャ。もう逃げださないようにするニャ。私はウェイトレスの仕事に戻るニャ」
これはチャンス。アンリ達はへこたれない。戦って勝てないなら戦わなければいい。隙をついて逃げ出す。スザンナ姉ちゃんの竜で空に逃げてしまえばこっちのもの。
そう思って内心ほくそ笑んでいたら、ヤト姉ちゃんがこっちを振り向いた。
「言い忘れてたニャ。これを見るニャ」
ヤト姉ちゃんが亜空間からまな板くらいの鉄板を取り出した。あれ? どこかで見た気がする。この模様がオシャレなのを覚えてる。
そして鉄板に小さな青い光が映った……思い出した。ヴァイア姉ちゃんが作ったやつだ。探索魔法を視覚化したとかなんとか。でも、これが何だろう?
「アンリ達が村から逃げ出そうとすると、アラームが鳴るように設定されているニャ。それにスザンナは水の竜を作るのに雨を降らせるニャ? すぐにバレるからこそこそ逃げても無理だと教えておくニャ」
「それはプライバシーの侵害だと思う。どこにいてもバレちゃうなんて」
ヴァイア姉ちゃん、なんてものを作っちゃったんだろう。
「やましいことがあるからそう思うニャ。そんなわけだからフェル様達が帰ってくるまで大人しくしているニャ。だいたい、メノウとの勝負があるんだから遊んでないでちゃんとダンスの練習するニャ」
ヤト姉ちゃんはそう言って厨房のほうへ行っちゃった。
これはアレ。手のひらの上ってやつ。アンリ達の行動なんて筒抜けなんだ。夜中に逃げ出すという手も封じられた。アンリ達は籠の中の鳥。自由に羽ばたきたい。
「もう、諦めよっか。大人しく待っていた方が賢明な気がする」
「スザンナ姉ちゃん、アンリの辞書に諦めるって文字とピーマンって文字はない。結果的に抜け出せなくても、やることに意義がある。でも、チャンスは一日に一回にしよう。その一回に全身全霊を掛ける。明日も頑張ろう」
「……そうだね。メノウちゃんとかヤトちゃんとああいうことをするのは戦いの訓練になるかもしれないし、ちょっとは強くなれるかも」
「うん、そうしよう。それじゃ今日はダンスの練習をしてから明日の作戦を考えようか」
アンリがスザンナ姉ちゃんにそう言うと、いきなり入り口のドアが開いた。
「む、アンリか。ちょっと聞きたいのだが、ダンジョンに置かれている木材、アレはどういう理由で運び込まれたんじゃ? ダンジョンで仕事をしている獣人たちに聞いて見に行ったんじゃが――」
グラヴェおじさんが血相を変えて入ってきた。そんなに慌ててどうしたんだろう?
「グラヴェおじさん、こんにちは。あの木材はエルフの人たちが持ってきた物で、フェル姉ちゃんにあげるもの。ダンジョンで保管してるみたい」
あの後、アビスちゃんが状態保存の魔法をかけて保存しているとか言ってた気がする。アビスちゃんはなんでもできる。
「おお、すまん、まずは挨拶じゃな、こんにちは。そうなのか……あれは千年樹の木材じゃな?」
「うん、ミトル兄ちゃん達はそう言ってた」
「そうか、千年樹の木材をフェルがのう。なら少し分けてもらうように交渉するか。あれがあれば、アンリの剣がもっと強くなるぞ」
「そうなんだ? 分かった。フェル姉ちゃんにはアンリから頭を下げる。全部使って」
フェル姉ちゃんなら分かってくれる。たぶん、事後報告でも平気。
「アンリちゃん、そういうのは駄目ですよ。フェルさんの許可がない限り、木くずの一つも使わせません。諦めてください」
メノウ姉ちゃんが厨房からやってきた。ヤト姉ちゃんと交代したのかな?
「でも、メノウ姉ちゃん、ロマンは大事だと思う。強い剣が出来たらいいと思わない?」
「人生にロマンは必要ですが、スジを通さないのはダメです。フェルさんがお帰りになるまで手を付けないようにしてください。そもそもフェルさんはアレの価値が分かっていない感じですので、しっかり説明してからでないといけません。何も知らずにすぐにあげてしまいそうです」
「むう……確かにアレを黙って使うのは気が引けるのう。あれを使うとしてもまだ先の話じゃし、帰って来てからで構わんか」
もしかして、アンリの剣をもう作り始めたのかな?
「グラヴェおじさん、もうアンリの剣を作り始めたの?」
「もちろんじゃ。だが、まだプロトタイプじゃな。アンリの要望を出来るだけ叶える形で作っておるぞ」
「すごく楽しみ」
「しかし、変形は無理じゃな」
「ダメなの?」
それが大事なのに。二回くらい変形することで相手の度肝を抜きたい。
「壊れない剣を作るんじゃろ? 色々調べたんじゃが、不壊のスキルが付く武具は、時が止まった武具とも言われておってな、技術の高い鍛冶師にしか素材に戻せないと言われておるそうじゃ。つまり不壊のスキルが付いてしまったら変形は無理じゃ」
「そうなんだ? ちょっと残念だけど、それなら不壊のほうを優先して。変形しない形で面白くなるギミックを付けてもらうから。例えば剣が炎に包まれるとか」
フレイムソードとか格好いい。ブリザードソードでも、ライトニングソードでもいいけど。スライムソードでも可。
「それなら精霊にでも頼んだ方が早いかもしれんな」
精霊? 結婚式で呼び出すあの精霊さん?
「精霊さんにたのむと燃える剣とかにしてくれるの?」
「精霊の加護がある剣と言うのを以前見たことがあるんじゃが、そういうことができたはずじゃ。詳しいことは知らんが、剣を媒体にして精霊に力を借りるらしいぞ。炎の精霊の加護があれば、火を纏う剣にしてくれるんじゃないかの?」
「おおー」
それならリエル姉ちゃんに精霊を呼び出してもらおう。リエル姉ちゃんが呼んだのは……光の精霊だったかな? 光る剣……ちょっと微妙な気がする。
「まあ、精霊の加護を貰うには、精霊に認められないといけないんじゃ。そう簡単に加護は貰えんのが悩ましいところじゃな」
「大丈夫。もっと大きくなったら精霊にアンリを認めさせる。九大秘宝のどれかをあげてもいい」
その後も色々とグラヴェおじさんやスザンナ姉ちゃんと剣の話をしてたら、いつの間にか夕方になっちゃった。
精霊の加護については、スザンナ姉ちゃんも協力すると言ってくれたし、グラヴェおじさんも「プロトタイプを作ってくるから楽しみにしておれ!」と、すごくやる気になってくれている。
アンリの剣はすごいことになりそう。
絶対に壊れない精霊の加護がある剣、魔剣フェル・デレ……うん、格好いい。
その剣を使ってフェル姉ちゃんを倒し、人界征服の手伝いをしてもらおうっと。
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