第96話 人生の岐路

 

 お昼時の森の妖精亭。今日のお昼もニア姉ちゃんの料理を食べに来たみんなでお店はいっぱいだ。食欲をそそる匂いと楽しそうな喧噪の中、アンリはスザンナ姉ちゃんと一緒にお昼を食べている。


 ニア姉ちゃんが戻って来て六日経った。


 フェル姉ちゃん達はいないけど、村に平穏が戻ってきた感じ。


 オルウスおじさん達はオリン国へ帰っちゃった。ルハラ帝国の脅威もなくなったし、ディーン兄ちゃんが皇帝になるからクロウっていう貴族の人と一緒にオリン国の王都まで行かないといけないみたい。護衛として一緒に行くって言ってた。


 ノスト兄ちゃんも一緒に帰っちゃったけど、ヴァイア姉ちゃんに会いたかったみたい。村を出る直前まで気にしてた。アンリは知ってる。あれはロマンス。大人な関係的な物だと思う。


 それとおとうさんが帰ってきた。ルハラで何をやっていたのかは知らないけど、それはいつものこと。帰ってきたときはおじいちゃんやおかあさんに色々説明していた。アンリにはまだ早いみたいで教えてもらえなかったけど、頭をなでてくれたから問題なし。


 そんな楽しいはずの状況が戻ってきたわけだけど、アンリはいま人生の岐路に立たされている。いや、自ら立ったと言ってもいい。


 このままいい子でいる人生か、それとも波乱万丈な悪い子か。ここがアンリの人生を決める、そんな気がする。


 そんなアンリをスザンナ姉ちゃんが不思議そうに見つめていた。


「アンリ、どうかしたの? すごく難しい顔をしているよ?」


「アンリは人生について考えている。このままでいいのか、それとも変化を求めるのか。これが重要」


「急にどうしたの?」


「急じゃない。最近はずっと考えてた。スザンナ姉ちゃんはおかしいと思わない? 毎日のようにピーマンが食卓に並ぶし、勉強の時間はなんとなく伸びているような気がする。それにおやつであるトウモロコシは半分になった」


「アンリの普通を良く知らないんだけど、最近は普通じゃないってこと?」


「その通り。確かにアンリはフェル姉ちゃんが帰ってくるまでいい子にしていると誓った。勉強だってするし、ピーマンも食べる。おやつが半分だって我慢する。でも、最近のおじいちゃんはそれをいいことに色々とやりたい放題」


 フェル姉ちゃんもすでに帝都を出発していて、そろそろ到着するんじゃないかって話を聞いている。


 はっきり言ってもう心配はない。アンリがいい子をやめてもみんなは無事に帰ってくると思う。でも、そういう油断が危ないってことも知ってる。アンリはまだまだいい子にしてないといけない。


 それはそれとして、おじいちゃんの横暴は目に余る。


「えっとトウモロコシが半分になったのは、私と分けたからじゃないかな?」


「そこは二つ用意するのがスジだと思う。はっきり言ってアンリは爆発寸前。もうちょっとで闇に飲まれて、新たなアンリが生まれる気がする」


「ディアちゃんが言ってる闇落ちってやつ?」


「そう、それ。ディア姉ちゃん風に言うと、自分の中の闇が抑えられなくなる感じ」


「あれ? 私のこと呼んだ?」


 いつの間にかディア姉ちゃんが近くにいた。いつもは早いのに今日は遅かったけど、どうしたのかな?


「アンリが闇に飲まれそうなんだって」


 スザンナ姉ちゃんがそう言うと、ディア姉ちゃんが目を見開いた。そしてキラキラしてる。


「アンリちゃんもそんな歳になったんだね……大丈夫。チューニ病は誰もが通る道だから」


「どっちかと言うと反抗期じゃないかな?」


 アンリの闇を反抗期で片付けられた。チューニ病よりはましかもしれないけど、そもそも反抗期じゃないと思うんだけどな。これは正当な理由にもとづいた――そう、レジスタンス的ななにか。


 それはいいとして、ディア姉ちゃんがさっきからニコニコしているけど、どうしたんだろう?


「ディア姉ちゃん、なにかいいことがあったの?」


「ふっふっふ、実はとびきりの情報を持ってきたよ!」


「とびきり? なんの情報?」


「それはこれから発表します――みんな、フェルちゃんがそろそろ村に到着するよ。少し前に森へ入ったって連絡があったよー」


 とびきり。これは本当にとびきりの情報。みんなも歓声を上げた。


 これは勉強をしている場合じゃない。午後の勉強はやらずに、フェル姉ちゃんを迎えよう。そしてアンリはいい子から普通の子にクラスチェンジする。闇に飲まれる前でよかった。




 スザンナ姉ちゃん、ディア姉ちゃんと別れて家に帰ってきた。


「おや、お帰り。なにをそんなに急いでいるんだい?」


「おじいちゃん、さっきディア姉ちゃんから教えてもらったんだけど、フェル姉ちゃんが今日到着するみたい」


 そう言うと、おじいちゃんが笑顔になった。


「そうか、ようやく帰ってきたんだね。フェルさん達は疲れているだろうから、宴会は明日にしようか」


「全面的に賛成。そんなわけでアンリはフェル姉ちゃんのお出迎えの準備をする。午後のお勉強は自主的にやらないつもりだから、よろしくお願いします」


「いやいや、お出迎えの準備なんてないだろう? フェルさんが帰ってくるまで勉強をしようか」


 アンリは闇に飲まれた。今日からアンリはダークアンリ。フェル姉ちゃんが帰ってきたら、いい子から悪い子になろう。




 アンリは一人でお勉強中。スザンナ姉ちゃんは畑で雨を降らせるお仕事があるとかで免除された。


 畑仕事も大事だから仕方ないけど、アンリを優先してほしかった。アンリの良心はもうなくなった。これはもう引き返せない。落ちるところまで落ちるしかない。


 そんな風に思いながら勉強をしていたら、広場のほうから歓声が聞こえた。


 もしかして帰ってきた?


 急いで椅子から下りて窓から外を見るとフェル姉ちゃんがいた。みんなからおかえりって言われているみたい。フェル姉ちゃんもただいまって言ってる。


 そしてこっちへ向かってきた。たぶん、おじいちゃんにこれまでのことを報告するんだと思う。


 よし、待ち構えよう。


「たのもー」


 フェル姉ちゃんが扉を開けるのを確認してから、アンリはすぐさまダッシュして飛びつく。


 フェル姉ちゃんはアンリをがっしり抱きとめてくれた。


「フェル姉ちゃん、おかえりなさい」


「アンリか。ただいま」


「おお、フェルさん。外が賑やかになったので、もしやと思いましたが」


 おじいちゃんが隣の部屋からやって来た。どうやらこの部屋でフェル姉ちゃんから色々なお話を聞くみたい。


「よし、じゃあ、アンリちょっと下りてくれ。村長と話をするから」


「うん。アンリも準備がある。お話が終わったら呼んで」


 フェル姉ちゃんは約束を守って帰ってきてくれた。アンリのいい子キャンペーンもここで終わりを告げる。部屋に戻って準備しよう。


 部屋でニャントリオンのマントと帽子を身に着ける。そして魔剣七難八苦を背負う。そして八大秘宝とその候補が入っている宝箱「ミミック」を取り出した。


 タダの箱のように擬態しているけど宝箱だからミミックって名前にした。しかも車輪を付けると転がせるから持ち運びが楽。二つの車輪を箱から取り出して、箱の横につける。あとは取っ手部分を引っ張れば、ゴロゴロ転がしながら持ち運べる。


 よし、準備は整った。


 大部屋の扉の前に立つと、まだフェル姉ちゃんとおじいちゃんはお話をしているみたい。でも、ちょうど終わった感じ。


「お話は終わった?」


「アンリ、フェルさんとのお話は終わったから来ても大丈夫だよ」


 おじいちゃんの許可が出た。早速中に入ろう。


 二人ともアンリの姿を見て驚いたみたい。でも、驚くのはこれから。


「フェル姉ちゃん、家出するから手伝って」


「ちょっと待て」


 待てない。アンリの意志は固い。フェル姉ちゃんにお金を借りて、今日から森の妖精亭に住もう。

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