第97話 家族会議
フェル姉ちゃんがアンリのほうを見ている。
アンリはそれを正面から見返す。
アンリは本気。本気で家を出てフェル姉ちゃんと暮らす。それは素晴らしい日々になると思う。もちろんスザンナ姉ちゃんも一緒。この面子で人界を征服すればいい。勉強とピーマンのない幸せな人界を作るんだ。
「待て、アンリ。理由を言え」
「フェル姉ちゃんは約束を守ってくれた。ニア姉ちゃんを連れ戻してくれたし、皆、大怪我してない」
さっき窓から帰ってきた皆をみたけど、大きな怪我はなかったと思う。
「アンリも約束を守っていい子にしてた」
勉強もしてたし、ピーマンも食べた。アンリはどこに出してもおかしくないくらいいい子だった。
「いい子になると言った日から、毎日ピーマンが出た。そして勉強の量が増えて、おやつは半分。つらい日々が続いた」
大人ってずるい。アンリは足元を見られたってこと。こっちが抵抗できないことをいいことに、ここぞとばかりピーマンを食べさせた。アンリはそのうち緑色になるかもしれない。
それに勉強。どう考えてもいつもより一時間長い。部屋から時計がなくなっていたし、あれは絶対に普段よりも長く勉強していた。
あと、おやつのトウモロコシ。ピーマンがあんなにあって、トウモロコシがあれっぽっちの訳がない。アンリが食べ過ぎるから隠したに決まってる。
「フェル姉ちゃんが帰ってきたから、もうあの約束は無効。ピーマンは食べないし、勉強もしない。おやつは倍食べる。夜更かしもするし、家出もする。アンリは悪い子にクラスチェンジ」
「早まるな」
「フェル姉ちゃん、アンリを連れて逃げて。部屋には『探さないでください』と書置きを残してあるから大丈夫」
「えーと、村長、さっき言っていたのはこれか? この願いを聞けばいいのか?」
「……いえ、全く違いますぞ。この願いは聞かないで貰いたいですな」
お願いを聞くって何の話だろう?
ううん、それはいい。早くフェル姉ちゃんと森の妖精亭へ行こう。
フェル姉ちゃんの手を引いて外へ出ようとしたら、おじいちゃんに止められた。
「まあ、待ちなさい、アンリ。ここは家族会議をして、お互いの妥協点を見つけよう」
家族会議……家族みんなで会議するあれ。魔物会議と同じだけど、規模を小さくしたものだ。
確かにアンリの意見を言うだけ言って家出するのはスジが通らない気がする。おじいちゃん達の意見を聞くのも悪くないかもしれない。それに本当はアンリだって家出したくはない。
うん、ここは家族会議に出るべきだと思う。
「わかった。一方的な宣言は良くない。おじいちゃん達の弁明を聞く。でも同じテーブルにつくだけ。アンリの心は悪い子とだけ言っておく」
そう言ってから、フェル姉ちゃんの膝に座った。
フェル姉ちゃんの膝は久しぶりだ。フィット感が最高。アンリのためにある膝と言っても過言じゃない。
背中越しにフェル姉ちゃんを見ると、目をぱちくりさせて不思議がっている。
なんで不思議そうにしているかは知らないけどアンリのサポーターとして応援してもらわないと。
そうしている間に、おじいちゃんがおかあさんとおとうさんを呼んできた。
そしておじいちゃんが簡単に状況を説明すると、おとうさんもおかあさんも頷いてテーブルについた。
テーブルを挟んで、おじいちゃん達とアンリの戦いが始まる。これは負けられない戦い。
「では、家族会議を始めますぞ」
「ちょっと待て。なんで私がいるのに始める? 私は家族じゃないぞ」
フェル姉ちゃんは何を言っているんだろう? ほぼ当事者と言ってもいいくらいなのに。それに村に住んでいるんだから、アンリの家族といっても過言じゃない。だからここにいるのも間違いない。
「アンリ、家出と言ったが、当てがあるのかい?」
「聞けよ」
フェル姉ちゃんこそ聞いて欲しい。アンリのこのパーフェクトプランを。
「当てはある。フェル姉ちゃんにお金を借りて森の妖精亭に泊まる」
「初めて聞いたんだが、私がお金を貸すのか? というか、家出って森の妖精亭か?」
「お金はあとで返す。出世払い」
あと十年もたてばアンリも成人する。そうしたら、冒険者をやってお金を稼げるかも……いけない。この村の冒険者ギルドにはお仕事がない。別の町へ出稼ぎに行かないとダメかな?
そうだ、何を考えているんだろう。冒険者なんて生ぬるい。アンリは今日から悪い子。こう、悪いことをしてお金を稼ごう。例えば、魔物のみんなとピーマン畑を襲い、それをほかの町へ売る。
……なんてこと。自分の考えに震えがくる。でも、そんなことを続けていれば、悪のボスになれるかもしれない。ボスどころか魔王になれるかも。魔王になったら出世だから、その時にフェル姉ちゃんにお金を返そう。マントを装備したときの自称魔王じゃない、本物の魔王。必ずなって見せる。
「アンリは悪い子に闇落ちした。いつか魔王になる」
「お前は魔王を勘違いしている」
悪いことをするのが魔王だと思うんだけど違うのかな? というよりも、もっと悪いことをすればなれる? まさかセロリやホウレンソウの畑も襲わないとダメ?
「アンリ、ここは交渉しよう。生活の改善を訴えるんだ。魔王になるよりも現実的だぞ。それに、よく考えてみろ。衣食住が無料で提供されているんだ。その権利を放棄してどうする」
確かに。アンリは扶養されている側。それは子供の権利。それを放棄するのは良くないかもしれない。無料、割引、おまけ、スタンプカード……アンリの信条としてそう言うのは常に活用していきたい。
「気にいらないからどこかに行くと言うなら、いつか逃げ場所が無くなる。自分の力で自分の望む場所を作るんだ。それが大人だぞ」
フェル姉ちゃんはいいことを言う。確かにその通りかも。家出は確かに逃げ。ここはおじいちゃん達と交渉してアンリの望む形の生活を手に入れよう。
「分かった。一理ある」
なら、まずは最初にガツンと要望を伝えよう。何事も初手が肝心。初っ端に最大の攻撃をするのが戦いの基本。
「ピーマンはもう食べない。勉強もしない。おやつは一日三回。午後八時までの夜更かしを希望する。認められなければ家出する」
「それは交渉じゃないだろう? ただの願望だ」
「フェル姉ちゃんは分かってない。交渉は最初に無理な要求を出してから、徐々に要求内容をマイルドにする。それが交渉術」
さあ、ここからが勝負だ。いざとなったら魔剣を振るうことも辞さないぞ。
色々と交渉して、こんな結果になった。
ピーマンは四日に一度、勉強は一日四時間、おやつは三時に一回、夜更かしは夜八時まで。
アンリは勝利した……とはいえない。引き分けくらいかも。せめてピーマンは週一くらいまでにしたかった。でも、これ以上の交渉をすると決裂するかもしれない。でも、諦めない。これから徐々に要求をあげていこう。
そうだ。まだ要求したいことがあった。
「あと、今日は森の妖精亭にお泊りしたい。フェル姉ちゃんと寝る」
フェル姉ちゃんは何日もいなかったし、今日くらい一緒の部屋にお泊りして色々お話を聞きたい。今日だけは、夜更かしは八時までという期限も撤廃してもらう。
「それぐらいはかまわないが……フェルさん、よろしければ今日は傍にいてやって貰えませんか? ずっと寂しそうにしてましたので」
「分かった。よし、アンリ。許可が出たから今日は森の妖精亭で一緒に寝るか。そうだ、夕食も一緒に食べるか? おごってやってもいいぞ? いい子にしていたご褒美だ」
「うん。おごってもらう。じゃあ、家出の準備は止めてお泊りの準備をする」
色々あったけど、アンリの要望は結構通った。アンリの闇落ちは回避されたということ。今日からは普通の子、ノーマルアンリ。
それに今日はフェル姉ちゃんと一緒に寝れる。そうだ、スザンナ姉ちゃんも一緒に寝るというのはどうかな?
……うん、すごくいい。絶対に楽しいはず。よし、さっそくお泊りの準備をしてこよう。
大部屋を出てから、ふと思い出した。
そういえば、フェル姉ちゃんに会いに来たセラって人がいる。お話をしに来たとか言ってたけど、どう考えてもアンリのほうが優先だ。お話は明日にしてもらおうっと。
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