第95話 撃退と帝位簒奪

 

 ルハラの軍隊が撤退したのを確認したので、みんなでアビスを出た。もう外は結構暗い。お月様が輝いてる。


 出るときにアビスちゃんが「もう行くんですか? もっといてもいいんですよ? なんなら泊まりますか?」と言っていたけど、また来るからということで、納得してもらった。もしかしたら寂しいのかもしれないので、今後は頻繁に来るようにしよう。


 今日は森の妖精亭で食事をすることになった。


 村のみんなが参加だ。理由はニア姉ちゃんが迷惑を掛けたお詫びにおごるって言ったからだ。でも、みんなでお詫びなんかいらないと言ったら、ならお礼だってニア姉ちゃんが言うと、それなら問題ないって流れになった。


 それにディーン兄ちゃんが帝位を奪ったとかいう連絡がきた。そのお祝いも兼ねているみたい。でも、フェル姉ちゃん達がまだ帰ってきてないから規模を小さくした宴会だ。


 そういうわけで今は全員が森の妖精亭にいる。いつものテーブルには、アンリと一緒にディア姉ちゃんとスザンナ姉ちゃんが座っていて、料理をもりもり食べていた。


 とくにスザンナ姉ちゃんはスプーンが止まらないみたい。


「なにこの料理、信じられないくらい美味しい。もちろんアンリのお母さんの料理も美味しかったけど、なんていうか、次元が違う感じ」


「うん。ニア姉ちゃんはこういう料理を作れるからルハラ帝国の貴族にさらわれちゃった」


「そういう理由だったんだ? でも、気持ちはちょっとわかる。これは毎日食べたい」


 アンリも分かる。さすがにそんな贅沢はできないけど、アンリも自分でお金を稼ぐようになったら毎日食べたいな。


 毎日食べているディア姉ちゃんも頷いている。


「スザンナちゃん。この村にいるなら毎日食べられるよ」


「そうだね。でも、本当に毎日食べたら、普通の料理が食べられなくなるかも。たまにのほうがいいのかな?」


 確かにそれは難しい問題。アンリは家でおかあさんが料理を作ってくれるから毎日食べることはないけど、スザンナ姉ちゃんは毎日食べられる。この味に慣れちゃったら大変かも。


 そこでアンリの頭に閃光が走った。スザンナ姉ちゃんも毎日食べなければいい。


「スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんなんだから、うちでお母さんの料理を食べよう。そうすれば、ニア姉ちゃんの料理だけってことは無くなる。むしろ、家に住んで欲しい。アンリの部屋を半分提供する」


「……それは嬉しいけど、ご迷惑じゃない?」


「アンリのお姉ちゃんなんだから全然平気。それにうちで勉強しているのに料理は食べさせないなんてことは道理に反する。駄目なんて言ったらアンリが家出する」


「逆に考えれば、料理を食べなければ勉強もしなくていいかな……?」


「スザンナ姉ちゃん、それは裏切りというもの。最後まで付き合って。いいことも悪いことも姉妹として分かち合おう」


「悪いことは分かち合いたくないかな……それに勉強に終わりがあるとは思えないんだけど? でも、それでもいいかな。そうだ、もちろんお金を払うよ。食材の費用と技術料、それに宿泊費。それなら負担も減ると思う」


「その辺りは良く分からないけど、たぶんおじいちゃん達はいらないって言うと思う。いざとなったらアンリが出世払いで払うから気にしないで」


 スザンナ姉ちゃんとそんな話をしていたら、ニア姉ちゃんがこっちのテーブルに近寄ってきた。全部のテーブルを回ってお礼を言ってたけど、ここにも来てくれたみたい。


「なんだい、アンリちゃん、うちの客を取る気かい?」


「ニア姉ちゃんの料理が美味しすぎるのが悪いと思う。これを食べ続けたら他の料理を食べられなくなる」


「そういえば、フェルちゃんもグルメになったとか言ってたね。まあ、大丈夫さ。どんな料理もね、おふくろの味とかには敵わない。それにいくら美味しくたって毎日食べたら飽きるもんさ」


 そういうものかな? たしかにいくら美味しくてもおかあさんの料理も食べたい日はある。なら、スザンナ姉ちゃんは一緒に住まないかな?


 いきなりスザンナ姉ちゃんが「あ!」って言った。


「自己紹介してなかった。私はスザンナ。アンリのお姉さんで村に住んでる。よろしく」


「アンリのお姉ちゃん?」


「もちろん血は繋がっていないけど、アンリにお姉ちゃんになってって言われたからなった」


「ああ、そういうことかい。私はニアだよ。村に住むなら家族なんだから遠慮なんかしないでおくれよ?」


「うん。ところで、ここの宿泊費っていくら? 実はずっと部屋を借りてた。お金を払う」


「何言ってんだい。お金なんていらないよ。しばらく掃除もしてなかった部屋を貸してお金を取るなんてありえないからね。それにルハラの軍隊を追い返してくれたんだろう? こっちがお金を払わなきゃいけないくらいだよ」


「……うん。それじゃ遠慮しないでおく。もちろんそっちもお金はいいよ。この料理だけでおつりがくるくらい美味しいから」


 スザンナ姉ちゃんがそう言うと、ニア姉ちゃんはスザンナ姉ちゃんの頭をなでて、「ありがとうよ」と笑顔で言った。


 その後、ニア姉ちゃんはディア姉ちゃんとアンリにお礼を言ってから、別のテーブルへ移動した。


 ニア姉ちゃんを見送った後に、ディア姉ちゃんが笑顔になった。


「思ったよりもニアさんが元気でよかったよ。色々あったからショックを受けてるんじゃないかなって心配してたんだよね」


「そうなの?」


「うん、なんでも貴族に捕まっていた時は、隷属の首輪とかをされていて、ほぼ意識がなかったらしいんだ。普通、解除できないんだけど、ヴァイアちゃんがあっという間に解除したみたいだね」


 ディア姉ちゃんは他にも色々話してくれた。


 ロンおじさんが黒い鎧と黒い剣を装備して貴族を倒したとか、ルネ姉ちゃんが城塞都市ズガルにいたトラン国のスパイを全部捕まえたとか、ちょっと信じられないことをしたみたい。


 そしてフェル姉ちゃんも魔物のみんなを強化したうえで、自分も強くなるというユニークスキルを使ったとか。三万の軍隊を阿鼻叫喚にしたユニークスキルとは違ったスキルも持ってるなんてすごい。


 スザンナ姉ちゃんも千人くらいを倒したみたいだし、みんなすごいな。アンリももっと強くならないと。素振りの時間を増やさないとダメかも。


「そういえばさ、この村ってこんなに獣人がいるの? 私は初めて見たんだけど」


 スザンナ姉ちゃんがそんなことを言った。


 ニア姉ちゃん達と一緒にたくさんの獣人さんが来た。アビスの中に住むみたいだけど、どうしてこんなにいるんだろう?


 たぶん知ってそうなディア姉ちゃんに聞いてみた。


「もともとこの村にいたのはヤトちゃんだけだよ。ほかの獣人さんはズガルで奴隷になってた人達なんだって。フェルちゃんがそれを解放したら、お礼をしたいってことでここまで一緒に来たみたいだよ。ズガルからウゲン共和国へ帰るにはルハラの領地を通らないといけないからね。それは無理だからこっちに来たんじゃないかな?」


 ウゲン共和国はルハラ帝国よりもずっと西にあるっておじいちゃんから教えてもらったことがある。すごく遠いんだろうけど、アンリもいつか行ってみたい。


 それはいいとして、村の人が一気に増えた。これは魔物会議をしないといけない。でも、獣人さんは魔物じゃない……ドワーフのグラヴェおじさんの時もそうだったし、問題はないかな。明日にでも会議をしよう。


 そうだ、これを確認しておかないと。


「ディア姉ちゃん、ディーン兄ちゃんが帝位を奪ったのならもうフェル姉ちゃんがルハラにいる必要はないよね? いつ頃帰ってくるか言ってた?」


「えっと、それは聞いてないかな」


 おかしい、ちょっとだけディア姉ちゃんが目を泳がせた。これは何かを隠していると思う。


「ディア姉ちゃん、言ってないことがあるでしょ? アンリの目はごまかせない。ちゃんと吐いて」


「あんまり心配を掛けたくなかったから言わなかっただけだよ。それにリエルちゃんの話だと、単に疲れているだけだから大丈夫だって話だし」


「もしかしてフェル姉ちゃんに何かあったの?」


「疲れて寝ているんだって。なんか皇帝の側近二人がかなり強くてね、フェルちゃんでも手こずったみたい。最終的には勝てたけど、フェルちゃんも結構ダメージを負ったみたいだよ。でも、さっきも言ったけど、別に危険な状態なわけじゃなくて、疲れて寝ているってだけ。だからいつ帰ってくるかも聞いてないんだ」


「そう言うのはちゃんと言うべき。ちょっと心配しちゃった」


「うん。子供だからって気を使わなくていいよ」


「ごめんね。そういう訳だから、いつ頃帰ってくるかは分からないんだ。帝都からの距離から考えても、あと十日くらいはかかるかもね」


「そうなんだ……でも、出来るだけ早く帰ってくるようにお願いする。毎日要求しよう」


「そうだね、フェルちゃん達が帰ってこないと盛り上がりもいまいちだからね。みんなが帰ってきたら宴会をするみたいだし、皆で盛り上げよう! そうだ、スザンナちゃん、一緒に踊る? アイドル冒険者を目指しちゃう?」


 それは素敵な案。明日からスザンナ姉ちゃんと踊りの練習をしよう。

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