第94話 おかえりなさい

 

 アビスの中に避難して三時間くらい経った。


 スザンナ姉ちゃん達からは色々な情報がディア姉ちゃんの念話用魔道具に届いているみたい。状況としては何の問題もなく、ルハラ帝国の軍隊を打ち破ってるとか。


「巨大な水のドラゴンが出てきたら普通に怖いもんね」


「うん、たぶん、スザンナ姉ちゃんはストレスが溜まっているからものすごく激しい攻撃をしているんだと思う。ユーリおじさんとかオルウスおじさんも大丈夫なんだよね?」


「うん、そっちも問題ないみたいだよ。ユーリさんはアダマンタイトだから強いのはわかってたけど、オルウスさんも相当な強さみたい。結構弱くなったとか言ってたんだけどね?」


「オルウス様はその昔、女神教の勇者とパーティを組んでいたであります! 当時はもうドラゴンのように強かったとか聞いているであります!」


 ディア姉ちゃんと話をしていたら、メイドのヘルメ姉ちゃんが入ってきた。勇者ごっことかは良くするけど、実はあまりよく知らない。おじいちゃんも詳しくは教えてくれなかった。


 いい機会だから聞いてみよう。


「オルウスおじさんは勇者のパーティにいたの?」


「ご存じありませんか? 五十年前に魔族と戦い、多くの勝利を挙げた勇者バルトスのパーティのことであります。勇者バルトス、賢者シアス、鬼神ダグ、そして竜王オルウス。この四人がパーティを組んでたでありますよ!」


 なんかすごい二つ名がついているけど、オルウスおじさんはそんなに強かったんだ? でも、なんで竜王? どう見ても人族なんだけど?


「どうして竜王なの?」


「ドラゴンにタイマンで勝ったからであります! ドラゴンと言ったらどんなに弱くても、普通は一人じゃ勝てません。ですが、オルウス様はそれをやり遂げたのであります!」


 すごい、龍殺しってことだ。アンリも欲しい称号。アンリの場合は呑み込まれてからお腹を割いて出てくるしかないと思ってるんだけど。オルウスおじさんはどうやったのかな?


 ヘルメ姉ちゃんに教えてもらった。


 オルウスおじさんは、体術と魔術のエキスパートで一点集中型の強化魔法が使えるとか。攻撃の瞬間だけ筋力を通常の魔法よりも上げることで攻撃力を上げるとか。


 そんな術式を組むなんてどうやるんだろう? 帰ってきたら教えてもらおうかな。


「それじゃ、勇者とかについても教えてもらっていい?」


「護衛の任務中ですので、あまり長い時間は――」


「ヘルメさん。護衛に関しては私が警戒しておきますので、休憩がてらに教えてあげてください。まだまだ時間はかかりそうですからね、交代で休憩しましょう」


 ノスト兄ちゃんがそんなことを言った。知ってる。これはイケメンの行動。


「そういうことでしたら了解したであります。まずは先に休憩させてもらいますので、よろしくお願いします!」


 ノスト兄ちゃんは笑顔で頷いた。イケメンスマイルだ。アンリには効かないけど、たぶん、ヴァイア姉ちゃんならイチコロだと思う。


 まあ、それはどうでもいいや。ヘルメ姉ちゃんに勇者のことを教えてもらおう。


 勇者バルトスは五十年前に魔族と戦った勇者で、今の女神教が勇者であることを認めた公認の勇者であるとのこと。


 当時、魔族に対抗できた二人のうちの一人だったみたい。もう一人は聖剣と一緒に行方不明になった。魔族を魔界に追い返した後も戻って来なかったことから、魔族との戦いで命を落としたって言われてるとか。


 その人の功績から考えても、バルトスとその人の二人を勇者にしようとしたらしいけど、当時の教皇がそれを認めないでバルトスって人だけを勇者だと認めたみたい。


 そしてバルトスって人は勇者と認められると、女神教の四賢として女神教に入信した。


 その時に一緒に入信したのが賢者シアス。


 この人も今は女神教の四賢として女神教を信仰している。賢者って言われるほど魔法の術式に詳しいみたいで、色々な術式を考案したとか。ギルドカードの仕組みもシアスって人が考えたらしい。


 四賢といえば、リエル姉ちゃんもそうだ。聖女リエル。良くは知らないけど、女神教のトップは教皇って人で、次が勇者、その次が聖女、つまりリエル姉ちゃんらしい。ナンバースリーってことだ。アンリもこの村のナンバースリーだから一緒だ。


 ダグって人は、女神教には入信しないで、冒険者ギルドを立ち上げた。冒険者ギルドの前身は、魔族対策の組合だったみたいだけど、魔族が現れなくなってから、色々な仕事を請け負うような形に変わって、それを冒険者ギルドってことにしたみたい。


 魔族の侵攻で色々とダメージが大きかったから何でも屋さんみたいなギルドが必要だったとか。魔物退治からゴミ拾いまで色々な仕事があったから、それを色々な人にお願いする仕組みが必要だったみたい。


 そしてオルウスおじさんは、オリン国の貴族に仕えた。


 今はクロウって人に仕えているみたいだけど、その先代から仕えているみたい。なんでも、その先代に恩があったからとか。色々と高い給金のオファーがあったらしいけど、それらをすべて蹴って先代の貴族に仕えた。そういうのって格好いいと思う。


「魔族に勝てたって言うのもすごいけど、その後も色々すごいことをしている気がする」


「そうですね。オルウス様はちょっと違いますが、ほかの三人は女神教や冒険者ギルドの偉い方ですからね。ただ、オルウス様は女神教のことをあまりよく思ってないみたいであります……」


「どうして?」


「なんでも、バルトス様とシアス様へ連絡がつかないようなのでありますよ。念話を送っても拒否されて、ロモンの聖都まで行っても、門前払いをされたとか悲しそうに言ってたであります……」


「そうなんだ? でも、なんでだろう?」


「その辺りは全く分かりません。オルウス様は女神教がそうさせているんじゃないか、と話していましたけど……オルウス様が寂しそうにその話をされたときは、こう胸がキューってなったであります……」


 アンリにもそれはなんとなくわかる。仲のいい人といきなり会えなくなったら寂しい。アンリもフェル姉ちゃんと会えなくなったら、こう、闇落ちするかも。


「ヘルメさん。休憩中に悪いんだけど、ちょっと問題が起きたみたい。スザンナちゃんの話だと、軍隊から百人くらい別行動をおこして村へ向かってるとか。スザンナちゃん達は対応できないから、こっちで何とかしてって連絡が来た」


 ディア姉ちゃんが念話用魔道具を持ちながらそんなことを言った。


「了解であります! ノストさん、ここは護衛の力を発揮するときでありますよ!」


「はい、外にいる村長さん達にも伝えてきますので、ヘルメさんはアビス入口の防衛をお願いします」


「はい! ノストさんもお気をつけて!」


 ノスト兄ちゃんはアビスを出て行った。


 大丈夫かな? おじいちゃん達も強いけど、やっぱり心配。たぶん、以前来た傭兵団の人たちよりは弱いんだろうけど、怪我とかしないで欲しいな。


 一応、アンリも武器を構えておこう。入ってきたら紫電一閃で先制する。たぶん、鎧くらいなら斬れると思う。


 そんな風に思っていたら、ノスト兄ちゃんが帰ってきた。ずいぶんと早いけど、どうしたんだろう?


「えっと、ノスト兄ちゃん? もうおじいちゃんに連絡してきたの?」


「ええと、その必要がなくなったというかなんというか……とりあえず、ルハラの兵士たちは壊滅しました」


 アンリを含めてみんなが首を傾げた。


「えっと、ノストさん、どういうことですか?」


 ディア姉ちゃんの質問に関して、皆も聞きたがっている。もちろんアンリも。


「フェルさんの従魔が駆けつけてくれました。大きな狼ですね。その方がルハラの兵士たちをあっという間に蹴散らしたみたいです。今は広場で見張りをしてくれています」


 その言葉を聞いて、皆から歓声があがる。


 そういえば、ディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんからそんなことを聞いたって言ってたっけ? ニア姉ちゃんやロンおじさんをこっちに送るけど、ヤト姉ちゃんとか大狼のナガルちゃんを護衛としてこっちに送るとか。


 そっか、もう着いたんだ。あ、と言うことは。


「ニア姉ちゃん達も帰ってきた!?」


「はい、ニアさんもロンさんも一緒に戻られましたよ。今は広場で村長と話しています。でも、皆さんはまだ外へ出ないでくださいね。いま、こちらへ来ることになってますから、ここでお待ちください」


 みんなが出て行くのをノスト兄ちゃんが止めた。


 そっか、ニア姉ちゃんが帰ってきたんだ。すごくうれしい。


 少し待つと、アビスの階段を下りてくる音が聞こえてきた。


 三人が姿を現す。ニア姉ちゃん、ロンおじさん、ヤト姉ちゃんだ。そしてニア姉ちゃんが照れ臭そうに笑った。


「みんな、ただいま。色々と迷惑かけたね。おかげさまで帰って来れたよ」


 アビスの中で大きな歓声が響き渡った。でも、アンリはそれだけじゃない。ダッシュしてニア姉ちゃんに抱き着いた。


「おかえりなさい、ニア姉ちゃん。もうどこにもいかないでね」


「あいよ、ただいま。そうだね、もうどこにもいかないよ。私の家はこの村にあるからね!」


 また歓声があがった。


 よかった。ニア姉ちゃん達が帰ってきた。後はフェル姉ちゃん達が帰ってくればすべて元通りだ。とっととルハラ帝国の皇帝を倒して戻ってきて欲しいな。

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