第93話 避難
村の防衛力を高めてから三日が過ぎた。
そろそろルハラの軍隊が攻めてくる可能性が高いらしいけど、なぜかアンリは勉強中。こういう時はしなくてもいいと思う。アンリはいい子だから不満も言わずに勉強しているけど。
スザンナ姉ちゃんも一緒に勉強しているけど、日々やつれていってる気がする。もしかして軍隊が攻めてくる頃には戦力外になっているかもしれない。
「スザンナ姉ちゃん、大丈夫?」
「……うん。リンゴを五個買ったら、大金貨五枚払えばいいんだっけ? おつりは大銅貨二枚くらい?」
「スザンナ姉ちゃん落ち着いて。それは払い過ぎだし、おつりもおかしい。算術の勉強は終わったからもう考えなくていいんだよ。むしろ頭の中を空っぽにしていこう」
「うう、お金ならある……ほとんど使わないからお金はいっぱいあるんだ……たくさん買っても大丈夫なんだ……」
「うん、わかったから。お店ではお釣りはとっといて、って言うようにしよう」
スザンナ姉ちゃんがこんなことになるなんて、アンリはもしかして勉強し過ぎだったんじゃないかな?
いままではおじいちゃんに言われた通りやってたからこれが普通だと思っていたけど、なんとなく普通と違うような気がする。
でも、それは後で考えよう。もうお昼だし、森の妖精亭へ食べに行かなきゃ。出てくるのはピーマンだけど、文句は言えない。なぜならアンリはいい子だから。
倒れそうなスザンナ姉ちゃんに肩を貸しながら森の妖精亭の食堂へやってきた。
村のみんながいるけれど、ディア姉ちゃんがいつものテーブルにいるから、そこへ行こう。
テーブルに近づくと、ディア姉ちゃんが笑って席を勧めてくれた。
「午前の勉強お疲れ様……スザンナちゃん、大丈夫? 顔色が悪いよ?」
「……うん、大丈夫。でも、もう数字は見たくない……そうだ、買い物するときはギルドカードにしよう。そうすれば自動的に計算してくれるはず。お釣りは計算しなくていいんだ」
「……重症だね。あ、ギルドカードで思いついたんだけど、スザンナちゃん、ソドゴラ支部の専属冒険者になる? お茶がタダで飲めるよ!」
「うん、なる。しばらくはこの村にいるつもりだし」
「やったね、これで次のギルド会議では目立てるよ。フェルちゃん、ヤトちゃん、スザンナちゃんと三人も専属冒険者がいる訳だし、スザンナちゃんはアダマンタイトだしね!」
こうやってディア姉ちゃんは皆を利用している気がする。しかもスザンナ姉ちゃんの判断力が鈍そうなときに誘うなんて策士すぎる。
でも、それはいつものことだから気にしないでおこう。重要なのはフェル姉ちゃん達のことだ。
「今日の夜くらいにフェル姉ちゃん達が帝都を襲撃するんだよね?」
「確かそのはずだよ。今はもう帝都に入って夜になるのを待ってるんじゃないかな?」
「すごく不思議なんだけど、フェル姉ちゃんはどうやって三万の軍隊を打ち破ったの? 何度聞いてもよく分からないんだけど?」
「なんかね、フェルちゃんはすごいユニークスキルを持ってるみたいだよ。大規模範囲の戦略型スキルみたいで、軍隊三万どころか、近くの町まで巻き込んで阿鼻叫喚だったとか」
「うん、この間聞いた時もそうだったけど、そんなに酷いスキルなんてあるの?」
「あるんだろうねぇ。まあ、フェルちゃんのことだから何となく納得出来ちゃんだけど」
どう考えても三万を相手に勝てるわけないんだけど、実際には勝ってる。初めて聞いたとき、興奮するどころか、なんの冗談だろうって思っちゃった。
「ただ、色々使いづらいみたいだよ。一日に一回しか使えないほど魔力を消費するみたいだし、味方も巻き込むからあまり使わないみたい。町の人まで巻き込んだから、ヴァイアちゃんが説教したとか言ってたね。ちなみに誰も死者は出てないって。リエルちゃんが色々頑張って治したみたい」
「フェルちゃんは規格外すぎるよね。ルネちゃんも魔族だけど、フェルちゃんほどじゃなかったと思う。人形を使ったスキルはすごかったけど」
「そうそう、ヴァイアちゃんもすごいんだよ。なんかルハラにフェルちゃんの部下の魔族がいて、その人が皇帝を騙してルハラにあった戦略魔道具を持ってきたんだけど、ほんの数秒で魔道具を解析して無効化しちゃったんだって」
おかあさんから習っているけど、術式の解析って難しいはず。しかも無効化するってどうやるんだろう? ヴァイア姉ちゃんはいつの間にか魔道具を作れるようになってたから、その関係で無効化したのかな?
スザンナ姉ちゃんがちょっと難しい顔をしている。どうしたんだろう?
「リエルちゃんの治癒魔法もすごいし、この村っておかしくない? すごい人たちが集まって来てると思うんだけど?」
「そのすごい人にスザンナちゃんも含まれていると思うけどね?」
ディア姉ちゃんの言葉にスザンナ姉ちゃんが照れてる。
でも、その通り。スザンナ姉ちゃんはすごい。昨日、水のドラゴンを見せてもらった。それ以前にあんな大規模な範囲で雨を降らせる魔法ってありえないと思うんだけど。
畑仕事をしているベインおじさん達はこれで好きな時に畑に水をあげられるって喜んでたけど、あれって使い方によってはフェル姉ちゃんみたいに三万の軍隊だって勝てるんじゃないかな?
アンリも早く強くならないとみんなにおいてかれちゃう。勉強よりも鍛錬の時間を増やしたい。
そんな話をしながら、皆で昼食を食べた。とろーりチーズのピザだ。そのチーズの下にトマトとピーマンが隠れている。トマトはともかく、ピーマンが出しゃばりすぎ。毎日ピーマンを食べていたら、逆に体に悪い気がするんだけど。トウモロコシならどんと来てほしい。
ちょうど食べ終わったときに、おじいちゃんが食堂へ来た。慌てている感じだけどどうしたんだろう?
「みな、聞いてくれ。先ほど、エルフの方から森で軍隊を発見したという連絡を貰った。ルハラの軍隊で間違いないだろう。予定通りに進めるから、それぞれの持ち場についてくれ。あと声を掛け合ってほかのみんなにも伝えて欲しい。では、よろしく頼むぞ」
おじいちゃんがそう言うと、急に慌ただしくなった。
軍隊と戦うのはスザンナ姉ちゃん、ユーリおじさん、オルウスおじさん、それとエルフの人たち。村で防衛するのは、おじいちゃんとベインおじさん達。アビスへ避難するのは、それ以外の皆だ。
アンリはもちろん避難。一応、アンリも装備を整えてアビスへ行こう。でも、その前に言っておかないと。
「スザンナ姉ちゃん、気を付けてね。勉強で精神力が削られていると思うから、危なかったら逃げてね」
「うん、気を付ける。でも大丈夫。これまでに溜まったストレスをルハラの軍隊にぶつける。フェルちゃんなんか三万を相手に一人で勝ったんだから、私だってそれくらいやれるはず。もちろん、誰も殺さないで勝つよ」
すごくやる気になってるけど、気負ってはいない感じだから大丈夫そうかな。それにスザンナ姉ちゃんは結構安全かも。オルウスおじさんとユーリおじさんが、スザンナ姉ちゃんを守ってくれそう。
「スザンナ様はお強いですが、我々が盾となってお守りしますので、ご安心ください」
「まあ、そういう役割ですよね。負けるとは思いませんが、大きな怪我もさせずに村へ戻すことを約束しますよ」
オルウスおじさんと、ユーリおじさんがそう言うと、スザンナ姉ちゃんはちょっとだけむくれた。
「まだ成人してないけど、お守なんて必要ない。ちなみにユーリには負けないから」
「そうですか。お手柔らかにお願いしますよ。でも、無茶はしないでくださいね?」
「その余裕にイラっとする……でも、今回は仲間だから一応その意見を聞いておく。無茶はしないから安心していいよ」
その言葉にユーリおじさんは驚いたみたいだ。
「スザンナさんはこの村に来て色々と変わりましたね。もちろんいい方向にですよ?」
「ユーリが何を言っているか分からないけど、無茶はしなくても負けないって意味だから」
「さて、その辺にして、そろそろ向かいましょう。スザンナ様のドラゴンに乗せて頂けるのですよね?」
「そうだった。それじゃ、アンリ、行ってくるね。朗報を期待してて」
「うん、さっきも言ったけど気を付けてね」
スザンナ姉ちゃんはその言葉に頷くと、三人一緒に食堂を出て行った。
たぶんこれから魔法で雨を降らせてドラゴンを造ると思う。こんな時じゃ無ければアンリも乗せて欲しい。あとでお願いしよう。
「アンリちゃん、それじゃ私たちはアビスへ行こうか。避難するときは早め早めの行動をしないとね」
「うん。あ、でも、アンリの装備を一度家に取りに行きたい。ちょっと待ってて」
アンリだけだと心配みたいでディア姉ちゃんもついてきてくれた。
部屋に入ってアンリ専用のボスセットを取り出す。普通の服の上からでも装備できる優れもの。そしてベッドの下から魔剣七難八苦を取り出す。これで完璧。
よし、後はアビスに避難だ。
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