第92話 ニャントリオンブランド
今日は嬉しいことに朝からお勉強はなかった。
ルハラの軍隊とこの村で戦う訳じゃないけど、村の防衛力を少しでも高めるためにみんなで準備中だ。アンリもそれのお手伝い。柵とか家とかを補強している場所に木材を運ぶ係。
みんな頑張っているけど、一番張り切っているのはドワーフのグラヴェおじさん。ものすごく生き生きしている。
「個別にサイズを合わせたものではないが、それなりの武器や防具を作っておいたから、気に入ったものを装備しておいてくれ! 必要ならサイズ調整もするからな!」
広場に布を敷いて、その上にたくさんの武器や防具が並んだ。オーダーメイドじゃなくて、既製品の武器や防具だけど、たくさんあるから自分に合う物を選んでいいみたい。
アンリの武器はあるから、なにかアンリに合う防具が欲しいな。ここは張り切ってフルプレートの鎧とかを装備しよう。
「アンリ、何をしてるの?」
「スザンナ姉ちゃん、アンリに合う防具って置いてないかな? どれもこれもサイズが大きくて装備できない」
「アンリには必要ないと思うよ? どちらかと言えば、すぐに逃げ出せるように軽装でいたほうがいいよ。まあ、そんな状況にはさせないけどね」
たぶんそうなんだろうけど、やっぱり準備はしておきたい。もしかしたら、スザンナ姉ちゃん達をすり抜けて村まで来るかもしれないし。
一応ノスト兄ちゃんとメイドのヘルメ姉ちゃんが村の防衛として残ってくれるみたいだから、安心と言えば安心なんだけど。
セラって人は良く分からない。助けることも邪魔することもないって感じかな。そもそもフェル姉ちゃんにしか興味がない感じ。アビスへ避難するか聞いても、部屋で寝てる、って答えただけだったみたいだし……不思議を通り越して、ちょっと変な人に印象が変わった気がする。
あとヒマワリさんとマンドラゴラさん、それにアルラウネちゃんが普通の植物に擬態して、村の周囲で防衛してくれるみたい。迂闊に近寄ったらザクっとやる気だ。
カカシのゴーレムは畑の防衛オンリーだから戦力にならないみたい。ジョゼちゃんがいれば別の命令を出せるんだろうけど、フェル姉ちゃんと一緒だから当てにしちゃだめかな。
色々なことを考えていたら、ディア姉ちゃんがやってきた。
「アンリちゃんもスザンナちゃんもこんなところでどうしたの? みんなの邪魔をしたらダメだよ?」
「それは心外。どちらかというとすごく手伝ってる。今はちょっとだけ防具を見てた。アンリのサイズはないみたい」
「ドワーフさんの防具だったらぴったりだったかもしれないけど、グラヴェさん以外のドワーフさんはいないからね」
そっか。アンリの背丈は成人したドワーフさんと同じくらいだから、ドワーフさん専用の防具とかあれば、アンリにぴったりなのかも。
「グラヴェおじさん、ドワーフさん用の防具ってないの?」
「この村じゃ需要がないから作ってないのう。でも、なんでそんな防具が必要なんじゃ?」
「ドワーフさんの防具ならアンリの背丈と同じだからサイズ的に合ってると思って」
「アンリが防具を付けたら動けなくなるからやめておくんじゃな。前線に出る訳でもないんじゃ。みんなを信じて村にいるだけで十分じゃぞ。儂も戦えんからアビスの中でじっとしているつもりじゃし」
「そういうものかな?」
「そういうもんじゃ。それにほら、フェルなんかは執事服を着ているだけで、防具らしい防具なんて付けておらんじゃろ? 魔族だからというのもあるが、アレは戦いでスピード重視にしているからだと思うぞ」
そういえばそうだった。フェル姉ちゃんはいつも執事服。あれは攻撃を受けるスタイルじゃなくて躱すスタイル。格好いい、アンリもああいうのを目指すのがいいかも。あ、でも、どっしり構えるというスタイルも捨てがたい。
これは悩む。どんなスタイルがアンリには合ってるのかな。
スザンナ姉ちゃんの着ている物を見ると、茶色で革製の体にぴったりした服だ。
「スザンナ姉ちゃんはどうしてその装備をしているの? こだわりのポイントとかある?」
「あ、それは私も気になる。良かったら教えて」
アンリの問いかけに、ディア姉ちゃんも乗っかった。服と言えばディア姉ちゃんだ。色々と気になるのかも。
「え? この服? こだわりってわけじゃないけど、私って水を操るときに雨を降らせるから、革に蜜蝋だかなにかを塗って防水加工してもらってるんだ。濡れるときは濡れるけど、結構重宝してるよ。それに前にも言ったけど、空を飛ぶから風を通さない素材にしてるんだ」
防水加工については知らなかったけど、空を飛ぶ話は聞いていた気がする。確か水のドラゴンを作るとか。そっか、実用性を重視しているんだ。
アンリの場合は何を重視すればいいのかな? これは悩む。魔剣、七難八苦ならスピード重視だと思うけど……そうだ、アンリの剣はどうなったのかな? ちょうどいいからグラヴェおじさんに聞いてみよう。
「グラヴェおじさん、アンリの剣はどんな感じ?」
「まだ出来ておらんよ。最高の武器を作るつもりだから時間を掛けとる。そうそう、この間、ルートとかいう奴が来てな、フェルから渡されたという黒龍の牙で武器を作ってやったんだ」
ルートってディーン兄ちゃんのことだ。
それに黒龍の牙? そういえば、ヤト姉ちゃんがディーン兄ちゃんと話をしていた時にそんな名前を聞いたかな?
でも、それがどうしたんだろう?
「材料が少し余ったんでな、アンリの剣に使おうと思ってるんじゃ! 黒龍の牙じゃぞ! ドラゴンの素材を扱えるなんて夢のようじゃった……リーンからこの村へ来てよかったのう……」
グラヴェおじさんがちょっと涙ぐんでる。アンリにはいまいち分からないけど、鍛冶師としてはすごいことなのかな。
それはそれとして、アンリの魔剣フェル・デレにもその素材を使ってくれるんだ? それはすごく期待できそう。
「お願いした壊れない剣って作れそう?」
「それはまだ難しいのう。ただ、素材としてはいい物が手に入ったからな! アビスも協力してくれるから、いつかは作れるじゃろう! 期待して待っておれ!」
「うん、すごく期待している」
出来るのはまだ先みたいだけど、ここはぐっと我慢。最高のものが出来るのを期待しておくべき。
……しまった。それはそれでいいけど、アンリの防具のことが全然決まらない。やっぱり何もつけないほうがいいのかな。フェル姉ちゃんみたいにスピード重視で行くべきかも。
「スザンナちゃん、アンリちゃんはさっきから何を悩んでいるの?」
「さあ? 防具を探しているみたいだけど、装備できるものがなくて悩んでいるのかも」
「うん、その通り。戦うことはないかもしれないけど、準備は怠っちゃいけない。戦いはもう始まってる」
「そういうことか……それじゃ、冒険者ギルドへ一緒に来てくれる?」
ディア姉ちゃんは何を言っているんだろう? 全然脈絡が分からない。戦いの準備について話をしていたのに、冒険者ギルドへ来て欲しいって言われた。どういう意味かな?
「えっと、アンリには意味が分からないんだけど……冒険者ギルドで戦いの準備をするの?」
「まあ、そんなところ。ようやく出来たからアンリちゃんにプレゼントしたいんだ」
「ようやく出来た? 何が出来たの?」
「それは見てからのお楽しみ。ちょっとだけ付き合ってよ」
強引なディア姉ちゃんに連れられて、冒険者ギルドへ入った。スザンナ姉ちゃんも一緒に来たけど、プレゼントしたいって何かな?
ディア姉ちゃんがカウンターの内側に入ってから黒い何かを取り出した。
それを見てピンときた。そうだ、アンリがお願いしていたあれだ。
「じゃーん、ついにできました。アンリちゃんボスバージョンセット!」
「おおー」
フェル姉ちゃんが服を頼んだ時に一緒に作ってもらう予定だったマントと帽子だ。アンリがボスっぽく見えるという装備。それがついに出来たんだ。
「ちょっとだけサイズ調整するから、もう少し待ってね」
ディア姉ちゃんはそう言うと、アンリの背後に回ってマントを付けてくれた。そして帽子も被せてくれる。
うん、すごく力が漲る。たぶん、この装備には士気高揚とかのスキルが付いてる。帽子と合わせてセット効果スキルとかあるかも。
「すごい、格好いい。私も欲しい」
スザンナ姉ちゃんがすごくほしそうにしている。でも、だめ。これはアンリの装備。これもフェル・デレと同じくアンリ専用。お姉ちゃんなんだから諦めて。
そんなことを思っている間に、ディア姉ちゃんはアンリのまわりをぐるぐると動いて色々調整してくれた。
「うん、これで完璧だね。ニャントリオンブランド、第二号だよ!」
これは素敵だけど、ニャントリオンブランドって何だろう? しかも第二号?
「おっと、アンリちゃんもスザンナちゃんも首を傾げているね? ニャントリオンはアイドルグループだけど、私の作る服のブランド名でもあるんだよ! ちなみに、その猫のマークがブランドの証だね!」
鏡で見ると、マントの首部分にあるボタンと帽子の正面に猫の顔がデフォルメされた感じで描かれていた。
「どうかな? いい出来だと思うんだけど?」
「あえて口にするなら、最高。犬派だけど猫派になりそうな勢い。でも、さっき言ってた二号ってなに? 一号じゃないの?」
「ニャントリオンブランドの一号はフェルちゃんの執事服だからね」
「それは仕方ない。でも二号でも嬉しい。これは九大秘宝に――いけない。秘宝が多すぎる。整理しようと思っててまだやってなかった。それまではこのマントと帽子も保留にしないと」
今度しっかり検討しよう。秘宝が多すぎると価値が下がるみたいで嫌。ちゃんと選別しないと。
それは後でやるとして、アンリの防具はこれで決まりだ。これに魔剣七難八苦を装備すれば、アンリは完璧。完璧なボスになれる。そう、アンリは魔物のみんなのボス、つまり、魔王アンリ。ひれ伏すがいい。
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