第185話 家族

 

 境界の森を抜けた先にあるリーンの町が見えてきた。


 おじいちゃんやスザンナ姉ちゃんに色々聞いていたら、あっという間に着いちゃったみたいだ。でも、ちょっとドキドキ。アンリはこの森から出たことはない。最初の第一歩は記念に両足で着地しよう。


 五時間か六時間くらい空を飛んでいたけど、飽きることなくずっと景色を眺められた。ほとんど森しかないけど、北の方には大霊峰が見えたし、南には大きな海も見える。リエル姉ちゃんのことがなかったら今すぐにでも両方へ向かいたい。


 でも、今はリーンの町だ。


 名前だけはアンリも知ってた。ソドゴラ村よりも何倍も広いってきいてたけど本当に広い。でも、王都や聖都のほうがもっと広いみたい。


 リーンの町はソドゴラ村と違って周囲を高い壁で覆っている。なんでも境界の森からくる魔物対策だとか。森の魔物さん達はもう人族を襲ったりはしないんだけどな。魔物が人を襲おうとすると狼さん達が怒るみたい。パトロールしているとかジョゼちゃんが言ってた。


 そういえば大狼のナガルちゃんは大霊峰へ修行に行ったんだっけ。いつ頃帰ってくるのかは分からないけど、今回の戦いに参加してもらえればすごい戦力になるんだけどな。


 そんなことを考えていたら、前方にいるカブトムシさんが少しだけさがり始めた。


 たしか町のすぐ近くまで行くと壁に設置されている大きな弓で撃たれるかもしれないから少し手前でおりるとか言ってたっけ。


「村長さん、アンリ、私達もおりるから気を付けて」


「うん、アンリはいつでも大丈夫」


「やれやれ、ようやく地面に立てるんだね。生きた心地がしなかったから助かるよ」


 おじいちゃんはずっと顔色が悪かったけど、アンリが色々質問していたらちょっとは気がまぎれると言ってた。たぶん、そのおかげで最後まで持ったんだと思う。アンリはいい仕事をした。


 カブトムシさんの運んでいたゴンドラが地面に着いた。その後にスザンナ姉ちゃんの水ドラゴンも地上に着地する。ジョゼちゃん達も華麗に着地したみたいだ。


「アンリ、降りるのを手伝うよ」


「ありがとう、スザンナ姉ちゃん。でも、降りるときは両足を地面に着ける感じで降りるから、そこを考慮してください」


 スザンナ姉ちゃんはちょっと不思議そうな顔をしていたけど、アンリの言葉通りに色々気を付けて降ろしてくれた。


 両足を同時に地面へつける。


 アンリが始めて森を出た第一歩。ここからアンリの伝説がはじまる……!


 その後にみんなもゴンドラから降りて伸びをしてる。


 ゴンドラのほうは結構窮屈だったのかな?


 でも、ゴンドラのほうは楽しそうだった。スザンナ姉ちゃんのドラゴンも楽しかったけど、ゴンドラのほうでのお話も聞きたかった。今日の夜はフェル姉ちゃんと一緒の部屋で寝て何を話していたのか色々聞いてみよう。


 カブトムシさんや魔族のみんなは町へ入れないから一度境界の森へ戻って野宿するみたい。ちょっと可哀想だけど、みんなは気にしていないみたいだ。むしろ野宿のほうが解放的だとか。


 その辺りはよく分からないけど、みんながいいならいいのかな。


 魔物のみんなと別れた後は残ったみんなで町のほうへ歩き出した。だいたい一キロくらいの距離だ。


「アンリ、町まで少し遠いから水で作ったバジリスクに乗っていこう」


 スザンナ姉ちゃんが水で出来た巨大なトカゲっぽいものに乗っている。そして乗ってきたドラゴンさんはいない。


「さっきのドラゴンさんを変形させたの?」


「そうだよ。タダの水にしちゃうのももったいないし歩行用に変えたんだ。ちょっと小さくなっちゃったけど乗り心地は悪くないと思うよ」


「スザンナ姉ちゃん、変形するときはアンリに声をかけて。そこを見逃すなんてそれこそもったいない」


「よく分かんないけど分かった。次からはちゃんと言うね」


「うん、それじゃよろしくお願いします」


 トカゲさんは小さいからおじいちゃんは乗れないみたいだ。なのでスザンナ姉ちゃんと二人乗り。


 スザンナ姉ちゃんが乗っている前にアンリが座る。スザンナ姉ちゃんが背後からアンリを固定する感じでぎゅっと抱きしめてくれた。


「揺れるから落ちないように気を付けて。ドラゴンの時と違って薄い膜もないからね」


「うん、暴れたりしないから安心して」


 フェル姉ちゃんのおんぶもいいけどスザンナ姉ちゃんに抱きしめられるのもいい感じ。ベストフィット。


 トカゲさんが歩き出すと、上下にぽよんぽよんと動く感じで面白い。これは病みつきになる。


 そうやって移動していたら、フェル姉ちゃんが魔族のお姉さんに話しかけた。フェル姉ちゃんはちょっと怒っている感じだけど、魔族のお姉さんはなぜか笑顔。


 おじいちゃんの話だとあのお姉さんはオリスア姉ちゃん。


 黒いロングヘアで長さが腰のあたりまであって、さらに全身黒っぽい服を着ている。そして服には銀色のアクセサリー……というか鎖みたいなのがたくさんついているみたい。あと膝くらいまであるコートを、腕を通さず肩にかけるスタイル。そして頭には前だけにつばのある帽子。なんというか全体的に黒いけど、ワイルドっぽいオシャレ。


 もう一人の魔族のおじさん――サルガナおじさんは茶色の髪に茶色のフード付きローブだけだから結構地味なのに。


 水のトカゲに乗りながらフェル姉ちゃん達に近づいたら話している内容が聞こえてきた。


「オリスア、昔の事は言わないでくれ。なんというか照れくさい」


「フェル様の素晴らしい所を知ってもらうためですから、照れる必要なんてありません! フェル様が魔王になった時にいきなり共同浴場の対策を始めた時など、目からうろこが落ちました! 『風呂は走らない』『石鹸は置いてあった場所に戻しましょう』という標語は今でも――」


「頼むからやめてくれ。本当に頼むから」


 フェル姉ちゃんは本当に懇願している感じだ。フェル姉ちゃんの昔の話ならアンリも聞きたい。でも、それは夜のお楽しみにしよう。


 今はどちらかというとオリスア姉ちゃんに興味がある。フェル姉ちゃんとどういう関係なのか分からないけど、見た感じ二十代半ばって感じだから、もしかしてお姉さん?


「オリスア姉ちゃんはフェル姉ちゃんのお姉ちゃんなの?」


 アンリがそう言うと、フェル姉ちゃんとオリスア姉ちゃんがこっちを見た。


 はっきり顔を見たのは初めてだけどあんまり似てないかな?


「其方はアンリと言ったな? 村長殿のお孫さんだとか」


「うん。フェル姉ちゃんをお世話してます」


「逆だろうが。お世話になっています、だ」


「ふむ、アンリ殿はなかなかの面構え、将来が楽しみだ。っと、質問に答えよう。私はフェル様の姉ではない。どちらかと言えば、母親のようなものだな……いや、四捨五入して母親と言ってもいいかもしれない」


「何を四捨五入した?」


 母親? おかあさんってこと? 四捨五入しておかあさんって何だろう? 大体、フェル姉ちゃんのおかあさんなら、その見た目はおかしい。三十代後半くらいじゃないと計算が合わないと思う。


「フェル姉ちゃんのお母さん? そんな年には見えない。幻視魔法?」


 そう言ったら、オリスア姉ちゃんがアンリとスザンナ姉ちゃんの頭にそれぞれ手を置いて撫でた。


 ハッキリ言って雑過ぎる。頭をなでられたのに首までぐるぐるされた。二十点。


「いや、私は単純に若く見えるだけだ。これでも四十代。全く若くないぞ」


 みんなから、というか、ディア姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんから驚きの声があがった。もちろんアンリも驚いた。二十代前半と言ってもおかしくないのに四十代。幻視魔法もびっくり。


「びっくり。でも、フェル姉ちゃんの母親みたいなものって、どういう意味?」


 母親みたい、と言うことは本当のおかあさんじゃない。ということは本当のおかあさんとかおとうさんは?


 オリスア姉ちゃんは質問には答えずにフェル姉ちゃんのほうを見た。そしてフェル姉ちゃんはアンリのほうを見てちょっとだけ笑った。


「私は三年ほど前に両親を亡くしている。両親とオリスアは魔族では珍しく、仲が良くてな。親が亡くなってから、色々と面倒を見てもらっていたんだ。それが母親代わり、みたいなものなのだろう」


「面倒を見ていたなんてとんでもありません! フェル様は我々魔族の――」


「ああ、うん、長くなるからやめてくれ。まあ、そういう訳だ。分かったか?」


 そんなことがあったんだ……これは余計なことを聞いちゃったかも。


 謝ろうと思ったところでスザンナ姉ちゃんが口を開いた。


「フェルちゃんも両親がいないんだ? 大丈夫、寂しくないよ。私も一緒だし、今は村の皆が家族だから」


 スザンナ姉ちゃんはいいことを言う。そう、ソドゴラ村は皆が家族。


「確かに寂しくないな。私にも家族が増えたからな」


 フェル姉ちゃんが笑顔になった。うん、ここは小粋なジョークを言ってもっと笑顔になってもらおう。


「そう、アンリはフェル姉ちゃんのお姉ちゃんになった。リンゴジュース持ってきて」


「色々矛盾しているだろうが。というか私をパシリにしようとしたな? どういう了見か言ってみろ」


「妹や弟は姉や兄に絶対服従。これは自然の摂理。下剋上なら受けて立つ」


 でも、お姉ちゃんは妹や弟を徹底的に甘やかす必要があると思う。ぜひともスザンナ姉ちゃんはアンリを甘やかしてほしい……そういう意味ならアンリはフェル姉ちゃんの妹ポジションのほうがいいのかな?


「村長。アンリには勉強じゃなくて、常識を教えてやれ……村長?」


「……フェルさんもご両親がいらっしゃらないので?」


「そうだな、さっきも言った通り、三年前に亡くなった。親戚や兄弟姉妹もいないから天涯孤独ってやつだ。まあ、寂しくはないぞ、今の魔界は魔族も獣人も家族みたいなものだし、ソドゴラ村でも家族なんだろ?」


「ええ、その通りですぞ」


 なんだろう、ちょっとだけおじいちゃんの様子がおかしいような気がする。最後は笑っていたけど、どうしたんだろう?


 そこにものすごい笑顔のヴァイア姉ちゃんがやってきた。今日見た朝日よりまぶしい。


「家族ってね、ほかにも増える方法があるんだよ? そう、結婚という儀式をするとね!」


「ええと、うん、頑張ってくれ。応援はしてる」


 ヴァイア姉ちゃんは最近アグレッシブな感じ。ちらっとノスト兄ちゃんのほうを見ると、すごく照れ臭そうにしてる。そしてディア姉ちゃんは舌打ち。これはたぶん大人の会話。


 でも、そっか。フェル姉ちゃんのほうもソドゴラ村のみんなを家族と思ってくれてるんだ。


 仕方ない。今日の夜はアンリがお姉ちゃんとしてフェル姉ちゃんを徹底的に甘やかそう!

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