第184話 出発
ニワトリさんの声が聞こえた。
クワッと目を開ける。そしてお布団を跳ね飛ばした。
窓の外はまだ薄暗い。それに虫の鳴き声も聞こえる。
まだ太陽もしっかり昇っていない時間なんだとは思うけど、早すぎるということはないはず。むしろ遅いと言ってもいい。早速準備だ。
お出かけ用の服じゃなくてサバイバルでもどんとこいと言う感じの服を着た。そしてディア姉ちゃんに作ってもらった魔王マントを羽織る。そして腰には魔剣七難八苦、背中には魔剣フェル・デレ。
魔王アンリ、爆誕。
そうだ、今回は長旅になるから九大秘宝も持って行かないと。というか、アンリはこの村から出るのは初めて。エルフさんの村には行ったけど、ほかの町とかに行くのは今回がデビューと言える。万全の体制で行かないと。
ベッドの下から宝箱を取り出した。
中を見ると九大秘宝と候補の宝物が入っている。うん、素敵。
一通り眺めてから宝箱を閉じてしっかりと鍵をかける。
宝箱「ミミック」は変形する。持つところが収納されていて引っ張ると出てくるようになってるし、箱に小さな車輪もついているから持ち運びも楽。第二形態のまま持っていこう。
よし、これで準備万端。
部屋を出て大部屋へ移動する。
そこには剣を腰に差しているおじいちゃんと、いつも通りのおかあさんとおとうさん、それにスザンナ姉ちゃんがいた。
まずは皆におはようの挨拶。
挨拶の後にちょっと沈黙したけど、おかあさんが近寄って来て屈みこみ、目線を合わせてくれた。
「アンリ、やっぱり行くのね?」
「もちろん。今回はおじいちゃんの許可もあるし、行かないなんて選択肢はない。リエル姉ちゃんを助けて女神教に裁きの鉄槌を食らわせる……そんなフェル姉ちゃんをサポートするつもり」
出来ればアンリがやりたいけど今のアンリではそれは無理だからサポートに徹する。サポートと言っても何をすればいいのかはよく分からないけど。
スザンナ姉ちゃんがおずおずとおかあさんの前に出てきた。
「あ、あの、アンリは私が守るから安心してください。怪我なんかさせませんから」
「ええ、そうね。スザンナちゃんはアダマンタイトの冒険者だから強いのよね。うん、アンリのことをお願いするわ。でも、スザンナちゃんも危ないことをしちゃダメよ?」
「は、はい、危険なことはしませんので」
その後、おとうさんにも「アンリのことをお願いします」と頭を下げられて、スザンナ姉ちゃんはちょっとタジタジになってる。もっと堂々としてほしい。
そんなスザンナ姉ちゃんを微笑んで見ていたおじいちゃんが椅子から立ち上がった。
「さて、アンリの準備は大丈夫かい?」
「もちろん。アンリはいつだって行ける」
「分かった。なら行こうか。フェルさんはもう広場にいるだろうしね」
「やっぱりフェル姉ちゃんは帰って来てるんだ? アンリはお出迎え出来なかったけど」
「そうだね。昨日の夜遅くに帰って来てくれたよ。疲れているだろうにそんなことを感じさせないくらいだったね。さ、フェルさんを待たせちゃいけない。そろそろ家を出よう」
みんながおじいちゃんの言葉に頷く。そしてみんなで家を出た。
広場には村のみんなが集まっているみたい。広場の中央には大きなゴンドラもあるし、カブトムシさんもスタンバイしてる。
あ、フェル姉ちゃんだ。駆け寄ろうかと思ったけど、フェル姉ちゃんはいろんな人と話をしているみたい。邪魔しちゃいけないから少し待とう。
「えっと、村長さんとアンリは私のドラゴンに乗っていくんだよね?」
「そう、それ。それはすごく大事」
「申し訳ないけどよろしく頼みます」
「分かりました。それじゃ村の外で準備してきます」
スザンナ姉ちゃんはそう言うと村の外へ向かった。
フェル姉ちゃんが帰ってくる間に念話で聖都へ行くメンバーを確認したら、カブトムシさんのゴンドラに結構人が乗るみたいで定員オーバーだったみたい。
なのでアンリ達はスザンナ姉ちゃんの作る水のドラゴンに乗っていくことになった。
カブトムシさんのゴンドラも捨てがたいけどスザンナ姉ちゃんのドラゴンもすごく素敵。なにより空を飛べるってすごい。
空から見る景色ってどんなだろうって思いを馳せていたら、ヴァイア姉ちゃんがやってきた。
「みなさん、おはようございます」
「ヴァイア君、おはよう。昨日まで徹夜だったようだが大丈夫かい?」
「あはは、昨日しっかり寝ましたから大丈夫ですよ。それでこれを作っておいたんです。そこそこの亜空間を作れるポーチなので使ってください」
ヴァイア姉ちゃんはポーチをおじいちゃんに渡した。
亜空間が作れる魔道具ということは、あのポーチの中に色々入れられるのかな?
「こんな高価なものが作れるとはヴァイア君はすごいね。ありがたく使わせてもらうよ」
「気になさらなくていいですよ。それじゃアンリちゃんも大事な物は亜空間に入れておいてね」
「うん、ありがとう、ヴァイア姉ちゃん」
ヴァイア姉ちゃんはアンリに手を振りながらゴンドラのほうへ向かって乗り込んだみたいだ。
よく見るとゴンドラにはもうほとんど乗っている……あれ? 知らない人が三人いる。誰だろう。
「おじいちゃん、ゴンドラに知らない人が乗ってるけど誰か知ってる?」
「うん? ああ、あの人たちはフェルさんの部下……なのかな? 魔族の人だよ。一人は以前村に来ていたはずだけど覚えていないかい?」
……ルハラからフェル姉ちゃんが帰ってきたときに一緒にいた魔族の人かな? 白衣を着て色々な実験をしそうなおじさん。聞いたことがある。それはマッドサイエンティスト。
よく見たら知らない人達には角があった。そっか、今回のためにフェル姉ちゃんが魔界から呼んだのかも。フェル姉ちゃんは本気とみた。アンリも本気で行こう。
フンフンと鼻息を荒くしていたら、おかあさんがまたアンリの前に屈みこんだ。
「アンリ、おじいちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ?」
「おかあさん、安心して。おじいちゃんが何かを言う前に仕留めて見せる」
危険なことはしない。おじいちゃんの言うことは絶対だけど、言う前ならアンリのターン。おじいちゃんが何かを言う前に仕留めれば何の問題もない。なのに、おかあさんは溜息をついた。分かってもらえないのは悲しい。
「村長、そろそろ出発するが大丈夫か?」
「ええ、お待たせしました」
フェル姉ちゃんがこっちにやってきた。でも、アンリを見て複雑そうな顔をしている。アンリの意気込みを疑っているのかも。
「アンリも大丈夫。心はいつだって常在戦場。死して屍拾うものなし」
「それ、意味あってるのか? 勢いで言ってるよな?」
勢いは大事だと思う。むしろ今のアンリには勢いしかないと言ってもいい。
急にフェル姉ちゃんが上を向いた。アンリも釣られて上を見ると全長五メートルくらいの水のドラゴンがいた。スザンナ姉ちゃんだ。
村のみんなは驚いているけど、アンリはすごく興奮してる。
「お待たせ。村長さん、アンリ、乗って」
スザンナ姉ちゃんとおじいちゃんのサポートでドラゴンの背中に乗った。水で出来た背もたれがあるし、背中は薄い水の膜が張ってあって風を入れないみたい。すごく快適。
そしてこの状態ですでに眺めがいい。村のみんなを見下ろすってこんな感じなんだ。
「なかなか快適ではあるが、落ちたりはしないんだね?」
「大丈夫です。よほど強い衝撃で膜を攻撃しない限りは割れたりしません。それに飛んでいる時は周囲にちょっとした柵も作るようにしますから」
「うむ、なら頼むよ。アンリは大丈夫かい?」
「平気。リエル姉ちゃんに罪悪感があるくらいワクワクしてる」
でも大丈夫。メインはリエル姉ちゃんを助けに行くことは忘れてない。
「そうか、おじいちゃんはドキドキしすぎてちょっと危険だよ……」
少しおじいちゃんの顔色が悪いけど大丈夫かな? スザンナ姉ちゃんがいるんだから大丈夫なのに。
フェル姉ちゃんもゴンドラのほうへ乗ったみたいだ。
そして一緒に行く魔物のみんなは今か今かと待っている感じ。あのまま走っていくみたいだけど大丈夫かな?
「よし、出発だ!」
フェル姉ちゃんがそう言うと、カブトムシさんがゴンドラを抱えて飛び上がった。それに合わせてスザンナ姉ちゃんのドラゴンも上昇する。なぜかジョゼちゃん達も空を飛んだ。
徐々に地面と距離が離れて村の皆が小さくなった。でも、声をあげながら手を振っているのが良く見える。
みんなに手を振ってから顔を上げた。
ちょうどお日様が昇る時間だったみたい。太陽の光がまぶしい。
でも、アンリは感動している。空ってこんなに綺麗なんだ。それに朝のお日様も。
ふとゴンドラのほうを見ると、フェル姉ちゃんはお日様を見ながら凛々しい顔をしている。何かを決意した顔って感じですごく格好いい。
よし、アンリは役に立たないかもしれないけど、気持ちだけはみんなに負けない。絶対にリエル姉ちゃんを助け出すぞ!
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