第183話 出発準備

 

 リエル姉ちゃんがさらわれてから三日経った。


 ジョゼちゃんの話だと、今日の真夜中にでもフェル姉ちゃんが帰ってくるみたいだ。


 今日の朝、城塞都市ズガルを出たみたい。なんでもドッペルゲンガーのペルちゃんが大蛇に変身してものすごい勢いでここへ向かっているとか。おじいちゃんの話だと馬車とかを使っても四日はかかるみたいだけど、一日で来ちゃうってすごいと思う。


 その情報が村に行き渡ると皆が元気になった。


 女神教の人たちに村をボロボロにされて落ち込んでいたけど、フェル姉ちゃんが今日帰ってくるという嬉しいニュースだけで村が活気づいた。


 さすがはフェル姉ちゃんだ。帰ってくるだけで皆を笑顔にできるなんて。もちろん、アンリも笑顔。


 フェル姉ちゃんは今日帰って来て明日にでも聖都のほうへ向かうみたいだからすぐに出発できるようにみんなで色々と準備をしている。


 ディア姉ちゃんは冒険者ギルドの本部や支部に連絡を取っているみたいだし、ヴァイア姉ちゃんは寝ないで魔道具を作ってる。それに司祭様とメノウ姉ちゃんは先にメーデイアに向かった。先に行って色々と情報を集めるみたい。


 ニア姉ちゃんは皆のために干し肉とかの保存食を作っているみたい。その食材を提供しているのが、畑で仕事をしているベインおじさんや、狩りをしているロミット兄ちゃん。オリエ姉ちゃんも川でお魚を釣っているとか。ロンおじさんやほかのみんなは壊れた家の修復とか色々やってて忙しそう。


 アンリは何のお手伝いもできないけど、みんなの邪魔しないようにダンジョンへやってきた。いちおうこれはおじいちゃん公認。もしかしたら女神教がまた襲って来るかもしれないから、ここにいなさいって言われた。


 ダンジョンのエントランスでスザンナ姉ちゃんも一緒にいて、なんとなく修行みたいなことを始めた。アンリは素振りでスザンナ姉ちゃんはユニークスキルによる水の操作だ。


 素振りを始めて三十分くらい経ったら、アビスちゃんに声を掛けられた。ちょっと休憩。


『頑張っていますね、アンリ様』


「うん、今回はアンリも出陣する。目に入った女神教の人を攻撃するつもりだからその訓練。索敵必殺」


『あまり危険なことはなさらないでください。村長様の前でフェル・デレに誓いましたよね?』


「大丈夫。危険なことになる前に仕留めるから約束は守ったも同然。だいたい村の皆を傷つけた上にリエル姉ちゃんをさらうなんて女神教は外道中の外道。アンリが裁きの鉄槌を食らわせる……とはいっても現実的には無理っぽいからそれはフェル姉ちゃんにお任せ。でも、それくらいの気持ちで行かないと」


 今回ついて行くのは遊びじゃない。アンリは戦いに行く。食うか食われるかの弱肉強食。アンリはバージョンアップした魔剣フェル・デレと共に修羅と化す。そんな気持ちでいっぱい。


 スザンナ姉ちゃんも力強く頷いている。うん、以心伝心。


 でも、よく考えたら、おじいちゃんはなんでアンリ達に許可を出してくれたんだろう?


 おじいちゃんも一緒に行くからと言う訳じゃないと思う。たしか聖都で会いたい人がいるとか言ってたかな?


 でも、誰に会いたいんだろう?


 アンリの持っている情報だけだと、可能性があるのは女神教の教皇って人かな。でも、リエル姉ちゃんの手紙に書いてあったことから考えると、あのときリエル姉ちゃんを操っていたのはその教皇ってことになると思うんだけど。


 リエル姉ちゃんを操るなんてひどいことをする人がおじいちゃんの知り合いなのかな?


 この辺の情報はよく分からないけど、今はリエル姉ちゃん救出に集中したいから放っておこう。


 アビスちゃんとの会話が終わったから改めて素振りを再開した。でも、すぐにそれを止める。


 第一階層へ続く階段からゾルデ姉ちゃんとグラヴェおじさん、それにドラゴニュートさん達がやってきた。


「アンリちゃん、スザンナちゃん、相変わらず元気そうだね!」


「ゾルデ姉ちゃんの怪我は平気? 勇者相手に戦ったんだから無理しちゃダメだよ?」


「ドワーフの回復力は人族よりも遥かにすごいからね! あれくらいの怪我、よゆーよゆー!」


 ゾルデ姉ちゃんはそう言って右腕に力こぶを作った。確かに元気そうにはみえるけど、一日くらい昏睡状態だったからちょっと心配。


「何が余裕じゃ。司祭様からしばらくは安静にしておれと言われたじゃろうが」


「もー、おじさん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。親父の武器で勇者の聖剣を弾いたんだから斬られてはいないんだって。それにもう二日もお酒を飲んでないんだよ? そっちの方が問題だよ!」


 大丈夫そうには見えるから問題はないのかな?


 そうだ、ドラゴニュートさん達はどうなんだろう?


「ムクイ兄ちゃん達は大丈夫? 怪我とかは平気?」


「おう! 情けねぇけど俺らは勇者や賢者とはそれほど戦ってはねぇからな。女神教の信者とかいう奴らの相手をしただけだから、怪我はしてもすぐに治ったぜ!」


「しかし、アレが人族最強と言われる勇者か。我々に勝ったミノタウロス殿にも勝てるとは我々では全く歯が立たないということだな」


「情けないけどその通りよね。人族って種族的には弱いと思っていたんだけど、あんなに強い人がいるなんてびっくりだわ」


 ムクイにいちゃん達はしみじみとそんなことを言っている。怪我よりも強い人にかてないほうがショックだったのかな?


 でも、勇者か。


 フェル姉ちゃんのほうが強いと思う。あの本物の勇者であるセラと戦った時くらいの本気でやれば誰にも負けないはず。でも、アンリは女神教の勇者の強さについてほとんど知らない。


 勇者も本気をだしたら、ものすごく強かったりするのかな? ほとんど知らないってことは結構不安になる。


「まー、勇者は五十年前に魔族を倒したくらいだからね。年をとってもそれほど衰えていないってことかな。でも、手合わせをしたから分かったことがあるよ」


「分かったこと?」


「うん、私との戦いで勇者は本気ではやってなかったとは思うけどね、勇者が本気を出したとしてもフェルちゃんには勝てないと思うよ」


「そうなんだ!?」


「おっとアンリちゃん、ずいぶんと食いつくね! どっちとも手合わせした私だから言える! 明らかに勇者よりもフェルちゃんのほうが強い!」


「あー、俺もフェルさんとは戦ったけど、アレは手加減されまくってたからな。フェルさんが本気を出したらたぶん勇者にも負けないと思うぜ。だいたい、負けるところを想像できねぇ」


 ムクイ兄ちゃんもゾルデ姉ちゃんの言葉に頷きながらそう言った。


 アンリは勇者の戦いをほとんど見てないけど、森の妖精亭で威圧されたときのことだけは覚えてる。


 アンリはあれだけで体を動かせなかったけど、ヴァイア姉ちゃんだけは動けたっけ……そうだ、ヴァイア姉ちゃんも言ってた。フェル姉ちゃんよりは絶対に弱いって。だから威圧される理由がないとも言ってた。


 うん、よく考えたらアンリもフェル姉ちゃんが負けるところなんて想像できない。本物の勇者だったら分からないけど、偽物の勇者なんかにフェル姉ちゃんが負けるわけないんだ。


 そう思ったらなんだか体がうずうずしてきた。


「ありがとう、ゾルデ姉ちゃん。その話を聞けて何の不安もなくなった」


「よくわかんないけど、どういたしまして。それじゃ私たちは森の妖精亭へ行って食事を食べてくるから。もちろんお酒もね!」


「飲み過ぎは良くないから気を付けてね」


「アンリちゃんにも心配されちゃうのかー……でも、ドワーフにお酒を飲み過ぎるなんてないよ! たとえ死んでも飲む!」


 ゾルデ姉ちゃんはニコニコしながらダンジョンを出て行った。ほかの皆は呆れた感じでついて行くみたいだ。


 それじゃアンリはスザンナ姉ちゃんと一緒に修行を――食事ってもうそんな時間なのかな?


 いけない。夕食の前に怪我をした魔物さん達のお見舞いをしないと。


 アビスちゃんのおかげでみんな意識を取り戻したみたいだけど、怪我の治りが悪いって聞いてる。ボスとして、それに家族として毎日ねぎらいの言葉をかけるのがスジというもの。


 今日フェル姉ちゃんが帰ってきたら明日かに聖都へ向かって出発になるはず。なら、ちゃんと行ってくるって報告もしないといけない。


 修行している場合じゃなかった。アンリも明日のための準備をしておかないと。


「スザンナ姉ちゃん、そろそろ明日のための準備をしないと。まずは魔物の皆をお見舞いして明日出発することを報告しよう」


「そうだね。それに今日は早く寝て明日に備えよう。寝坊したら置いて行かれるかもしれないしね」


「そんなことになってもスザンナ姉ちゃんと一緒にフェル姉ちゃんを追いかけるから問題なし。でも、早めに寝るのは賛成。それじゃ早速行動しよう」


 今日の夜、フェル姉ちゃんのお出迎えは出来ないけど、明日のために早く寝ることが大事だってフェル姉ちゃんなら分かってくれる。


 よし、やるべきことをやって明日に備えるぞ!

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