第182話 新たな魔王
女神教の人達が村を出て行って一時間、もう大丈夫と言うことでダンジョンを出た。
出るときはアビスちゃんが皆を転送してくれた。
先にダンジョンを出た勇者やリエル姉ちゃん達は転送じゃなかったけど、最下層から地上まで一本道で外へ出られるようにちょっと作り変えたとアビスちゃんが言ってた。
一緒に村の外までついて行ったニア姉ちゃんとロンおじさんのお話だと、勇者と賢者が村をどうするか話し合っていたみたい。不穏な気配もあったんだけど、リエル姉ちゃんがそんなことは不要、一刻も早く聖都へ急いで帰るべきだと説得してくれたとか。
そんなこともあってジョゼちゃん達は村の周囲を警戒してくれているみたい。
そしてこれから森の妖精亭で今後どうするかを決めることになった。もちろんフェル姉ちゃんもさっきの皆に声が聞こえる念話で参加だ。
当然アンリもそこに出るつもりだったんだけど、残念ながらアンリとスザンナ姉ちゃんは自分の家に帰るように言われた。
参加したいって駄々をこねたけど全然ダメ。聞く耳持たない感じで家に連れてこられちゃった。
「おかあさん、アンリは森の妖精亭でお話を聞きたい。それに聖都へリエル姉ちゃんを助けに行くんでしょ? ちゃんと作戦を聞かなきゃ」
「アンリは行かないから聞かなくていいの。そんなことよりもどこも怪我をしていないわよね? アンリがアビスに来るまで本当に心配したのよ?」
「それはごめんなさい。でも、アンリのそばにはいつもスザンナ姉ちゃんがいるから安心」
「そうだったわね、スザンナちゃん、アンリを守ってくれてありがとう」
おかあさんがそう言って頭を下げた。そしておとうさんもスザンナ姉ちゃんに頭を下げる。
「あ、いえ、その、アンリは妹……ですから」
スザンナ姉ちゃんがすごく照れてる。それにちょっと声が小さい。そこはもっと声を大にして言って欲しい。
「ええ、本当に姉妹みたいよ。それじゃ二人とももう寝なさい。夜も遅いし、今日は疲れたでしょ? 大人だって大変な日だったんだから」
それは出来ない。
実はスザンナ姉ちゃんが水を操って森の妖精亭の情報を盗聴している。大部屋にある扉から広場を通って森の妖精亭まで水で繋がっている状態だ。アンリ達もそれをこれから聞く予定。
だから大部屋にいないと内容を聞けない。それに何かあった時、突撃しやすい場所にいないと。何とか嘘をついてここにいよう。
「アンリ達はおじいちゃんが帰ってくるのを待つ。これからの方針をちゃんと教えてもらわないと」
「それは明日でもいいでしょ? フェルさんが帰ってくるのはもっと先だし、すぐに聞く必要はないわ」
「えーと、それじゃお腹すいた。今日は大変だったからお腹ペコペコ。すべてを食らいつくす勢いでお腹の虫が鳴ってる。ご飯を食べたい」
おかあさんは疑いの目でアンリを見ている。そこはもうちょっと娘を信用して。もちろんこれは嘘なんだけど。
おかあさんは「それもそうね」と言って料理の準備を始めてくれた。
よし、これでここに居られる理由をゲット。あとはスザンナ姉ちゃんと一緒に森の妖精亭での会議を聞こう。
『アンリ、聞こえる?』
これはスザンナ姉ちゃんからの念話だ。さすがにここで普通に会話したらおかあさんたちにばれるから念話で話そうってことになってる。今のアンリ達に隙はない。
『うん、聞こえる。今はどんな感じ?』
『フェルちゃんの部屋にリエルちゃんが書いた手紙とリンゴが置いてあったみたい。自分は前任の聖女、つまり今の教皇に操られているけど、意識が保てる間に女神教を連れて聖都へ行くだって』
そっか。リエル姉ちゃんは勇者や賢者に気づかれないようにフェル姉ちゃんに書き置き的な物を残したんだ。アンリも家出するときは部屋に書き置きを残す。それと同じようなことだと思う。
でも、操られている……? 確かに今日のリエルちゃんは言動がおかしい時があった。リエル姉ちゃんじゃないような気がしたのは、そのせいだったのかな?
それに操っているのは今の教皇? おじいちゃんがその人に助けを求めろって言ってなかった? そんな人に助けを求めていいのかな?
それと人を操るってどうやっていたんだろう?
レモ姉ちゃんが持ってた魔剣タンタンも人を操ることができた。遊びでディア姉ちゃんを操っていたし、そういうことができる魔道具でもあるのかな?
『ほかにも色々書いてあるみたいだけど、メインはフェルちゃんに女神教を倒してくれってお願いみたいだね……それにフェルちゃんのことを親友って書いてあったみたいだよ』
リエル姉ちゃんとフェル姉ちゃんは親友。偽物ならそんなことは言わないだろうけど、本物のリエル姉ちゃんなら絶対に言ってくれる。
『あ、村長さんがディアちゃんに仕事の依頼を出してるよ。冒険者ギルドへの依頼だね』
『おじいちゃんが?』
『うん、すごい。大金貨一万枚でリエルちゃんを奪還してほしいって依頼。それをフェルちゃんへの指名依頼にしたよ』
さすがおじいちゃん。フェル姉ちゃんなら何も言わなくても助けに行くだろうけど、村としても助けて欲しいってお願いしたんだ。うん、そういうのは大事。
それにリエル姉ちゃんは大事な村の住人。大金貨一万枚なんて想像できないけど、それでも足らないって言ってもいい。
その後はラスナおじさん達がフェル姉ちゃんを支援するような話になった。
ラスナおじさんはこうなることをちゃんと見越していたんだ? 商人さんとして結構すごいんだろうな。あとで商売のことを勉強させてもらおう。
『あ、リエルちゃんらしいことが手紙に書いてあったよ』
『ちょっと笑ってるけど、面白いことが書いてあったの?』
『うん、フェルちゃんに先に結婚するのは許さないけど、助けてくれたら先に結婚してもいいって』
リエル姉ちゃんは相変わらずぶれない感じ。でも、そこがいいところ。
『あ、フェルちゃんがリエルちゃんを助け出すって宣言したよ。皆、すごく盛り上がってる』
『うん、なんとなく宿のほうから声が聞こえる。アンリもその場に居たかった』
『そうだね、私も居たかったな。あ、今度は具体的な指示っていうかお願いをフェルちゃんがしてるよ』
『具体的な指示?』
『うん、メノウちゃんにメイドの力で情報収集をしてほしいとかお願いしてる』
メイドさんの力は侮れない。確かに情報収集ならメイドさんにお任せっていうのはアンリも知ってる常識。フェル姉ちゃんも分かってるみたい。
『それにジョゼフィーヌちゃん達にも指示を出してるね。怪我をしていない魔物さん達は全員連れて行くみたい』
『女神教の規模ってよく知らないけど、味方はたくさんいたほうがいい――スザンナ姉ちゃん、アンリ達もその場で宣言するべきじゃないかな? 明日になったらうやむやにされちゃう気がする。こういう時はノリと勢いで宣言して反論は受け付けないようにした方がいいと思う』
『それは言えてる。こういうのは先に言ったほうが勝ち。村で待機って先にいわれたら覆すのは難しい。逆に先に行くって言えば、それを覆すことも難しいだろうから』
スザンナ姉ちゃんは分かってる。なら、この後の行動も分かるはず。
スザンナ姉ちゃんとアイコンタクト。そして同時に頷く。
勢いよく家を飛び出して、一直線に森の妖精亭まで走る。おかあさんが止める声が聞こえたけど気にしない。
そして思いっきり扉を開けた。
「真打登場」
「右に同じく」
アンリとスザンナ姉ちゃんは胸の前で腕を組んで仁王立ち。皆の注目が集まった。
「フェル姉ちゃん。話は聞かせてもらった。アンリはいつでも行ける。村の皆を傷つけた挙句、リエル姉ちゃんをさらうなんて、お天道様が許してもアンリが許さない。皆のボスとして女神教に裁きの鉄槌を食らわせる」
「その通り。今回は誰がなんと言っても付いてく。村で待っているなんて無理。私を止めたければ、アダマンタイトを連れて来るといい」
『アンリ、スザンナ。今回はかなり危険なんだ。お前達はいい子にして村で待っていろ』
フェル姉ちゃんの声が聞こえた。反対しているけどもう遅い。先手必勝。もうついて行くって言ったんだからそれは覆せない。
それにアンリにはやらなくちゃいけないことがある。そのためだったら、アンリはどんな悪い子にでもなるつもり。ううん、悪い子なんて生ぬるい。アンリはフェル姉ちゃんと同じになる。
「フェル姉ちゃんの言葉でも、それには従えない。はっきり宣言する。アンリは反抗期な上に悪い子。さらに闇堕ちして新たな魔王となった。止めたければ勇者を連れて来て」
「私は第二次反抗期。大人になる前の最後のワガママ。絶対に行く」
アンリとスザンナ姉ちゃんがそう言ったら、念話越しにため息が聞こえた。
ついて行っても何も出来ないだろうし、結局はフェル姉ちゃんにお任せ。ドラゴンの威を借るゴブリンとはアンリの事。でも、勇者や賢者に一撃でも入れないと、アンリ達を守って怪我をした魔物の皆に胸を張って会えない。
どんなに反対されても絶対について行く。
『村長、二人を止めてくれ。私じゃ無理だ』
しまった。アンリ的にラスボスとなるおじいちゃんがいた。でも、今回だけは絶対に譲らない。
目に力を入れておじいちゃんを見た。
あれ? おじいちゃんは最初から反対するかと思ったんだけど、なんだか考え込んでいるみたいだ。
「アンリ、スザンナ君。絶対に危険な事はしないと誓えるか?」
ちょっとびっくりした。おじいちゃんが賛成してくれるなんて、どういう風の吹き回し? でも、これはチャンス。今、アンリには風が吹いている。
『おい、村長、何を言って――』
「危険な事はしない。この魔剣フェル・デレに誓う」
「私はもういない両親に誓う。アンリを守るのは私の役目だから、危険な事はしないし、させない」
アンリはこの剣、魔剣フェル・デレ、バージョンツーに誓う。そしてスザンナ姉ちゃんはご両親に。これほどの誓いはないって自負してる。
「アンリ達の覚悟は分かった。なら、おじいちゃんと一緒に行こう。二人とも私のそばを離れないようにしなさい」
おじいちゃんの了承という最高の許可を手に入れた。これで聖都までリエル姉ちゃんを助けに行ける。スザンナ姉ちゃんもびっくりしたみたいだけど、嬉しさがこみあげてきたのか、笑顔でバンザイした。アンリも体全体でバンザイしよう。
あれ、でも、おじいちゃんも来るって言った? それはそれで嬉しいけど、なんでだろう?
『ちょっと待て。まさか、村長も来るのか?』
「はい。二人が危険な事をしないための監視役です。それに聖都で会っておきたい相手がいますので……まあ、そっちはついでです。本命はリエル君の救出ですよ」
おじいちゃんは聖都に用事があるみたい。でも、メインはリエル姉ちゃんの救出って言ってる。確かにそこは間違えちゃいけない。アンリもリエル姉ちゃんの救出がメインで皆の報復はその次って考えておかないと。
そのあと、フェル姉ちゃんはアンリ達が付いてくるのは保留とか言い出した。もっと空気を読んで欲しい。でも、おじいちゃんの許可があるんだから絶対について行く。
『それじゃ念話を切るぞ。各自で色々準備しておいてくれ。私もすぐに村へ帰るから』
フェル姉ちゃんはそう言って念話を切った。
おじいちゃんがアンリ達を連れて行ってくれるのはちょっとだけ想定外だったけど言質は取った。絶対に覆させない。でも、おじいちゃんはどうしたんだろう? なんだかいつもと違う感じ。女神教が襲ってきたから疲れちゃったのかな?
「おじいちゃん、大丈夫? 心配はしてるけど、治ったとたんにやっぱり聖都へ行くのは駄目とか言わないでね?」
「ははは、言わないよ。ちょっと複雑なことがあったから考え込んでしまってね……アンリ、スザンナ君、一緒に聖都へ行くわけだが、本当に危険な事だけはしちゃいけないよ? それだけは絶対に守ってくれ」
「うん、剣にも誓ったし、危険なことはしない」
「私も危険なことはしません」
「うん。信じよう」
おじいちゃんはそう言ってアンリとスザンナ姉ちゃんの頭を撫でた。
そして周囲を見渡す。
「さて、フェルさんが帰ってくるまでまだ時間はあるだろうが、それほど時間があるわけじゃない。各々で準備をしてほしい。力ではフェルさんに頼ってしまうことになるが、我々にもできる事があるはずだ。リエル君を取り戻せるように皆で頑張ろう!」
おじいちゃんがそういうと、皆も雄たけびを上げた。
アンリもそれにならって「うおー」って雄たけびをあげる。よし、気合が入った。これで大丈夫。
入口に家から来たおかあさんとおとうさんが怖いような、それでいて呆れたような顔をしてこっちを見ているけど、今のアンリにそんなものは効かない。これから怒られるのも覚悟してる。
でも、どんなに怒られても絶対にリエル姉ちゃんを取り戻しに行く。そして皆のために勇者と賢者に報復するんだ。フェル姉ちゃんが帰ってくるまでにしっかり準備するぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます