第181話 本物の聖女スマイル

 

 リエル姉ちゃんが変な声を出したけど、それはいつものリエル姉ちゃんが出すような声だった。もしかして元に戻った?


 でも、今のリエル姉ちゃんは苦しそうにしている。森の妖精亭で頭が痛かった時みたい。綺麗な顔に少しだけ汗が浮き出て痛さを耐えているような感じになっている。


「申し訳ありません。すこし体調がすぐれないようですね。ですが、お気になさらずに――ぐっ!」


 たぶん、念話でフェル姉ちゃんに言ったんだと思う。そしてさっきよりも苦しそうな顔をして地面に膝をついた。そこにヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんが駆け寄る。


 フェル姉ちゃんはリエル姉ちゃんに何を言ったんだろう? 明らかにフェル姉ちゃんの言葉がリエル姉ちゃんの状態に影響を与えていると思うんだけど。


「リエルちゃん! 大丈夫!? どこか痛いの!?」


 ヴァイア姉ちゃんが四つん這いになって苦しそうにしているリエル姉ちゃんに寄り添って背中を撫でている。頭が痛いってよりは体全体が痛い感じなのかな?


 アンリも近寄って何かしたいけど、何をしてあげればいいか分かんない。


『ヴァイア、リエルはどんな感じなんだ?』


 フェル姉ちゃんの声が聞こえた! もしかして帰ってきた!?


「え? フェルちゃん? 帰って来たの?」


『違う、多分、アビスのおかげで、その部屋に声が送れているだけだ』


『はい、その通りです。いま、この部屋はフェル様へ映像や声を届けていまして、フェル様からは声が届く様になっています』


 そういう状況なんだ? それはそれで残念だけど、フェル姉ちゃんの声が聞こえただけでこうやる気が漲ってくる。


 ヴァイア姉ちゃんはフェル姉ちゃんにリエル姉ちゃんの状況を伝えた。分析魔法を使ってもリエル姉ちゃんの状況が分からないみたい。苦しそうなのは分かっているのに状態が健康ってどういうことなんだろう?


『馬鹿な。ここまで来れるのか?』


「やれやれ、この老体に無理をさせるのは感心しないな。だが、久々に体を動かせていい運動になった」


「たまにはお主も国の外へ出ればいいんじゃ。女神教の最高戦力だからと言って、ずっと聖都にいる必要はあるまい」


 アビスちゃんが驚いた声を出した後、階段から勇者と賢者がやってきた。


 それに気づいた皆が、手に持っている武器を構えた。アンリも剣を抜こうとしたけど、おじいちゃんがそれをさせてくれない。首を横に振って「アンリ、さっき言ったことを守りなさい」と小声で言った。


 さっき言ったこと。つまり、従順なふりをしておくって話だ。


 ラスナおじさん達が言ってた。短期的な損得に惑わされてはいけないって。今のアンリじゃ絶対に勝てない。今は負けても後で勝てばいい。時間をかけて力をつけてから戦うことが正解なんだと思う。


 ――でも、そんなこと出来る訳がない。


『お前は誰だ?』


「誰の声だ? ……いや、これがフェルと言うヤツの声か? どのような術式を使えば、このような念話が使えるのだろうな?」


『質問に答えろ』


「そうだったな。なら名乗っておこう。勇者バルトスだ。魔族の天敵と言えばいいか?」


 アンリも剣を抜こうとしたら、フェル姉ちゃんと勇者の会話が始まった。それにスライムちゃん達がアンリ達の前に踊り出る。アンリ達を守ろうとしているんだと思う。


『バルトス、お前を止めようとした魔物達はどうした?』


「殺したに決まっているだろう? 遊びに来たとでも思っているのか? リエルを渡せばそんな事にもならなかったのに、馬鹿な事をしたものだな」


『貴様……!』


 念話越しでも分かる。フェル姉ちゃんから殺気のこもった声が聞こえた。でも、大丈夫。魔物の皆は怪我をしているけど、死んでなんかいない。


 アビスちゃんがそれをフェル姉ちゃんに説明した。でも、勇者のほうも聖剣で斬ったから簡単には治せないって言いだした。アビスちゃんはそれも悔しそうにフェル姉ちゃんに説明してる。


 その話が終わったのを見計らったように勇者がリエル姉ちゃんのほうを見た。


「もういいか? なら、話を進めよう。リエル、こっちに来い。遊びは終わりだ。聖都へ帰るぞ」


「は、はい、失礼しました。思った以上に抵抗が激しく、なかなか安定しませんでしたので」


 抵抗? 安定? リエル姉ちゃんはやっぱり何かされている?


『待て、リエル。行くんじゃない。そもそも、お前は誰だ?』


「わ、私はリエルですよ、フェルさん。そして女神教の聖女。魔族とは敵同士の間柄、ですね……」


『リエルがそんなことを言うわけないだろうが!』


 リエル姉ちゃんは苦しそうにしながらも立ち上がってそう言った。やっぱり違う。このリエル姉ちゃんは偽物。アンリもフェル姉ちゃんと同じ考え。リエル姉ちゃんが魔族を敵なんていう訳がない。


「じ、事実、私は言っているじゃないですか……では、迎えが来ましたので帰らせてもらいますね。ここでの生活は楽しかったですよ……」


『リエル、行くな。お前と私は親友だろう? お前には聞いて欲しいことが沢山あるんだ。それに、お前がいなくなったら私は――』


「ぐう!」


 リエル姉ちゃんが苦しそうに胸を押さえて、また片膝をついた。でも、苦しそうなのは一瞬で終わってスッと立ち上がった。そして周囲を見渡している。


 どうしたんだろう? それになんだか雰囲気が変わった?


「フェル、さん。貴方はいま、どちらにいらっしゃるのですか?」


『……知っているだろう? いまはウゲンにいる』


「……そうですか。見送りには来れないという事ですね。とても残念です」


 いつものリエル姉ちゃんじゃないけど、さっきまでとは明らかに違う感じがする。聖女モードの時のリエル姉ちゃんみたいな……?


「私は聖都へ戻ります。このままでは村に迷惑をかけてしまいますからね」


『何を言ってる! 迷惑だと思っている奴なんていない!』


「勇者がいるのですよ? 迷惑どころか全滅するおそれだってあります。そうなったら、私は悲しい……ですので、私の気が変わってしまう前に自分の意思で村を出ようと思います。聖都へ帰る許可をくださいますね?」


 言っていることは何も変わっていない気がする。でも、今のリエル姉ちゃんからは村の皆を守ろうとしている感じがする。これは本物のリエル姉ちゃん?


「返事がないのは肯定ですね。では、バルトスさん、シアスさん、帰りましょうか。これ以上の対立は不要です」


「どうやら安定したようだな。なら帰るとするか」


「ふむ、ならば、すぐに帰る用意をさせよう」


「では、皆さん。ご迷惑をおかけしました。落ち着いたら改めて謝罪に伺いますので……そうそう、ニアさん、ロンさん」


 リエル姉ちゃんがニア姉ちゃんとロンおじさんのほうを見て微笑んだ。でも、二人にどんな用事があるんだろう? 呼ばれた二人もびっくりしてる。


「宿の二階の奥の部屋。私が泊まっていた部屋ですが、私物を取りに戻りたいので、預けていた鍵を貸してくれませんか?」


 森の妖精亭にある二階の奥の部屋? それってリエル姉ちゃんが泊っていた部屋じゃなくて、フェル姉ちゃんが泊っていた部屋じゃ?


「ああ、そうだったね。でも鍵は宿にあるんだよ。一緒に行こうか。ほら、アンタも来な」


 当然ニア姉ちゃんとロンおじさんも絶対に気づいている。でも、何か理由があると思って気づかない振りをしているみたいだ。ここにいる皆も気づいているみたいだけど、誰も気づかない振りをして何も言わずにそのままにしてる。


 もちろん、フェル姉ちゃんだって気付いているはずだ。でも念話で何も言ってこない。何かあるって思っているんだと思う。


 勇者と賢者、ニア姉ちゃんとロンおじさん、それにリエル姉ちゃんが階段のほうへ歩き出した。でも、階段を上がる前にリエル姉ちゃんが立ち止まった。


「では、フェルさん」


『……なんだ?』


「いままで楽しかったですよ。こんな日常がずっと続けばいいと思うほどに。でも私にはやることがあります。申し訳ありませんが帰らせていただきますね……では、また会いましょう」


『……ああ、分かった。また会おう』


 フェル姉ちゃんがそう言うと、リエル姉ちゃんが笑顔になった。


 いつか見た本物の聖女スマイル。


 そしてこちらを見渡してから一度だけ頭を下げて階段を上がっていった。


 アンリには分かる。たぶんフェル姉ちゃんにも。


 さっきのリエル姉ちゃんは偽物なんかじゃない。偽物にあんな笑顔は作れない。リエル姉ちゃんは偽物のふりをしながら、村の皆のために聖都へ行くんだ。


 ニア姉ちゃんの時と同じだ。なら今回も同じ。フェル姉ちゃんが女神教からリエル姉ちゃんを取り戻してくれる。


 でも、今回はちょっと違う。


 絶対にアンリもついて行ってリエル姉ちゃんを救い出す。役に立つとか立たないじゃない。足手まといなのも分かってる。でも、行かなきゃいけない。


 たとえお遊びだったとしてもアンリは皆のボス。皆がやられて黙っているなんてありえない。ボスとして勇者と賢者に報復をしないと怪我をした皆に合わせる顔がない。


 やられたらやりかえす。徹底的に。禍根は残さない。


 おじいちゃんから教わった村の方針。必ず実行するぞ!

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