第180話 ドスの利いた声

 

 あれからまた結構な時間が過ぎた。


 ジョゼちゃん達はこの最下層で勇者たちを撃退するつもりだ。真剣な顔で作戦を立てている。でも、その作戦に玉砕するつもりとか、粘液で取り込んでそのまま自爆するとか怖いことを言ってる。


 それは駄目ってお願いした。皆は頷いてくれたけど、多分やるつもりだと思う。簡単に命を散らさないで欲しいんだけどな……。


 散らすと言えば、ミノタウロスさん達が勇者たちに負けて最下層へ転送されてきた。無事ではあるんだけど、かなり重傷。それに治癒魔法で怪我が治せないみたい。綺麗な包帯を使ってぐるぐる巻きにするっていう方法で怪我を治すみたいだけど、本当に治るのかな?


 ミノタウロスさん達はそんな状態でも戦おうとしている。ジョゼちゃんが怪我人は黙って寝ていろって言ってようやく大きなベッドに横になってくれた。でも、勇者達が来たら戦おうとする気がする。


 頼もしいって思う反面、もう戦わないでって思っちゃう。


 他の魔物さん達も少しずつ最下層へ転送されている。オークさんやコカトリスさん、それに植物系の魔物や狼さん達、みんな勇者たちにやられているみたい。


 でも、勇者と賢者以外の人達はほとんどダンジョンの外へ出したから、ここに向かっているのはその二人だけ。


 それはそれとして、ちょっと問題が起きてる。


 リエル姉ちゃんが目を覚ました。でも、目を覚ましたら人が違っている感じになってる。というよりもディア姉ちゃんがリエル姉ちゃんを眠らせるときと同じ感じって言えばいいのかな?


 ヴァイア姉ちゃんがそんな風になったリエル姉ちゃんを説得しているようだけど……本当にどうしちゃったんだろう?


「離しなさい。私は聖都へ戻ります」


「何言ってるの! 皆、リエルちゃんを守ろうとしているんだよ!? ニアさんのときみたいに一人だけ犠牲にさせる訳ないでしょ!」


「何の話をしているのか分かりませんが、私は犠牲になるのではありません。女神教の素晴らしさを思い出したのです。私がここにいること自体が間違っている、それを正そうとしているにすぎません」


「ここにいることが間違っているわけないでしょ! ここにいることが正しいことなの!」


 リエル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんのやり取りが続いている。そのすぐそばにディア姉ちゃんが立っているけど、右手を口元に当てて何か考えているみたいだ。


「アンリ、スザンナ君、ちょっといいかな?」


「おじいちゃん? なにかアンリに出来ることがあるの? 何でもやる」


「いや、そうじゃないんだ。伝えておかないといけない話があるんだよ」


 アンリとスザンナ姉ちゃんに? 何の話だろう。


「いいかい、よく聞くんだ。もしここへ勇者が来たら大変な戦いになるだろう。もしかしたら私達は命を落とすかもしれない。でも、アンリやスザンナ君はまだ子供だ。助かる可能性は高い。今はちょっとおかしいが、二人をリエル君にお願いするつもりだ」


「おじいちゃん、何を言ってるの? そもそも命を落とすなんて言わないで」


「いいから聞くんだ。私たちに何があっても絶対に勇者達に逆らっちゃダメだ。戦おうとさえしなければ悪いようにはされないはず。そしておそらくリエル君と一緒に聖都へ連れていかれるだろう。もしそうなったら教皇に会いなさい。名前はアンリだと言って教皇に取り次いでもらうようにするんだ」


 おじいちゃんはさっきから何を言ってるんだろう? アンリ達が聖都に連れていかれたら教皇に会う?


「教皇を倒して皆の仇を取れって話?」


「違う。教皇はおじいちゃんの知り合いなんだ。そしてアンリのことも知っている。この村のことも知っているはずなんだが、女神教はなぜかこのようなことをしてきた。おそらくだが、勇者と賢者の独断ではないかと私は思っている。教皇がこの村を攻撃するわけがないんだ」


「理由は分からないけど、教皇って人に会えばいいの?」


「そうだ。教皇はアンリの力になってくれるはずだ。だからもし私たちに何かあったら教皇を頼るんだよ」


「頼るならフェル姉ちゃんのほうがいい」


 アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんも力強く頷いてくれた。おじいちゃんも笑顔で頷いてくれる。


「おじいちゃんもそう思う。だが、フェルさんと一緒にいない間は女神教に従順な態度でいなさい。いつかフェルさんに助けてもらえる時までね」


「そういう理由なら分かった。アンリはスパイとして女神教の中枢に食い込む。そして内部からフェル姉ちゃんと連携して女神教をつぶす。でも、なんで教皇って人はアンリのことを知ってるの? アンリの知ってる人?」


 おじいちゃんがなぜか優し気な顔をした。


「アンリは覚えていないだろうね。でも、今の教皇はアンリを知っているよ。赤ん坊のころからね」


「そうなんだ? 名前は?」


「名前はティマ。アンリのことを本当の子供のように可愛がっていたんだよ」


 アンリにそんな記憶はないんだけど、おじいちゃんがそう言うなら間違いないのかな?


「あの、村長さん、色々疑問なんですけど、どうして村長達が教皇と知り合いなんですか?」


 スザンナ姉ちゃんがそう言うと、おじいちゃんはちょっと考え込んじゃった。なにか迷ってる?


「スザンナ君の疑問はもっともだね。分かった。なら伝えておこう。本当はもっと大きくなってから伝えようと思ったんだが……これから言うことは他言無用だ。誰にも言わないで欲しい。実はアンリは――」


『これは一体どういう状況ですか?』


 おじいちゃんの話を遮って別の声が聞こえた。


 この声はアビスちゃんだ!


 おじいちゃんの話は後! まずはアビスちゃんに状況を説明してここを守ってもらわないと!


「アビスちゃん! アンリ達はいま女神教の人たちに襲われてる! お願い、助けて!」


『――なるほど、そういう状況ですか。分かりました。防衛システムを起動させます。侵入している二人を何とか食い止めましょう』


 アビスちゃんがそう言うと、ダンジョン自体が地震みたいに少し揺れた。


 よく分からないけど、防衛システムというのが動いているのかも。


『入り口を結界で覆っているからこの中と念話が出来なかったんですね。すぐに解除してフェル様に連絡するようにします。しばらくお待ちください。あと魔物達はすべて最下層へ転送しました。代わりにエネミー……魔素の魔物達に防衛させます』


 すごい、アビスちゃんが戻って来てから色々好転している感じ。皆も笑顔になってる。


 でも、アビスちゃんはどうやって戻ってきたんだろう? フェル姉ちゃんと一緒に獣人さん達の国へ行ってたはずなのに。


「アビスちゃんはどうやって戻ってきたの? フェル姉ちゃんもすぐに戻れたりする?」


『フェル様はすぐには戻れません。私の場合は元々本体がこのダンジョンなのです。ウゲン共和国へ行ったのは私が操作していた人形のようなものですので、そちらの操作をやめて本体に戻っただけです』


 よくわかんない。でも、アビスちゃんが戻って来てくれたのは嬉しい。フェル姉ちゃんがすぐに戻れないのは残念だけど、これなら何とかなるかな?


『外にある結界を解除しました。いま、フェル様に連絡をしています』


 みんなから歓声があがった。


 うん、フェル姉ちゃんに状況が伝わったのならどうとでもなりそう。


「ダンジョンに意志があるとは恐ろしいですね。女神様の力を使って破壊する必要があるでしょう」


 リエル姉ちゃんがそんなことを口走った。


 リエル姉ちゃんは絶対におかしい。森の妖精亭で頭痛がひどかったみたいだけど、痛すぎてちょっと変になっちゃったのかな?


『破壊する? 貴方はリエル様……か? おかしなステータスはないな。正常のはずだが明らかに言動が……?』


「そうなんだよ! 明らかにリエルちゃんはおかしいのに私の分析魔法でも正常だって!」


 アビスちゃんもヴァイアちゃんもリエル姉ちゃんを調べたのかな? でもおかしいところはないみたい。どう考えてもリエル姉ちゃんはおかしいのに。


『まさか、チャンネルに侵入するとは――』


 アビスちゃんが驚きの声をあげた。珍しいけど、どうしたんだろう?


「アビスちゃん、どうかしたの?」


『フェル様との念話に女神教の人族が割り込んできました。私のセキュリティを突破するとは――本当に人族か?』


 念話のチャンネルに割り込んだってことかな? それはともかく、アビスちゃんはフェル姉ちゃんと念話してたんだ? ならようやくフェル姉ちゃんに村の状態が伝わったんだと思う。


「それはどうでしょうか?」


 え? なに? リエル姉ちゃんの独り言?


 リエル姉ちゃんはこめかみに指を当てている。あれって念話するときによくやるポーズ? 誰かと念話してるの?


「こんにちは、フェルさん。リエルです」


 周囲がザワっとする。リエル姉ちゃんがフェル姉ちゃんと念話してるんだ。でも、どうやって? そういえば、さっき結界を解除したとか言ってたっけ? でも、いつの間に?


「はい、聖女リエルです。この度は私のせいで色々とご迷惑をおかけしました。ですが、ご安心ください。私は聖都へ帰ることにしました」


 リエル姉ちゃんが笑顔でそんなことを言っている。


 フェル姉ちゃんの声が聞こえないからどんな会話をしているのか分からないけど、どう考えてもいつものリエル姉ちゃんじゃない。


「ふふふ、フェルさんにははしたない姿を見せておりましたね。私も聖都を離れて少し羽目を外し過ぎました。普段の話し方はこの話し方なのですよ」


 リエル姉ちゃんとフェル姉ちゃんの会話が続いている。アンリもそうだけど、皆もリエル姉ちゃんの言葉をジッと聞いているみたい。


「普段の私の方が演技だったら、ということですよ……本当に私が魔族と親友になるとでも?」


 ……アンリの中でいま決まった。目の前にいるリエル姉ちゃんは絶対にリエル姉ちゃんじゃない。リエル姉ちゃんはフェル姉ちゃんと親友。


 こんなことをいうリエル姉ちゃんは偽物だ。


「私は私ですよ、フェルさん。ですが、私がリエルじゃないというなら、聖都へ戻っても構いませんね? ……返事がないようなので聖都へ帰りますね。いままでありがとうございました」


 リエル姉ちゃんが上へ行く階段のほうへ歩き出した。ヴァイア姉ちゃんもディア姉ちゃんも止めたそうだけど、動けない感じになってる。


 ならここはアンリが止める。たとえ偽物だとしても、行かせるわけには行かない。タックルしてでも止めるべき。


 そう思って足を踏み出したら、リエル姉ちゃんが歩くのをやめた。


「なんでしょう? 最後ですから聞いておきますよ」


 フェル姉ちゃんが念話で引き留めたんだと思う。でも、何を言うつもりなんだろう?


 すぐにリエル姉ちゃんが形容しがたい顔をした。すごく場違いなことを言ったから理解が追いつかない、そんな顔だ。


「それが言っておきたい事ですか? そうですか、それはおめでとうございます。聖女として祝福をしま――あぁ?」


 あれ? 最後だけはいつものリエル姉ちゃんみたいな声を出した。アンリ達に彼氏を作るなとか結婚は俺のあとっていう時のドスの利いた声。


 いつものリエル姉ちゃんに戻ったのかな?

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