第179話 最下層

 

 ミノタウロスさん達と別れてから三時間くらいでダンジョンの最下層へやってきた。


 途中、ミノタウロスさん達と同じように、魔物の皆はそれぞれの階層で女神教の人達を足止めしてくれるみたい。ヴァイア姉ちゃんは会うたびに魔道具を渡していた。たぶん大丈夫だとは思うけど、それでも心配。


 そしてようやく最下層へ着いたわけだけど、ここは何なのかな?


 ここがどういう階層なのかは分からないけど、ほとんど何にもない白い部屋だ。でも、すごく広いから圧迫感はない。それに何もないとは言っても、ベッドとかテーブルなんかはたくさんある。これならちゃんと籠城できるかも。


 アンリ達が到着すると、先に避難していた皆から歓声が上がった。おかあさんとおとうさんもいるし、見た限り全員いるみたいだ。


「アンリ、心配したのよ? いつもアビスで遊んでいたからここにいると思ったのにいないんですもの」


「うん、ごめんなさい。スザンナ姉ちゃん達と一緒に森の妖精亭へ行ってた」


「アーシャ、あまりアンリを怒らないでやってくれ。アンリがスザンナさんやゾルデさん達を連れてきたから無事にここまで来れたんだからね」


 おじいちゃんがアンリを擁護してくれている。


 でも、アンリは何もしてない。単に皆について行っただけ。もっと役に立ちたかったな……ううん、今でも何かしらの役に立てるはず。誰かのお手伝いをしよう。


 そうだ、ゾルデ姉ちゃんは大丈夫かな? アンリ達を守って気を失ったんだから看病しないと。


「ゾルデ姉ちゃんはここにいるよね? グラヴェおじさんがおんぶしてったはずだけど?」


「ええ、あそこのベッドに寝かせているわ。そうね、見た限りでは怪我はないけど、司祭様もいらしたし、ちゃんと診てもらいましょう」


 アンリが看病するよりも司祭様のほうがいいに決まってる。ゾルデ姉ちゃんは司祭様に任せてアンリは別のことをしよう。


 何かないかなと思って周囲をみていたら、スザンナ姉ちゃんが首を傾げてアンリを見た。


「アンリ、さっきからキョロキョロしているけどどうかしたの?」


「うん、アンリは全然役に立たないから、せめて何かお手伝いをしようと思ったんだけど。アンリでも出来ることって何かないかな?」


「アンリはまだ子供なんだから何もしなくていいんじゃないかな? むしろ安全な場所でジッとしているのが一番いいと思う」


「それはそうなんだけど――」


「はっはっは! アンリ殿は真面目ですな!」


 スザンナ姉ちゃんとお話をしていたら、ラスナおじさんとローシャ姉ちゃんがやってきた。


 でも、真面目? 皆の役に立ちたいと思うのは真面目なわけじゃないと思う。単純にそうしたいだけ。それに村の誰かが困ってたら助けるのは当然じゃないかな? フェル姉ちゃんだって絶対にそうする。


「アンリ殿、人には適材適所というものがあります。私を見てごらんなさい。ここでは全く役に立ちません。もちろん、こちらのローシャ会長も同じですな!」


「まあ、間違ってはいないけどラスナが言わないでよ。だいたい女神教と戦うなんて無理に決まってるじゃない」


「はい、確かに我々が女神教と武力で事を構えるのは無理でしょう。しかし、ですぞ?」


 ラスナおじさんはアンリを見て二コリと笑った。


「我々には商人としての力がある。女神教と戦うのは無理ですが、別の方法でお役に立てるということです」


「例えば?」


「フェルさんがこの状況を放っておくとでも? 私の見立てでは、フェルさんは必ず女神教へ報復するでしょう。その時に我々が物資の支援をすればいいのです。役に立つのにも時期やタイミングというものがあるのですよ。それを見極めるのが大事なのですぞ?」


 今は無理だけど、いつか役に立てるときが来るってことなのかな? なんとなく意味は分かるけど、そもそもアンリが役に立てるときが来るのかどうか分かんない。


 それとラスナおじさんはやる気だけど、ローシャ姉ちゃんはちょっと乗り気じゃない気がする。


「ラスナ、貴方ね、本当にやる気なの? 女神教と争うなんてしたくないんだけど。それにどう考えても損をするわよ?」


「我々は商人としてフェルさんに賭けたんです。ならば最後までお付き合いしないといけませんな。それに会長のお父様も良く言っておられるでしょう? 短期的な損得に惑わされてはいけないと。フェルさんを支援することで一時的に損をするかもしれませんが、数年後はどうなっているか分かりませんぞ?」


「まあ、そうかもしれないけど……今はその数年後の未来があるのかどうかの瀬戸際なのよね。なんてタイミングでこの村に支店を作っちゃったのかしら。大金貨一万枚も払ったのに……これもお父様がいう短期的な損得に惑わされるなってことなの?」


 なんかアンリのことを放っておいて商売のお話をしている気がする。時間を無駄にしたとは思わないけど、もうちょっとアンリのことを構って欲しかった。


 でも、そうか。今のアンリでは役に立てなくてもいいって慰めてくれたのかも。なら大人しくしていようかな。


 あ、バンシー姉ちゃんが何か薄い板を持って色々やってる。邪魔にならない程度に色々聞いてみよう。


 ラスナおじさん達から離れて、スザンナ姉ちゃんと一緒にバンシー姉ちゃんに近寄った。バンシー姉ちゃんはアンリ達に気づくとニコッと笑ってくれる。でも、ちょっとお疲れ気味だ。


「バンシー姉ちゃん、大丈夫?」


「ええ、大丈夫ですよ。今はアビスの管理をしているのですが、色々と覚えることが多いし、罠の発動タイミングがなかなか難しいのでちょっとだけ疲れてしまいましたが……でも、そんな泣き言は言ってられないですね。ほかの皆が頑張っているのに」


 バンシー姉ちゃんはそう言って、ベッドに寝かされているシルキー姉ちゃんを見た。ジョゼちゃんが自身の亜空間から取り出してベッドに寝かせたみたい。


 森の妖精亭でリエル姉ちゃんが傷を塞いだみたいだけど、血が足りないからちょっと顔色が悪い。バンシー姉ちゃんはシルキー姉ちゃんと仲がいいからすごく心配なのかも。


 それにシルキー姉ちゃんがこんなになるまで頑張ったから負けられないって思ってるのかな。


「あまり無理はしないでね」


「はい。大丈夫です。それにミノタウロス達が頑張ってくれていますから。さすがは魔界出身の魔物ですよね。かなりの時間を足止めしてくれているので、こちらにも余裕が出来ました」


「頑張ってくれているんだ?」


「ええ、もう一時間くらい持ちこたえてくれています。その間に罠を発動させて女神教の人たちを外へ追い出しています。ただ――」


 なんだろう、バンシー姉ちゃんが言い淀んだ?


「ただ、なに?」


「勇者と賢者にはこの外へ追い出す転送が効きません。何かしらの対策をしているのか……老人と言うことで移動スピードは遅いのですが、確実に近寄って来てますね。皆で一斉に襲い掛かったとしても勝てるかどうか――」


「バンシー、弱気は体にも影響する。必ず勝てるとそう信じろ。それに私たちが負ければ、村の皆さんにも危害が及ぶ。精神論でしかないが、絶対に負けんという気持ちを持て」


 ジョゼちゃんとシャルちゃん、それにマリーちゃんが来た。


「シャルちゃんとマリーちゃんは大丈夫なの? 魔力が枯渇してたんだよね?」


「私が魔力を分け与えました。戦えるくらいにはなっております。ですが、それはまた後で。今は先にこちらを――バンシー、アラクネとロス、それに青雷を最下層へ呼び戻してくれ」


「それは構いませんが、各階層での防衛が手薄になりますよ?」


「構わない。おそらく勇者と賢者を相手にするには個別で戦っても意味がないと思う。勇者と賢者だけであれば、我々全員で相手にしたほうが勝てる見込みはあるだろう。ミノタウロスやオーク、それにコカトリスや植物チーム、狼達には勇者以外の足止めをしてもらうつもりだ」


「分かりました。それでは念話を送っておきます」


 バンシー姉ちゃんはそう言って頷くと、また薄い板を操作し始めた。あれで念話を送っているのかな。


「アンリ様、スザンナ様。先ほど確認しましたが、勇者たちの侵攻スピードから考えてまだまだ時間はあるでしょう。しかし、フェル様がお戻りになるまで耐えるのは厳しいと思います」


「そうなんだ……」


 アンリも薄々はそんな気がしてた。ウゲン共和国からここまで結構な距離がある。すぐには帰って来れない。どんなに頑張っても四日も五日も耐えられないと思う。


「なので、この最下層で勇者たちを迎え撃ちます。怖いのはあの二人だけです。総力戦で戦えば何とかなるでしょう」


「大丈夫なの? ダンジョンの中では死なないって言ったけど、最下層でやられても最下層へ転送されちゃうから意味がないと思う」


「そうですね。ここで負けたら間違いなく死ぬでしょう」


 心臓がドクンとなった。


「ですが、村の皆さんは家族。アンリ様はそうおっしゃってくださった。家族のために戦って死ねるならこれほど名誉なことはありません」


 アンリが昔に言った言葉がすごく重しになっている気がする。考えなしに言ったわけじゃないけど、すごく責任のある言葉を言っちゃったんだ。


「先ほど、ドラゴニュートの皆さんにもお願いしてきましたが、スザンナ様にもお願いがあります」


「うん、なに?」


「我々が倒れたとしたら、皆さんをお願いします。勇者や賢者の腕の一本や二本は必ず奪いますので、とどめをお願いします」


「……うん、任せて。私はこれでもアダマンタイト。勇者だか何だか知らないけど、手負いの自称勇者なんかには負けないから」


「はい、よろしくお願いします。では私たちはこれで。決戦のために魔力の回復に努めます」


 ジョゼちゃん達はそう言ってこの場を離れていった。


 アンリはなんて無力なんだろう。戦うこともお手伝いも出来ない。皆に守られているだけ。早く大きくなって力を付けたい。強くなってフェル姉ちゃんみたいに大事な人達を守れる力が欲しい。


 この危機を乗り越えたらこれまで以上に修行して必ず強くなる。だからそれまでは誰も死なないで。

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