第178話 第八階層ラビリンス

 

 ジョゼちゃんと合流したアンリ達はアビスちゃんのダンジョンを奥へ奥へと進んでいる。


 奥、つまり下の階層へどんどん移動しているわけなんだけど、階段を下りた後はジョゼちゃんが下りてきた階段を壊す。そうすることで女神教の人たちを足止めするためだ。


「アビスに怒られるかもしれませんが、今回は致し方ありません。可能な限り足止めしていきましょう。出来ればヴァイア様も壁ドンで色々と破壊しながら進んでください」


 ヴァイア姉ちゃんは筋肉が全くない腕を曲げて力こぶアピール。


「分かったよ! もうジャンジャン壊していくから!」


 やり過ぎは良くないけど、アビスちゃんも分かってくれると思う。


 この階段壊しや壁壊し、それにバンシー姉ちゃんのトラップ操作などで女神教の人たちとは結構距離が離れた。バンシー姉ちゃんの話だと、五階層くらいは離れているみたい。


 アンリ達はいま第八階層。勇者や賢者は第三階層ってことかな。鉱山エリアのトロッコは動かなくしてあるからなかなか来れないと思う。


 距離が離れたところで皆も少し余裕が出てきたみたい。歩きながら色々お話してる。


「司祭様、妖精亭での勇者の言動ですが――」


「うむ、儂らを殺す気だったな。冗談で言ったのではなく、本気だったと思う。怪しいとは思っていたが、住人の保護と言っておったのは、どちらかと言えば異端者の取り締まりだったんじゃろう。逃げ出したのは正解じゃったわい」


「こんなに過激な組織だったとは驚きました」


「勘違いしてほしくないのじゃが、女神教ではなく勇者や賢者が極端に魔族を嫌っているだけじゃ。あの頃を生きた人族は魔族に対していい感情は持っておらん。儂もその世代じゃが、今はそんな風に思っておらんよ。儂だけでなく女神教にはリエル様のように平和を望んでいる者も多いんじゃ……」


「ええ、そうですね。問題はその魔族を嫌っている二人が異様に強いということでしょうか。当時の魔族とやり合えたというのも嘘ではないようですね」


「人族最強と言ってもいい者達が二人も相手とはのう……全く困ったもんじゃな」


 人族最強が二人。確かにその通り。でも、心配しなくていいと思う。


「おじいちゃん、司祭様、安心して。フェル姉ちゃんは魔族最強。最強の数で数えると、二対一だけど、フェル姉ちゃんが負ける訳ない。今は近くにいないけど、すぐに帰って来てくれるから」


 おじいちゃんも司祭様も、アンリの言葉に笑顔で頷いてくれた。


 そう、フェル姉ちゃんは魔族の中で一番強い。それに魔王。本物の勇者と互角以上に戦えるんだから、偽物の勇者なんてワンパン。フェル姉ちゃんが帰ってくるまでアンリ達が持ちこたえれば、それだけで勝てる。


 アンリの言葉にジョゼちゃんが「その通りです」って同意してくれた。というか、この場にいる皆が笑顔でうんうんと頷いてる。


「フェルちゃんは強いからね! どんな相手も一撃だよ!」


「ヴァイアちゃんに同意だね。ギルド本部で見たフェルちゃんはそりゃもう強かったんだから。本気をだしたらアダマンタイトを子供扱いだったよ!」


「だよなぁ! 俺もフェルさんと戦ったんだけど、しっぽを持っておもいっきりぶん投げたんだぜ? あんな馬鹿力、ドラゴニュートだって出来ねぇよ!」


 ヴァイア姉ちゃん達が盛り上がってる。さっきまでちょっと暗い感じもしてたからちょっと元気が出たのかも。


 元気な足取りになって先を進むと、ミノタウロスさん達がいた。


「皆さん、お疲れ様です。最深部はもっと先ですので、どんどん先にお進みください」


 ジョゼちゃんが念話用魔道具を通してミノタウロスさんの言葉を通訳してくれている。それはいいんだけど、ミノタウロスさん達はどうしてここにいるんだろう?


「二人も早く奥へ行こう。結構距離はあるけど、女神教に人達が来ちゃうよ?」


「いえ、我々はここで女神教たちを食い止めます。皆さんはどうぞ先に進んでください」


「もしかして、ここで女神教の人たちと戦う気?」


「はい、ここは第八階層ラビリンス。我々が階層守護者として女神教を足止めします。ですので、皆さんは早く奥へ」


 ミノタウロスさんたちがドラゴニュートさん達よりも強いのは分かってる。でも、あの勇者や賢者に勝てるわけがない。


「ダメ、一緒に行こう。勝てないと分かってるのに残してなんか行けない。これはボスとしての命令」


 ミノタウロスさん達が困った顔をしている。でも、困っているのはアンリも一緒。


「アンリ様、ボスの命令は絶対ですが、それに逆らわなくてはいけないときもあるのです。ましてや、我々はフェル様に村の住人を守れと命令されています。その命令は死んでも守らなくてはいけません。フェル様は我々にそれが出来ると信じて命令してくださったのです。これほどの名誉なことはありません」


 ミノタウロスさんが真面目な顔でそんなことを言った。


 死んでもなんて言わないで欲しい。皆が助かってもミノタウロスさんが死んじゃったりしたら誰も喜ばない。


 アンリとミノタウロスさん達の間にジョゼちゃんが入って来た。


「アンリ様、ご安心ください。アビスの中で我々魔物が死ぬことはないのです」


「えっと、どういうこと?」


「私達にも原理は不明ですが、我々魔物はある程度ダメージを受けると最下層へ転送される仕組みなのです。そこで体の治癒を行うので死ぬことはありません。ミノタウロス達は死ぬ気で勇者たちを止めるつもりですが、本当に死ぬ気はありませんのでご安心ください」


 どんな仕組みか分からないけど、アビスちゃんならやれそうな気がする。でも、いまアビスちゃんはいない。


「アビスちゃんがいなくてもその仕組みは使えるの?」


「はい、アビスがいなくても機能自体は動作しているので問題ありません。こうやって我々魔物達が足止めと回復を行いながら勇者たちを止めます。ですので、どうか奥へ急いでください」


 ジョゼちゃんとミノタウロスさんが早く奥へと言っている。


 でも、アンリは騙されない。ミノタウロスさんの眼は死を覚悟した目だ。


「ジョゼちゃん、アンリに嘘は通じない。ミノタウロスさんはここで散るつもりなんでしょ? だいたい転送が出来るならアンリ達を最下層へ転送するはず。それをしないってことは死にそうになっても転送できないんじゃない? ボスとしてそれは許さない。それにフェル姉ちゃんだって悲しむ」


 そう言うと、ジョゼちゃんもミノタウロスさん達もハッとした感じになった。


「分かりました、アンリ様。絶対に死なないとフェル様の名に誓います。最下層への転送に関しては利用できるのを確認してありますので問題ありません。ですが、一撃で致命傷を受け、転送前に死んでしまう可能性はあったのです。偽物とは言え、勇者を相手にするのですから、その覚悟をしていただけです。絶対に致命傷は受けず、生きて最下層へ転送されるようにしますので」


「アンリ様、ミノタウロス達の心意気を汲んでやってもらえませんか? それにグラヴェ様に作ってもらった斧や鎧がありますから、たとえ勇者でもミノタウロス達に一撃で致命傷を与えることは出来ないでしょう」


 本当かな? なんとなく怪しい……でも、心意気を汲んで欲しいと言われて駄々をこねるのは確かに野暮な気がする。


 そんなことを考えていたら、ヴァイア姉ちゃんが割り込んできた。


「ミノタウロスさん! これ、自動的に魔法障壁を作り出す魔道具の腕輪! ミノタウロスさんだと大きさ的に指輪かな? 魔力は込めておいたから今日一日くらいは持つよ!」


 ヴァイア姉ちゃんが二つの輪っかをミノタウロスさん達に渡した。魔法障壁を作り出す魔道具みたいだ。


「それに自動治癒の術式も組み込んでおいたから、勇者の攻撃でも致命傷にならないと思うよ! リエルちゃんや司祭様の治癒魔法よりは劣るけど、ちょっとした怪我ならすぐに治るから!」


 ミノタウロスさん達は目をぱちくりしていたけど、すぐにヴァイア姉ちゃんの前に跪いた。


「ありがとうございます。このような魔道具をお貸しいただけること、感謝の言葉もありません」


「貸すんじゃなくてあげるから! でも、あげる条件は絶対に死なないこと! 守れるよね!?」


 さっきからヴァイア姉ちゃんのテンションが高い。気が昂っているのかな? なんとなくわかるけど。


「はい、フェル様以外にも、ヴァイア様に――いえ、ここにいらっしゃる皆さんに誓います。たとえ負けたとしても絶対に死なないと」


 ヴァイア姉ちゃんはうんと頷いてからアンリを見た。


「アンリちゃん、これでいいかな? ここはミノタウロスさん達に任せて私たちは奥へ行こう。私たちがここにいるだけで魔物さん達の負担が増えちゃうからね!」


 確かにそうかも。アンリ達が早く最下層へ行かないと皆も安心して戦えない気がする。


 うん、ここはミノタウロスさん達に任せた。


「それじゃボスとして命令する。ここで勇者達を足止めして。でも、絶対に死なないこと」


「はっ! 必ずアンリ様の命令を遂行します!」


 ミノタウロスさんは跪いたままアンリに頭を下げてくれた。


 皆がアンリをボスとして扱ってくれているのはたぶんお遊び。本当のボスはフェル姉ちゃん。それでも魔物の皆はアンリに付き合ってくれている。


 いつかみんなに認められた本物のボスになりたいな。

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