第177話 安心する名前

 

 アンリは何もできないけど、皆を守りたい気持ちだけは一緒。


 皆がこのエントランスに逃げてきたとき、危なそうだったら皆を守るために剣を振るう。怒られるかもしれないけど、怒られるくらいで皆を守れるなら安いもの。


 そんな状況にはならないと思うけど、そういう気持ちでいないと。フェル姉ちゃんがアンリと同じくらいの年齢だったとしても同じことをしたはずだ。


 アンリの背後では司祭様が治癒魔法の準備をしている。いつでも怪我を治せるようにしているんだろう。リエル姉ちゃんほどじゃないだろうけど、司祭様もかなりの使い手。ちょっとの傷ならすぐに治せるはず。ものすごく頼りがいがある。


 グラヴェおじさんはゾルデ姉ちゃんをおんぶして奥のほうへ行った。ゾルデ姉ちゃんは勇者の攻撃を真正面から受けて気絶してる。あれはたぶん、後ろにアンリ達がいたから躱さなかったんだと思う。だから今度はアンリ達がゾルデ姉ちゃんを守る番だ。


 エントランスでは準備万端。いつでも逃げてきて欲しい。でも、外ではいまだに戦闘が続いているみたい。


 一番の問題はリエル姉ちゃんだ。さっきからずっと非協力的。


 頭痛が治ったのはいいんだけど、なぜか女神教へ投降しようとしている。それをヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんが必死に止めようとしているみたいだけど、本当にどうしたんだろう?


『リエルちゃん、どうしてそっちへ行こうとするの! 早くアビスへ入って!』


『さっきからおかしいよ? まさか洗脳されてないよね……?』


『お二人とも離してください。私は女神教の聖女リエルなのです。すぐにでも聖都へ帰らねばなりません』


 念話での会話が聞こえてくる。でも、なんだろう? 聖女モードのリエル姉ちゃんみたいだけど、それとも違うような感じがする。どこがどう違うかは上手く説明できないけど、なんとなく言葉に感情がないような……?


 不思議に思っていたら、今度はジョゼちゃん達の会話が聞こえてきた。


『三匹に増えたか。お主ら程のスライムはあと何匹おるんじゃ?』


『何匹いようともお前には関係ないことだ。シャル、マリー。私はユニークスキルを使う。お前たちは補佐を』


『いや、ここは私たちが使おう。ジョゼのユニークスキルは閉鎖空間のほうがいい。今は温存しておけ。マリー、行けるな?』


『問題ありません。ですが、私もシャルも発動までに時間がかかります。それまで牽制をお願いします。それと発動したら全員でアビスへ』


『お主らスライムのくせに全員がユニークスキルを持っておるのか!?』


 シャルちゃんは確か村でやったトーナメントでユニークスキルを使った気がする。でも、ジョゼちゃんもマリーちゃんも持ってるんだ? アンリもユニークスキルが使えたら活躍できたかもしれない。


 アビスちゃんはアンリの体が持たないから使えないって言ってたけど、一時的にでも使えないかな。ちょっとくらい体が痛くなったって我慢できる。


『【凡人苦悩】』


『【天才苦悩】』


 良く分からないけど、二人が似たような言葉を発した。シャルちゃんのほうは以前見たユニークスキルの名前だ。と言うことは天才苦悩っていうのがマリーちゃんのユニークスキル?


『ぬお、なんじゃ? 巨大な門が二つ……? いかん! 皆、あの扉を開かせるな!』


『皆さん! すぐにアビスの中へ! この辺りは危険になりますよ!』


 ジョゼちゃんがそんなことを言い出した。


 よく分からないけど、シャルちゃんとマリーちゃんが門になった? たしかトーナメントではシャルちゃんが大きな門になった気がするけど、マリーちゃんも同じなのかな?


『リエルちゃん、ごめん!』


『ぐっ……!』


『リエルちゃんを気絶させたからすぐにアビスへ運ぼう! ヴァイアちゃん、ノストさん、手を貸して!』


『はい! 私が担ぎます! スザンナさん達はこのまま護衛をお願いします!』


 ノスト兄ちゃんがそう言うと、スザンナ姉ちゃん達から了解したって返事が聞こえた。


 どうやらディア姉ちゃんがリエル姉ちゃんを気絶させたみたい。ダンジョンへ入るのを渋っていたし仕方ないのかも。こっちには司祭様もいるんだし、ちょっとくらいの怪我は大丈夫。


 よし、皆が戻ってくる。すぐに奥へ行けるように準備しておかないと。


 えっと、アビスちゃんはいないけど、確かバンシー姉ちゃんが何か操作するとか言ってなかったっけ?


「バンシー姉ちゃん、聞こえる?」


 どうかな? この中ならアビスちゃんみたいに会話ができると思ったんだけど。


『アンリ様、どうかされましたか?』


「よかった、聞こえた。これから皆がダンジョンに入ってくるからサポートをお願い。もしかしたら女神教の人たちも入ってくるかも」


『連絡ありがとうございます。それでしたらエントランスに罠を仕掛けますので、戻られたら第二階層まで下りてください。そのままどんどん下の階層へお願いします』


「うん、分かった」


 そう答えた直後に階段を下りてくる足音が聞こえた。


 気を失っているリエル姉ちゃんをノスト兄ちゃんがおんぶして、ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんがそれを補佐している感じだ。


 その後ろにはスザンナ姉ちゃんやおじいちゃん、それにムクイ兄ちゃん達がいる。


 ジョゼちゃん達がいないけど、ユニークスキルで応戦してくれているんだと思う。


「おじいちゃん、バンシー姉ちゃんがこのエントランスに罠を仕掛けてくれるみたいだから、ジョゼちゃん達が来たらもっと奥へ行こう」


「そうなのかい? なら司祭様、一度、皆に治癒魔法をお願いします」


「うむ、まかせておけ。【治癒】」


 司祭様を中心に光で出来た魔法陣みたいなものが地面に展開された。その光に触れるとちょっと暖かい。アンリは怪我をしていないから効果はないけど、その光に触れた皆は怪我が少し治ったみたいだ。


 司祭様は儂ではこの程度しか治せんって言ってるけど十分だと思う。


「みんな、大丈夫? 女神教の人たちは強い?」


 アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんが首を横に振った。


「勇者や賢者以外の女神教はそんなに強くないんだけど、数が多いから押される感じ。それにちょっとした怪我くらいじゃ治癒魔法で治されちゃうからね。見た目の人数よりも倍はいる感じだよ。結構大変だった」


「そうなんだ?」


 よく見ると、みんな肩で息をしている感じだ。怪我は治っても疲れは取れない。言葉以上に結構大変だったのかも。


 そう思ったら、階段の上のほうからものすごい大きな音が聞こえた。ヴァイア姉ちゃんの壁ドン魔法がもっと大きくなったような爆発の音だ。


『皆さん、エントランスにいらっしゃいますか?』


『ジョゼちゃん、みんなここにいるけど、さっきの音は何?』


『シャルとマリーのユニークスキルで周囲の女神教を蹴散らしました。ですが、追い付いてきた勇者や賢者にはあまり効いておりません。シャルとマリーの魔力が枯渇していますし、ここでは破邪結界の影響で勝てませんのでアビスへ撤退します。皆さんも急いでアビスの奥へ移動してください』


『分かりました。では、ジョゼさん達も気を付けてお戻りください。それじゃみんな、奥へ行こう。アビスの中なら魔物さん達も本来の力を取り戻せる……何日掛かるか分からないが、フェルさんが戻るまで持ちこたえよう!』


 おじいちゃんがフェル姉ちゃんの名前を出す。するとみんなが笑顔になった。


 フェル姉ちゃんさえ戻って来てくれればなんとかなるって皆が思ってるんだ。やっぱりフェル姉ちゃんはすごい。名前を出しただけで安心する、いつかアンリもそんな風になりたい。


『すぐにはお戻りにならないと思いますが、本日のお昼にアンリ様と私でヤト様に連絡しました。念話が届かなくなっていますので異変に気付くのも早いと思います。それまでは我々魔物達がアビスで勇者と賢者を食い止めましょう』


 それに魔物のみんなも頼もしい。大丈夫、フェル姉ちゃんはいないけど、魔物さん達もいるんだし、ソドゴラ村は絶対に負けない。


 フェル姉ちゃんが戻ってくるまで頑張って籠城するぞ。

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