第176話 バージョンツー

 

 アンリとスザンナ姉ちゃんはアビスの第一階層にあるエントランスで待機中だ。


 たぶん、先にここへ避難した皆はもっと奥へ行ったんだと思う。アビスちゃんがいれば簡単に奥へ転送してもらえたと思うけど、今はフェル姉ちゃんと一緒にウゲン共和国にいるから転送はない。おそらく徒歩で奥まで行ったんだと思う。


 アンリ達はここで外にいる皆を待つ。アンリは役に立たないかもしれないけど、村の皆を守りたいという気持ちだけは汲み取って欲しい。せめて邪魔にならないようにしないとダメかな。


 武器があればもっと役に立てる……わけじゃないけど、自分の身は自分で守れたかもしれない。でも、今日は七難八苦を持ってきてないし、フェル・デレはまだ修理中。今のアンリは本当にただの子供だ。


 そんなことを考えていたら、今度はムクイ兄ちゃんがダンジョンへ入ることになった。ゾルデ姉ちゃんが気を失っているからだと思う。怪我はしていないみたいだけど、気を失うほどの衝撃を受けたんだから早めに安全な場所へ移動させた方がいいのかも。


 ムクイ兄ちゃんは肝心なところでドジを踏みやすい、そんなイメージがあったけど、何の問題もなくダンジョンへ入って来た。そしてアンリ達のいるエントランスまで来る。


『ふー、こんなに緊張したのは生まれて初めてだぜ』


『うん、お疲れ様。でも、いつ女神教に気づかれるか分からないから、まだ気を抜いちゃダメ』


『おう、アンリはしっかりしてんな! 今回は俺だけじゃなくてゾルデさんがいるから、気を抜かずに頑張るぜ!』


 今日のムクイ兄ちゃんは結構しっかりしてる。本番に強いタイプなのかな?


 次は、おじいちゃんと司祭様だ。


 リエル姉ちゃん達はちょっと手間取っているみたい。リエル姉ちゃんの頭痛がひどくて声を出しそうになってるとか。それがすこし和らぐまでは待機するってことになってる。


 それに司祭様の治癒魔法じゃリエル姉ちゃんの頭痛は取り除けない。リエル姉ちゃんを見捨てる訳じゃないけど、勇者が追ってくるかもしれないから動ける人から動こうってことになった。


 ……数分後、おじいちゃんと司祭様がエントランスまでやってきた。二人とも無事だ。よかった。


『私たちは来れたがリエル君達は大丈夫だろうか? リエル君の頭痛がひどくなっているようだが、あれは一体……?』


『わからんのう。ヴァイアが分析魔法で確認したようじゃが、異常は全くなく健康体だそうじゃ。しかし、頭痛が酷いのに健康体、と言うこと自体が異常じゃの』


『すみません……もしかしたら私の分析魔法が間違っているのかも』


 ヴァイア姉ちゃんが念話越しに謝っている。でも、そんなことはないはず。ヴァイア姉ちゃんの術式は完璧。だからリエル姉ちゃんはもっと別の攻撃でもされているんじゃないかな?


 それこそ女神教の人が何かしてるとか……でも、リエル姉ちゃんを取り戻しにきたのに、攻撃なんかするかな?


『貴方達が先にダンジョンへ行きなさい。殿は私達が務めるわ。そろそろ魔道具の効果も切れるんでしょ? なら多少無茶をしてでも行くべきよ』


『うむ、いざとなったら我々が助けに入ろう。だから行きなさい』


 ウイッシュ姉ちゃんとパトル兄ちゃんが最後になるみたいだ。


 でも、リエル姉ちゃん達は大丈夫かな?


『すみません、それじゃ先に行きますね。リエルちゃん、辛いと思うけど頑張って!』


『頷いたけど、もう喋れないくらいなんだ? でも、安心して。私とヴァイアちゃんでちゃんとアビスまで連れて行くよ!』


『何かあれば私が守ります。命に代えても必ず。みなさんは歩くことだけに集中してください』


 リエル姉ちゃんを抱えたヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃん、そしてそれを護衛するノスト兄ちゃんがこっちに来るみたいだ。ここが勝負所だと思う。上手くいくようにお祈りしよう。


 ……なんだろう、ちょっと経ったら、ヴァイア姉ちゃん達が混乱している感じになった?


『リエルちゃん! しゃべっちゃダメだってば! ばれちゃうでしょ! 話すなら念話でして!』


『こうなったらアラクネちゃんの糸で口を塞ぐから!』


 リエル姉ちゃんが念話を使わずに話そうとしている? そんなことしたら周囲の女神教の人達にばれちゃうんじゃ?


『ほう? 魔力の流れを感じたと思ったら、姿を消していたのか。それに念話まで可能とは恐れ入ったわい』


 この声ってシアスって人の声? もしかしてこのチャンネルに割り込んできた? それよりも姿を消していたのがばれてる。みんな、急いで!


『皆さん! 急いでアビスへ! ジョゼフィーヌさん、受け入れをお願いします!』


『畏まりました。外にいる皆さんはすぐにアビスへ。私も外へ出て支援します』


 ノスト兄ちゃんが叫ぶようにそう言うと、ジョゼちゃんもそれに呼応するように動いたみたい。


『ウイッシュ、俺らも行くぞ!』


『そうね、あのあたりにいる奴等を蹴散らしてからアビスへ行きましょう!』


 もう姿を隠しているのがばれたから強行突破するみたい。皆無事に来て欲しい。


「アンリ、私も行って皆の支援をしてくる」


 スザンナ姉ちゃんが大量の水を周囲に浮かべながらそんなことを言った。外にいる皆は少しでも支援が欲しいはず。危ないけどお願いするしかない。


「うん、スザンナ姉ちゃん、皆を守って!」


 スザンナ姉ちゃんはコクっと頷くと階段を上がっていった。


「それじゃアンリはここにいるんだよ。おじいちゃんは皆を迎えに行ってくるからね」


「おじいちゃん、大丈夫?」


「そこまで無理はしないよ。司祭様、アンリをお願いします。それと誰かが怪我したときのために治癒魔法の準備を」


「うむ、任された。気を付けるんじゃぞ」


 おじいちゃんもスザンナ姉ちゃんみたいにコクっと頷いてから階段を駆け上がっていっちゃった。


「アンリは何もできなくて悔しい」


「子供のうちは仕方あるまい。大人になってからじゃよ。でも、今のアンリにもできる事がある。儂と一緒に皆の無事を祈るんじゃ――神には祈らずにフェルにでも祈ろうかの?」


「うん、それがいい。皆が無事に来れるようにフェル姉ちゃんに祈る」


 会ったことがない神様なんかよりもフェル姉ちゃんのほうがありがたい感じ。フェル姉ちゃん、皆の無事をお願いします。


 念話を通して外でやっている事が大体わかった。


 リエル姉ちゃんは頭痛が治ったみたい。でも、人が変わったようになっちゃったとか。自分は聖都に帰るとか急に言い出して、それでシアスって人にバレちゃったみたいだ。


 たぶんだけど、リエル姉ちゃんは自分が聖都に帰ればこの騒動が収まると思っている。だからそんなことを言ってるんだ。ニア姉ちゃんが傭兵団について行っちゃったのと一緒。でも、今回はそんなことさせない。皆でリエル姉ちゃんを守るんだ。


 ジョゼちゃんはシアスって人と互角の戦いをしている。


 そしてスザンナ姉ちゃんやノスト兄ちゃん、ドラゴニュートさん達が女神教の人たちと戦っている。ムクイ兄ちゃんも階段を駆け上がってその戦いに参戦していた。


 大きな怪我はしていないけど、女神教の人たちは人が多いからちょっと押されているみたい。それにリエル姉ちゃんが協力的じゃないからなかなかアビスへ入って来れない。すごくもどかしい。


「アンリ様」


 背後から声を掛けられたと思ったら、シャルちゃんとマリーちゃんだ。


「我々も外へ出て支援してまいります」


「大丈夫? アビスの外は破邪結界で魔物の皆は弱っちゃう」


「ジョゼは戦っております。ジョゼに出来て私たちに出来ない理由はありません。それにこれくらいはハンデと言うやつです」


 なんて頼もしいんだろう。


「うん、それじゃお願い。リエル姉ちゃんがなかなかアビスへ入ってくれないみたいだから、無理やりにでも連れてきて」


「かしこまりました。いくぞ、マリー」


 マリーちゃんが頷くと、二人で上りの階段をスルスルと上がっていっちゃった。これで少しは楽になるかも。


「アンリ、ここにおったか」


 今度はグラヴェおじさんが来た。


「グラヴェおじさん、ここは危ないから奥へ行った方がいい」


「それはアンリも同じじゃろう。ゾルデの嬢ちゃんが気を失っていると聞いて駆けつけたんじゃ。まったく勇者と戦うなんて無茶をするわい」


「うん、でも、そのおかげでアンリ達はここまで来れた」


「うむ、同じドワーフとして鼻が高い。ここからは儂が運ぼう。そしてアンリ、念のため持ってきた。装備しておくんじゃ」


 グラヴェおじさんはそう言うと、何もない空間から剣を取り出した。


 アンリがこの剣を間違える訳がない。魔剣フェル・デレだ。


「もう直ったの?」


「今しがたな。アンリには必要だと思って持ってきた。じゃが、これは戦うために持たせるわけじゃない。自分の身を守るためじゃ。分かっておるな?」


「うん、アンリは単なる足手まとい。皆の言うことを聞いて邪魔にならないようにするのが精いっぱい。でも、自分の身くらいは自分で守りたかった」


 グラヴェおじさんから剣を受け取った。しばらく握っていなかったけど、手に良くなじむ感じ。


「まだまだ完成とは言えん。だが、以前よりも強くなったはずじゃ。魔剣フェル・デレ、バージョンツーじゃ!」


「バージョンツー……!」


 プロトタイプ版からより強くなったんだと思う。


「不壊のスキルはないが、自己修復のスキルが付いておる。刃こぼれや軽度な傷などはすぐに直るじゃろう。だが、折れたら直らんから気を付けてな。その時はまた儂のところへ持ってこい」


 なんて至れり尽くせり。グラヴェおじさんには感謝しかない。


 そして、この剣は成長してる。アンリも同じように成長しないと。


 いつ直ってもいいように、剣を背中に背負うための剣帯をしてた。手に持ったフェル・デレを背中に背負う。


 そして腕を組んで仁王立ち。皆が無事にここへ来るまでアンリは動かない。そういう意志表示。いざとなったら皆を追ってくる女神教の人達に紫電一閃を使う覚悟もした。


 さあ、みんな逃げてきて。

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