第186話 闇落ち回避

 

 リーンの町へ入るときにちょっと色々あったけど問題なく入れた。


 みんなは身分を証明するものがあったけどアンリは何も持っていない。でも、お子様だからフリーパスだった。


 基本的に身分を証明が必要な年齢は十五歳、つまり成人になってからだ。それまではアンリはどの町にも入れるということ。活用しない手はないんだけどな。


 スザンナ姉ちゃんは特例で冒険者ギルドに所属しているから成人前でもギルドカードを持っている。それはそれで羨ましい。


 アンリの羨ましそうな顔が分かったのか、スザンナ姉ちゃんが背後、というか横からアンリの顔を覗き込んできた


「アンリもすぐにどこかのギルドに所属できると思うよ」


「そうかな?」


「アンリは強いからね。冒険者ギルドだったら特例で所属できるんじゃないかな」


 以前、ディア姉ちゃんに聞いたことがある。たしか冒険者ギルドに所属できるのは早くても八歳から。ならアンリはそれを目指そう。


 スザンナ姉ちゃんとお話をしていたら、みんながそれぞれ別の方向へ歩いて行っちゃった。どこに行くんだろう?


 それにいつの間にか執事のオルウスおじさんがいる。なんでここにいるのかな?


 ……そういえば、この町の領主であるクロウって貴族の人に入口で連絡をしてもらっていたっけ。そのお出迎えでオルウスおじさんが来てくれたのかな。


「では、皆様は屋敷の方ですね。どうぞ、こちらです」


 フェル姉ちゃんとおじいちゃん、それにスザンナ姉ちゃんとアンリだけになっちゃったけど、どうやら貴族のお屋敷に行くみたいだ。


 これは期待大。リーンの町は色々すごかったしお屋敷もきっとすごいはず。


 リーンの町を囲っている壁の大きさにびっくりしたけど、中に入ってからも結構びっくりした。


 まず人が多い。ここは大通りというところで町にある二つの大きな道の一つみたい。その二つの大きな道は町の中心で交わっていて町を四等分しているとか。たしかに空から町を見た感じだと丸い円にバツ印が付いている感じだった。


 その大きな道にはたくさんの人がいる。道沿いにはお店もたくさんあってすごい活気。


 お店はレンガで出来ているみたいで結構綺麗。ソドゴラ村の家はぜんぶ木製なんだけど、こういうレンガの家のほうが頑丈っぽい気はする。


 見るものすべてが新鮮。大きくなったらいろんなところを見て回りたいな。もちろん、フェル姉ちゃん達と一緒に。


 少し歩いたら、オルウスおじさんがフェル姉ちゃんのほうを見た。


「フェル様、本日はどういった御用でいらしたのですか? リエル様がいらっしゃらないようですし、女神教を気にされているご様子。ただ事ではないようですが……」


「リエルが女神教にさらわれた。これから聖都へ取り返しに行くつもりだ。そして女神教は潰す。クロウにはその関係のお願いをする予定だ」


「それは……予想以上にただ事ではありませんね。いつかそうなる気もしていましたが、これほど早いとは」


 オルウスおじさんがびっくりしている。でも、さすが執事さん。一瞬だけ驚いた顔になったけどすぐに普通の顔に戻った。


 フェル姉ちゃんはオルウスおじさんと色々話している。貴族のクロウって人に色々お願いしたいって言ってるみたいだ。


 そしてフェル姉ちゃんは少しだけ怖い顔になった。


「オルウスには悪いが、勇者と賢者は叩きのめすぞ。アイツらは村を襲ってリエルをさらい、私の従魔を傷つけた。殺しはしないが、魔族の恐怖を刻み込んでやる」


「……それは仕方がありません。フェル様にとっては当然の報復でしょう。どうやら、フェル様は普通にされていますが、相当なお怒りなのですね?」


 フェル姉ちゃんはその問いに答えない。でも、なんだか殺気が漏れている感じ。


 あれは良くない兆候。アンリも理不尽な要求をされたときに闇落ち寸前になる。たしかスザンナ姉ちゃんも勉強のしすぎであんな感じになった。


「スザンナ姉ちゃん、フェル姉ちゃんが危ない。アンリ達で何とかしよう。闇落ちを回避しないと」


「でも、どうしようか?」


「手をつないで歩くのはどうかな? フェル姉ちゃんならそれとちょっとした説得だけで分かってくれる」


 水のトカゲさんから飛び降りてスザンナ姉ちゃんと同時にフェル姉ちゃんの手を握った。アンリが右手でスザンナ姉ちゃんが左手だ。これで三人並んで歩く感じ。


 フェル姉ちゃんがちょっとびっくりした顔になってる。


「……どうかしたのか?」


「フェル姉ちゃんにそういうのは似合わない。勇者に怒ってもいいし、ボコボコにしてもいいけど、クールにやるべき」


「アンリの言う通り。ざまぁするときはクールに対処が基本。怒りのままにやっても気は晴れない。復讐は冷静に、そしてもっとも効果的なことを確実に行う。それがざまぁ心理」


「そんな心理は聞いたことないぞ。まさかとは思うが、村長から教わったんじゃないよな?」


 おじいちゃんが笑顔で首を横に振る。アンリも初めて知ったけど、それがざまぁ心理なんだ? スザンナ姉ちゃんは物知りだ。


 アンリ達を見ていたオルウスおじさんはちょっと驚いた顔になったけど、「フフッ」って笑った。


「いい意味で、フェル様の毒気が抜かれましたな。なるほど、フェル様が冷静でいられるのは村の皆さんのおかげですか。女神教は命拾いしましたね」


 フェル姉ちゃんは少しだけ目を瞑ってから息を吐きだした。


「二人ともありがとうな」


 うん、殺気が無くなっていつものフェル姉ちゃんに戻った。やっぱりフェル姉ちゃんはこうでないと。


 ……アンリはひらめいた。これはアンリの長年の夢を実現するチャンス。おとうさんはやってくれないし、おじいちゃんやおかあさんはパワーが足りないからできないけど、フェル姉ちゃんならやれるはず。


「お礼をするならこの手を高く上げるべき。空中歩行は子供のロマン。ぜひともお願いします」


「私は子供じゃないけど、やってくれてもいいよ?」


「二人ともそれが狙いか」


 スザンナ姉ちゃんも便乗してくれて、フェル姉ちゃんはいつもの仕方ないなって顔をした。そしてフェル姉ちゃんはバンザイする感じに両手を高く上げてくれる。


 すごい、アンリは浮いている。ドラゴンに乗って空を飛ぶのも素敵だけど、これも最高。


 よし、空中を歩く感じのパフォーマンスをしないと。


 今、アンリは空を歩いてる。


「これが伝説の空中歩行。夢が一つ叶った」


「足をバタバタするな。アンリは軽い方だけど、暴れると重い」


 失礼なことを言われたけど許容範囲。結構満足したからもういいかな。


 でも、スザンナ姉ちゃんは空中を歩けるほど高く上げられていない。両足を曲げて地面につかないようにしているだけみたいだ。ちょっと不満そう。


「フェルちゃんは小さいから腕を上げても十分な高さにならない。もっと大きくなって」


「無茶言うな。でも、身長は諦めてないぞ」


 確かにフェル姉ちゃんはディア姉ちゃん達に比べると小さい。成長が止まっちゃったのかな? あんなに食べてるのに。


 その後もフェル姉ちゃんの手にぶら下がって移動する。腕が鍛えられてなかなかいい感じ。


 そんなアンリ達をオルウスおじさんがニコニコしながら見てる。


「フェル様は子供達に好かれていますね。そういえば、うちのメイド達にも人気がありますよ」


「嫌な気はしないが、照れくさいから言わないでくれ。そういうのは来る途中のゴンドラの中だけで十分だ。もうお腹いっぱい。食あたりを起こす」


「そのゴンドラでの話というのも聞いてみたいですね。ですが、残念ながら屋敷へ到着したようです」


 うん、それはアンリも聞いてみたい。でも、到着した?


 オルウスおじさんが止まったところには門がある。フェル姉ちゃんの手を離して門から中を覗いてみると、ものすごい大きな建物があった。首が痛くなるほど見上げないと上のほうが見えない。


 こんな大きな建物があるんだ。壁はレンガというより、もっと上品そうな白い壁だ。何なのかは分からないけど。それに普通の家と違って壁に模様があるし、庭には騎士の像みたいなものがたくさん並んでる。


 もしかしてアンリ達はこの家に入るのかな?


 すごい、探検できそうな程大きい。ぜひとも探検させてもらおう。

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