第187話 おじいちゃんの名前
オルウスおじさんの案内でお屋敷の中に通された。
外もすごかったけど中もすごい。
なんだか形容しがたい像が廊下にたくさん並んでいるし、床の絨毯はすごく高級そう。それに壁にはよく分からない絵が飾られている。そういうのをいいと思える芸術的なセンスはないんだけど、なんだか圧倒される感じ。
それはそれとして、フェル姉ちゃんはオルウスおじさんと別の部屋へ行っちゃった。
貴族のクロウって人と色々お話があるみたい。
アンリ達は別の部屋で待つことになったから、初めて見るメイドさんが部屋に案内してくれた。
……どう考えても、アンリの家より大きい部屋だ。それに部屋の中にある巨大なベッドやテーブルに調度品。部屋が広いから快適かなと思ったんだけどとんでもない。広すぎて逆に落ち着かない。もっと狭い部屋がいい。
メイドさんは「なにかありましたらそちらのベルを鳴らしてお呼びください」と言って、頭を下げてから出ていっちゃった。そしてアンリ、スザンナ姉ちゃん、おじいちゃんの三人がこの部屋に残される。
アンリが狭い部屋に変えてもらおうという提案をしようとしたら、意外にも二人はくつろぎだした。
もしかして、この部屋に圧倒されているのはアンリだけ?
「おじいちゃん、スザンナ姉ちゃん、二人ともこの部屋の広さに圧倒されないの? アンリはちょっと落ち着かない。剣の素振りが出来たとしてもこれはないと思う」
「アンリはこういう広い部屋は初めてだったかな? 慣れれば問題はないよ」
「私はそういうのを気にしない感じかな。今まではずっと野宿だったし、どんな場所でも寝れるように訓練したからね。木の上だって寝れるよ」
なんてこと。部屋の広さに圧倒されていたのはアンリだけだった。これが経験の差……!
でも、スザンナ姉ちゃんはともかく、おじいちゃんはどうして平気なんだろう? 慣れれば問題ないとか言ってるけど、おじいちゃんは大きい部屋に慣れるようなことがあったのかな?
「おじいちゃんは以前広い部屋に慣れるくらい泊まったことがあるの?」
「……おじいちゃんも昔は色々とね」
なんだろう? ちょっと言い淀んだ感じ? なにか言いたくない過去でもあるのかな?
「さて、そんなことよりも夕食の時間まで結構ありそうだ。二人とも勉強を始めよう」
「おじいちゃん、アンリは急に耳が悪くなった。もう一度言ってみて。なんだかおかしなことを言ったように聞こえたから」
「うん? 勉強を始めると言ったんだが?」
聞き間違いじゃなかった。でも色々間違ってる。
「おじいちゃん、よく考えて。そして気づいて。アンリ達は今どんな状況か分かってる?」
「もちろん理解しているよ。どうやら今日はこのお屋敷に泊めてもらえるようだね。それに夕食に招待してくださるそうだ。それまでは時間があるから勉強しようという状況だよ」
「それは局地的なお話。アンリ達はリエル姉ちゃんを助け出そうとしている状況。つまり、勉強なんかしている場合じゃない。断固拒否する。それにスザンナ姉ちゃんだって寝耳に水――スザンナ姉ちゃん、その諦めてた感じの顔はなに? もしかして知ってたの?」
「うん……朝、村長さんが勉強道具をこれでもかって鞄に入れてたからなんとなく分かってた……見間違いだと思いたかったんだけど……」
「スザンナ姉ちゃん、諦めちゃダメ。ここは一緒に戦おう。ここで勉強したらずっと勉強になっちゃう。自由を勝ち取ろう」
アンリとスザンナ姉ちゃんの負けられない戦いが今始まる……!
「お客様、お食事の準備が整いました。ご案内いたしますので、ご準備をお願いします」
「はい、ありがとうございます。すぐに準備しますので。さあ、今日はこの辺にしておこうか。二人とも計算のミスが減ったね。おじいちゃんは嬉しいよ」
アンリ達は敗北した。しかも今日は算術。歴史的大敗。
途中、おじいちゃんがクロウって貴族の人に呼ばれたからその時は自由を勝ち取ったと思ったけど、アンリ達は部屋から出られなかった。しかもおじいちゃんがいない時間は勉強の時間にカウントされていない。なんて横暴。
まさかリエル姉ちゃんを助ける旅の途中で勉強することになるとは思わなかった。大手を振ってお勉強をサボれると思っていたアンリはまさに道化。
これはリエル姉ちゃんを助けに行くことでお勉強をサボろうとしたアンリへの罰なのかも。人生はままならない。
「スザンナ姉ちゃん、そろそろ大丈夫? もうお勉強は終わった。あとは食事をして寝るだけだから――そうだ、夜はフェル姉ちゃんのところへ行って色々お話を聞かせてもらおう、ね?」
「……うん、そうだね。色々と忘れて楽しもう」
「勉強したことは覚えておくように頼むよ?」
「おじいちゃんは追い打ちをかけないで」
おじいちゃんは意外と空気が読めない。でも、もう終わったこと。しっかり食事をして夜に備えよう。
メイドさんに案内された食堂はこれまた広かった。森の妖精亭の食堂よりも大きい。しかも壁に沿ってメイドさんがたくさん並んでる。この中で食べるのは結構勇気がいると思う。
でも、大丈夫。アンリはこういうところのマナーは完璧にマスターしてる。おじいちゃんのスパルタによってどこに出しても恥ずかしくない感じに仕上がってる。今のアンリに隙はない。
食堂の中を見たけど、フェル姉ちゃんはまだ来ていないみたいだ。
この長いテーブルの上座に座っている人がクロウっていう貴族さんかな?
四十代くらいのおじさんで、装飾の多い白を主体とした高級そうな服を着ている。やや長い茶色の髪をアンリと同じようにポニーテールにしているからちょっとだけ親近感があるかも。
アンリ達が席に着くとみんなが集まってきた。フェル姉ちゃんは最後だ。クロウおじさんのすぐ近く、おじいちゃんの横に座った。アンリはフェル姉ちゃんの膝に座りたかったけど、こういうところだとそれはマナー違反。耐えよう。
「揃ったようだね。なら食事にしよう」
クロウおじさんはそう言ったけど、テーブルの上には何もない。これから運ばれてくるのかな?
そんな風に思っていたら、壁のすぐそばに立っていたメイドさん達が近寄って来て何もない空間から料理を取り出した。
すごい。ここにいるメイドさんは全員空間魔法が使えるんだ?
村にいる皆やヴァイア姉ちゃんが普通に使っているから忘れていたけど、空間魔法って結構レアな魔法って聞いた。ここのメイドさん達は只者じゃないと見た。
「マナーを気にする必要はないので好きに食べてくれたまえ。私も堅苦しい食事は苦手だからね! では、いただこう!」
クロウおじさんがそう言ったので、みんなで「いただきます」をした。
うん、目の前の料理はすごくおいしそう。マナーは気にしなくていいって言われたけど、おじいちゃんに教わった成果をここで出そう――というか、今回初めて使うんだけどこれから使う機会はあるのかな?
マナーは色々あるけど、基本はナイフとかフォークは外側から使う。それと食器で音をださない。あとフィンガーボールの水は飲んじゃダメ。これを押さえておけば大丈夫なはず。
サラダを食べた後にスープを音を立てずに飲む。アンリとしてはもっとワイルドに飲みたいけど、今日はお呼ばれされている身。郷に従わないと。
食事をしながらちょっとだけフェル姉ちゃんのほうをみると、クロウおじさんと何か話しているみたいだ。
聞こえた範囲だと、オリン国の国王様から声明がでるみたい。何の内容なのかは知らないけど、ニア姉ちゃんがさらわれたときみたいに、魔族は悪くないよって声明を出してくれるのかな。
それはそれとして、料理がお肉のゾーンに入った。これも美味しそう。
ナイフとフォークを使って綺麗に切る。それを一口。
……ちょっと硬いかな? ニア姉ちゃんのワイルドボアみたいに口の中で溶ける感じがしない。これはこれで噛み応えがあっていいけど。
「アンリは食べ方が上手だね。お肉が綺麗に切れてる」
スザンナ姉ちゃんがアンリの手元を見ながらそんなことを言った。
「食事のマナーはおじいちゃんに教えてもらった。ナイフ捌きはまかせて。あと、豆をお箸で掴めるし、サイクロンもミスなくできる」
あとは伝説のボルケーノさえやれることができればアンリは完璧だと思う。
「確かアンリ君と言ったかな? その隣はスザンナ君だったかな?」
クロウおじさんに話しかけられた。フェル姉ちゃんとのお話は終わったのかな? いけない、まずは自己紹介しないと。
「うん、私はアンリ。今日は料理をありがとうございます」
「私はスザンナ。お呼ばれしてます。ありがとう」
「私はクロウだ。よろしく頼むよ。それで今日の料理はどうかな? 美味しいかい?」
「うん、美味しい。シェフを呼んで」
アンリがそう言うとみんながちょっと笑った。あれ? これはマナーじゃないのかな? 確かにおじいちゃんから教わったわけじゃないけど。こう裏マナー的な褒め言葉だと思ったんだけど。
「あっはっは! そうかね、まあ、呼ぶほどではないが、美味しかったと料理長に伝えておくよ」
「うん、それなら一緒に、肉をワインに漬ける時間が足りないからまだちょっと硬い、とも伝えて。この肉は美味しいけど、まだ味の高みへ至ってないから」
あれ? 今度は笑いがなくなった。でも、ヤト姉ちゃんを見るとうんうんと頷いているから間違った指摘じゃないと思うんだけど?
「う、うむ、それもシェフに伝えておこう」
クロウおじさんはそういうと、またフェル姉ちゃんと話を始めた。ちょっとだけアンリの話題になっているみたいだ。
そして今度はソドゴラ村の話になった。
クロウおじさんがソドゴラ村へ来るみたいだ。お勉強中におじいちゃんが呼ばれたのはそのお話だったみたい。
「――ところで気になっているんだが、村長は誰に会いに行くんだ? わざわざ危険な時期に行く必要は無いと思うんだが」
フェル姉ちゃんがおじいちゃんに質問してる。アンリもそれは知りたい。予想だと女神教の教皇だと思うんだけど。
「それは、その……」
「言いたくないなら言わなくていいぞ。気にはなるが、無茶な事をしないと約束してくれるなら別に構わない」
「……はい。いつかお教えしますので」
フェル姉ちゃんには教えられない事なのかな? もしかしたらここでは言えない人なのかも。なら教皇って人じゃないのかな?
「お話し中すみません。フェル様、少しよろしいでしょうか?」
クロウおじさんの後ろに控えていたオルウスおじさんがフェル姉ちゃんに質問したいみたい。ずっと気配を消していたのにどうしたんだろう?
「構わないが、どうした?」
「ええ、その、村長様のお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか? 以前伺ったのですが、改めて確認したいと思いまして」
「村長の名前? えっと、なんだったかな?」
おじいちゃんの名前? おじいちゃんの名前はシャスラ。でも、アンリもあまり名前は言わないかも。いつもただのおじいちゃんだ。
「私の名前でしたら、シャスラですが……」
おじいちゃんがそう言うとオルウスおじさんは顎に手を当ててなにか考え込んじゃった。本当にどうしたんだろう?
フェル姉ちゃんも不思議そうな顔をしてオルウスおじさんを見ている。
「それがどうかしたのか?」
「ああ、いえ、ちょっと気になることが……シャスラ様はトラン国のご出身で?」
「……オルウスさん、その件については後にしてもらっても?」
「まさかとは思いましたが……いえ、そういう事でしたら、はい、後で、とは言わず、この場で終わらせます。ですが、一つだけ教えてください。アンリ様は、本当にシャスラ様のお孫様で?」
「ええ、間違いなく私の孫です」
「……そうでしたか。いえ、驚きました。差し出がましい質問をして、申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらずに」
どういうことなのかな? アンリがおじいちゃんの孫なのは間違いないのになんでそんなことを聞くんだろう?
フェル姉ちゃんもクロウおじさんも不思議そうな顔をしている。おじいちゃんとオルウスおじさんしか分からないお話なのかな?
ちょっと引っかかるけど、まずは目の前の料理を食べよう。料理は熱いうちに食べる。これが一番のマナーだっておじいちゃんが言ってたし、アンリもそう思う。しっかり料理を味わって、夜はフェル姉ちゃんの部屋に突撃だ。
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