第188話 お風呂の準備

 

 食事が終わって部屋に戻ってきた。


 相変わらず広すぎて落ち着かないけどこれからフェル姉ちゃんの部屋に行くから問題なし。これからのことを聞きたいし、獣人さんの国で何があったかも聞きたい。


「スザンナねえちゃん、フェル姉ちゃんの部屋へ行こう。色々お話しなくちゃ」


「うん、それはいいんだけど――」


 スザンナ姉ちゃんがおじいちゃんのほうを見た。


 食事をしている時、オルウスおじさんにトラン国出身かどうか聞かれてからおじいちゃんはちょっと変だ。変だというよりも考え込んじゃってる?


「おじいちゃん、どうかしたの?」


「……うん? ああ、いや、別に何でもないよ――ちょっと出かけてくるからアンリ達はここにいなさい」


「アンリ達はこれからフェル姉ちゃんの部屋に行くつもりなんだけど?」


「フェルさんはこれからメノウさんに連絡を取るとか言ってたから少し待った方がいいかもしれないね。おじいちゃんの用事もすぐに終わるから、それまではこの部屋にいなさい。絶対に出ちゃいけないよ?」


 かなりの横暴と見た。でも、おじいちゃんは真面目な顔をしている。何か重要な事なのかな?


「それは分かったけど、おじいちゃんはどこへ行くの? お外?」


「いや、クロウさんに食事のお礼をしておこうと思ってね。それにクロウさんがソドゴラ村へ来ると決まったからね、その詳細の打ち合わせだよ」


 どうやら村長としてのお仕事みたい。お外ならアンリもついて行こうと思ったけどそうじゃないみたいだし部屋で待っていよう。


「うん、それなら早めに帰って来て。それまでアンリとスザンナ姉ちゃんは大人しく部屋で待ってるから」


「出来るだけ早めに帰ってくるよ。それじゃ行ってくる」


 おじちゃんはベルでメイドさんを呼んでから部屋を出て行った。


 スザンナ姉ちゃんとこの部屋に残ったけど、何をしようかな?


「アンリ、このベッドすごく柔らかいよ。こう、埋もれちゃう感じ」


「そうなんだ? なら試してみる。実はアンリはベッドにはうるさい。アンリを唸らせることができたら合格」


 本当はダイブしたい。でもそれは悪手。ベッドの質を確かめるならちゃんと普通に横にならないと。


 靴を脱いでベッドに上がる。そしてマクラへ頭を乗せて仰向けになった。




「アンリ、スザンナ君、もう寝たのかい?」


「――おじいちゃん?」


 あれ? さっきおじいちゃんは部屋を出て行ったんじゃ?


「どうかしたの? 忘れ物?」


「忘れ物? いや、今戻ってきたところなんだが、二人してベッドに横になっているからもう寝てしまったのかと思ってね。フェルさんのところへ行くんじゃないのかい?」


「え? 寝てた?」


 横を見るとスザンナ姉ちゃんが仰向けで寝てる。もしかして横になったとたんに寝ちゃった?


「……おじいちゃん、気を付けて。このベッドは魔性。もしかしたら睡眠を誘発するような魔道具かも。アンリ達は一瞬で寝ちゃった。しかも目覚めばっちり」


「今日は二人とも朝早かったからね。それに空を飛んで少し興奮していたから疲れていたのかもしれない。スザンナ君は魔力を結構使ったしなおさらだろう。まだ時間的には早いけど、今日はもうこのまま寝るかい?」


「フェル姉ちゃんが近くにいるのに寝ている場合じゃない。お話してくる。スザンナ姉ちゃん、起きて」


 スザンナ姉ちゃんの体を揺さぶると「んー」とかいいながら目をこすり始めた。そして周りをキョロキョロする。


「……もしかして寝ちゃってた?」


「うん、結構短い時間だったけどアンリも爆睡しちゃった。危うく今日のプランが崩壊するところ。さっそくフェル姉ちゃんの部屋に行こう」


 スザンナ姉ちゃんは一度だけ伸びをしてから「うん」と頷いた。


「フェルさんの部屋ならメイドさんが知っているだろう。案内してもらうといい」


 おじいちゃんはそう言って部屋にあるベルを鳴らした。


 待つこと数秒。扉をノックする音が聞こえた。早すぎないかな?


『村長様、お呼びでありますか?』


 扉の向こう側から声が聞こえてきた。聞いたことがある声だ。たしかヘルメ姉ちゃん。


 おじいちゃんが扉を開けた。そこにはアンリの予想通りヘルメ姉ちゃんが立っている。


 以前から思ってたけどヘルメ姉ちゃんはすごく背が高い。こう見上げる感じ。


「ええ、フェルさんの部屋までこの子達を案内してもらえますか?」


「はい、大丈夫であります――あ、そうでした。お風呂の用意ができていますが、皆さんでお入りになりますか?」


 お風呂? 皆さんでってことは結構大きいお風呂なのかな?


「みんなで入れるくらい大きいお風呂なの?」


「それはもう大きいですよ。はっきり言って私くらいの身長でも泳げます。もちろんお客様が使う大浴場なので入ったことはないですけど。でも、掃除でよく行きますので間違いないであります」


 お風呂で泳ぐ。なんて魅惑的な言葉。アンリは村の近くにある川でしか泳いだことがない。そして家のお風呂はちょっと小さい。やるしかない。


「うん、ならお風呂に入る。フェル姉ちゃんを誘ってみんなで入ろう」


 そしてアンリはひらめいた。


 いつもは小さいお風呂でそのスペックを十分に生かせなかった秘宝がある。


「おじいちゃん、亜空間からアンリの宝箱を取り出して。ヴァイア姉ちゃんのポーチ型魔道具に入れてたよね?」


 おじいちゃんがポーチからアンリの宝箱を取り出してくれた。


 さらにその箱から一つの秘宝を取り出す。


 そう、これはジェット大王イカ。


 家の小さなお風呂じゃない。大浴場という大海原で自由に泳がせてあげるんだ……勢いで言ったけど、大海原って何だろう? たまにご本に書いてあるけど実はよく分かってない。


 たぶん、大きな海かな。今日、空から見た海はすごく広かった。リエル姉ちゃんを助け出したら後で見に行こう。


「それじゃヘルメ姉ちゃん、フェル姉ちゃんの部屋までお願いします」


「お着替えは大丈夫ですか? タオルや石鹸は脱衣場や浴場にありますが、着替えだけは準備してくださいね」


「うん、大丈夫。抜かりなし」


 スザンナ姉ちゃんも大丈夫そう。


「了解であります。それじゃ早速行きましょう!」


 ヘルメ姉ちゃんの案内でフェル姉ちゃんの部屋まで連れて来てもらった。


 やっぱりこのお屋敷はものすごく広い。探検なんかしたら迷いそう。ダンジョンで培ったマッピングの力が必要になるかも。


「この部屋でありますよ」


「ありがとう、ヘルメ姉ちゃん」


 扉の前に立ってノックした。


「フェル姉ちゃん、お風呂に行こう。一番風呂は譲らないけど、代わりに九大秘宝の一つ、ジェット大王イカを見せる」


 部屋の中からゴソゴソと音が聞こえた。もしかしてもう寝てたのかな? 夜はまだこれからなのに。


「たとえアンリでも一番風呂を譲る気はないぞ。それよりもジェット大王イカってなんだ?」


「魔力でお風呂を泳ぐ大王イカ。その姿はまるでタコ。必見」


「いや、イカなんだよな?」


 そこを突っ込むとはさすがフェル姉ちゃん。スザンナ姉ちゃんも突っ込んだけど。


 少し待つとフェル姉ちゃんが扉を開けて出てきた。すでに頭にタオルを乗せてる。そして黄色いアヒルを手に持ってる……? よく分からないけど戦闘準備は万全と見た。


「それじゃたまには一緒に入るか……たまにはというよりアンリやスザンナとは初めてか?」


「うん、フェル姉ちゃんはリエル姉ちゃんとかヴァイア姉ちゃんと一緒に入ったことがあるんだよね? 前にガールズトークで言ってた気がする」


「……そうだったな。前はリエルも一緒だった」


 フェル姉ちゃんがちょっと暗くなった。


 確かにリエル姉ちゃんがいない時に楽しんでいる場合じゃないとは思う。でも、ずっと張りつめているのは良くないって聞いたことがある。大事なのはメリハリ。休む時は全力で休まないと。


「今日はいないけど、リエル姉ちゃんを助け出したら村に帰るときにここを通るから、その時にまた一緒に入ればいいと思う」


 そう言うとフェル姉ちゃんが少しだけ笑った。そしてアンリの頭をなでる。結構いい感じ。八十点。


「そうだな。アイツには色々聞いて欲しいこともある。助け出したら帰りにまた寄らせてもらうか」


「はい、クロウ様も喜ぶと思うであります」


 ヘルメ姉ちゃんからも援護射撃が来た。さすがメイドさん。


「えっと、ヘルメ、だったよな。帰りも寄った時はまたよろしく頼む。よし、切り替えて風呂に行くか。場所を忘れたから案内してもらえるか?」


「はい、こちらであります」


 ヘルメ姉ちゃんが歩き出した。それにアンリ達もついて行く。


 よーし、ジェット大王イカの真の力を開放してフェル姉ちゃんをびっくりさせるぞ!

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