第237話 新しい命
おとうさんやおかあさんの二つ名が判明した翌日、午前中のお勉強が終わって、昼食も食べたから森の妖精亭へやってきた。
そしていつものテーブルに座って作戦会議。アンリとスザンナ姉ちゃん、そしてちょっとグロッキーなクル姉ちゃんの三人でヤト姉ちゃんが持って来てくれた水を飲む。
飲み終わると、クル姉ちゃんが恨みがましい感じの目でアンリのほうを見た。
「アンリ達っていつもあんなに勉強してるの? かなりきついんだけど?」
「今日は算術もあったし普段よりも厳しかった気がする。いつもはもうちょっと楽」
「そうなんだ? 勉強が大事なのはわかるんだけど、したくないなぁ。無料だしありがたいことはありがたいんだけど」
「やっぱり勉強ってお金を払うものなの? マナちゃん達はおじいちゃんにお金を払ってるみたいなんだけど」
「それはそうだよ。ルハラには学校っていう教育機関があるけどお金を払わないと入学させてもらえないからね。私は読み書きや算術をウル姉さん達から教わったけど、商売をする人でもなければ読み書きや計算も一苦労なんじゃないかな?」
そういうものなんだ?
アンリは文字を読めるし書ける。お金の計算もある程度はできるし、これはおじいちゃんのおかげなのかも。それはそれとして勉強はしたくないけど。
「あ、でも、アーシャさんに術式理論を教えてもらえるのも無料なのは嬉しいかな! ルハラであれを教わったら大金貨一枚は必要だからね。よーし、今日は昨日教わった魔法をぶっぱなすよ!」
そういえば、クル姉ちゃんは昨日、おかあさんに術式のことを教わっていたっけ。あの間にアンリ達はおじいちゃん達のことを聞いてた。
おじいちゃん達はトラン国ではそれなりの身分だったらしいんだけど、ちょっと問題を起こして逃げてきたみたい。実は教皇のティマ姉ちゃんも一緒に逃げてきた人だったとか。
トラン国から船でロモン聖国へ逃げて、そこからオリン魔法国を通ってこの境界の森へ来たとか。トラン国からおじいちゃん達を狙う刺客が来てたみたいで、危険な森のほうが安全だというちょっと矛盾した状態になったけど、ソドゴラ村を作ってなんとか生き延びたみたいだ。
おじいちゃん達が一体何をしたのかは教えてくれなかったけど、結構大変なことをしたんだと思う。言うなればおじいちゃん達はアウトロー。
でも、そこがいい。憧れちゃう。
おじいちゃん達のことだから、悪いことをして逃げてきたわけじゃないと思う。やむを得ず逃げてきた感じじゃないかな。こう理不尽なことを突きつけられて逃げ出した感じだとみた。
それにちょっとだけ気になることがある。おじいちゃんがやられっぱなしの訳ない。
おじいちゃんはたぶん機会を窺ってる。村の方針が「やられたらやり返す。徹底的に。禍根は残さない」なんだから、いつかやる気なんだと思う。いつやるかは知らないけど、その時はアンリも手伝おう。
その時はフェル姉ちゃんも雇うべきかな。一緒に一番槍を競い合いたい。
「アンリ? 大丈夫、聞いてる?」
スザンナ姉ちゃんがアンリの目の前で手を振っていた。考え込んじゃったみたいだ。
「ごめんなさい、聞いてなかった。何の話?」
「これからダンジョンへ行こうっていう話。準備は大丈夫?」
「アンリはいつだって常在戦場。死して屍拾うものなし。いつでも行ける」
「意味は分かんないけど、やる気は分かった。それじゃ行こう――」
スザンナ姉ちゃんが立ちあがると同時に、外から誰かが入って来た。
良く見たらロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんだ。宴の時に見なかったんだけど、どうしたんだろう――というか、本当にどうしたんだろう? オリエ姉ちゃんのお腹が大変なことになってる。
オリエ姉ちゃん達はアンリに気づいて近くへやってきた。そして大変そうに椅子に座る。ロミット兄ちゃんはオリエ姉ちゃんの後ろに立って椅子には座らないみたいだ。
「ふう、歩くのも疲れるわ。久しぶりね、アンリちゃん、スザンナちゃん、えっと、そちらの方は初めて見るかしら?」
「あ、はい。クルと言います。よろしくお願いします」
「オリエよ。こっちは私の旦那でロミット。こちらこそよろしく頼むわね」
オリエ姉ちゃん達とクル姉ちゃんの挨拶は終わった。なら不思議に思っていることを聞いておこう。
「オリエ姉ちゃん、そのお腹なんだけど、もしかしてフェル姉ちゃんみたいに食べすぎちゃった? あれはフェル姉ちゃんだから出来る芸当。素人には危険だと思う」
「ええ? なんでそんな話に――あ、そうか、アンリちゃんは知らないのね。これはね、お腹の中に赤ちゃんがいるの。生まれるのはまだ先だけど、順調に育ってるからお腹が大きくなっちゃったのよ」
赤ちゃんがお腹にいる? まさかオリエ姉ちゃんは……!
「オリエ姉ちゃん、もしかして川の上流から流れてきた桃を食べちゃったの!?」
「何のお話? 桃?」
「だから赤ちゃんのお話。赤ちゃんはキャベツから生まれないし、コウノトリも連れてこない。これらはフェイク。実は桃から生まれるって情報を得た。川へ洗濯に行くと桃が流れてきて、それを切ると赤ちゃんが生まれるってフェル姉ちゃんから借りた本に書いてあったから間違いない。オリエ姉ちゃんは桃を切らずに食べちゃった?」
「ええ……? えっと、アーシャさんから何も聞いてない? ちょっと微妙な話題だから答えづらいわね……」
オリエ姉ちゃんが周囲を見渡すと、なぜかみんな視線を逸らした。どういうことなんだろう?
「おー、もう来てたんか? 悪いな、遅くなって。教会のほうが改装中だから妊婦にはちょっとまずいと思ってこっちに来てもらったんだが――体の調子はどうよ? どこか痛かったりしないか?」
今度は入口からリエル姉ちゃんがやってきた。そしてオリエ姉ちゃんの体を心配するような言葉を投げかけている。でも、この場の空気がおかしいのを感じ取ったのか、キョロキョロしだした。
「おいおい、何だよ。なにかあったのか?」
「リエル姉ちゃん、オリエ姉ちゃんは桃を食べたからお腹に赤ちゃんがいるみたい。得意の治癒魔法で助けてあげて。どうやるかは知らないけど」
「あ? 桃? 何の話だよ?」
「だからお腹に赤ちゃんがいる話」
「あん? アンリの話はよく分からねぇけど、赤ちゃんは順調に育ってるぞ。それに俺がいるんだ。女神教の時に何度もやったからベテランだぜ? 大船に乗ったつもりで任せておきな!」
リエル姉ちゃんがドヤ顔だ。
もしかして桃を食べちゃう人って結構いるのかな? アンリは気を付けよう。でも、みんなの落ち着き具合を見ると、桃は切らずに食べるのが正解? お腹の中で赤ちゃんを育てるのかな? すごく不思議。それにちょっとホラー。
でも、オリエ姉ちゃんはなんだかすごく幸せそう。笑顔でお腹をゆっくりさすってるし、なんかこうアンリの心がポカポカしてくる感じの雰囲気だ。
「おし、それじゃさっそく確認してみるか」
リエル姉ちゃんがオリエ姉ちゃんの目をのぞき込んだり、口の中を見たり、お腹をさすったりしてる。アンリが風邪をひいたときに司祭様が良くやってくれた行為だ。
「母子ともに健康そうだな。でも、無理はすんなよ? なにかあったらすぐに教会――いや孤児院へ来てくれ。真夜中でも叩き起こしてくれて構わねぇから」
「ありがとう、リエルちゃん。でも、大丈夫なの? この前も真夜中に起こしちゃったわよね?」
「気にすんなって。そういう時のために昼間結構寝てんだから。女神教時代に訓練したし、今はヴァイアの魔道具もあるから、いつでも五秒で寝れるし、五秒で起きられるぜ? だから遠慮せずに何かあったら来いよ? そのお腹の中には大事にしなきゃいけねぇ新しい命があるんだからな」
「……本当にありがとうね。助かるわ、リエルちゃんがいてくれて」
「いいっていいって――でも、感謝してるならいい男を紹介してくれ」
リエル姉ちゃんがそう言うと、オリエ姉ちゃんは噴き出すように笑った。
「リエルちゃんはそれがなければ完璧なのにねぇ」
「何言ってんだ。俺はこれで完璧なんだよ。ああ、いや、ちょっと足りねぇか。彼氏とか旦那がいねぇ。それさえいれば完璧だ!」
残念。リエル姉ちゃんはすごく残念な気がする。もうちょっと欲望を押さえればいいのに。
オリエ姉ちゃんとロミット兄ちゃんはみんなと話をした後、二人で森の妖精亭を出て行った。家でゆっくり休むみたいだ。
「さーて、そんじゃ俺も戻るかな。皆で孤児院を掃除してっから俺がサボるわけにはいかねぇ……そうだ、お前ら、ダンジョンへ行くってマナから聞いたぞ? アビスの中だから大丈夫だとは思うが、怪我したらすぐに来いよ、治してやっから」
リエル姉ちゃんはそう言って森の妖精亭を出て行った。
「えーと、それじゃアンリ達もダンジョンへ行こうか? 色々あったけど、問題はないみたいだし……あ、そうだ。教えて欲しいんだけど、赤ちゃんは桃を食べてお腹で育てるのが正解?」
なぜかスザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんもちゃんとした答えをくれなかった。おかあさんに聞いてってことだけだ。ちょっとモヤモヤするけどまあいいや。
よし、午後はダンジョンで頑張るぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます