第236話 口止めとお礼

 

 午前中にお勉強をしていた大部屋まで戻ってきた。


 この部屋にいるのは、アンリ、スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃん、そしてゾルデ姉ちゃんとユーリおじさんだ。もちろん、おじいちゃん達もいてベインおじさんもいる。みんなを集めて何をするのかな。お話とは言ってたけど。


 アンリ達はマナちゃん達と一緒に勉強している机のほうに座っていて、おじいちゃんはいつもの教壇のところ。そのちょっと斜め後ろにはおとうさんとおかあさんが並んで立っていて、ベインおじさんは入口付近に立って腕を組んでいる。


 いまはお昼をちょっと過ぎたくらい。これからダンジョンへ行こうと思ってたんだけど、森の妖精亭でお話をしていたら家に戻された。戻された理由はクル姉ちゃんのお話が原因だと思う。


 でも、なんでだろう? 単におとうさんやおかあさん、それにベインおじさんの二つ名を教えてもらっただけなのに。もしかして知られちゃいけない秘密の二つ名だった?


 おじいちゃんがちょっとだけため息をついてから皆を見渡した。そして視線をクル姉ちゃんに定める。


「クル君、たしかルハラの傭兵団に所属していたんだったね?」


「はい、そうです。今は一人で頑張るように言われているので、ソロで活動してますけど」


「そうか……クル君はトラン国の危険人物を知っているとか言っていたそうだね? そこに立っているベインに聞いたのだが間違いないかな?」


「え? あ、はい。危険人物というか、傭兵の中で恐れられている人達の事なんですけど……名前から考えて、アンリのご両親やそちらのベインさんがそうなのかなぁと」


 そこでアンリが勢いよく手をあげた。確認したいことがあったからちゃんと聞いておこう。


「灼熱のアーシャっておかあさんのことなの? 赤いドレスを着ていたって聞いた」


 なぜかおかあさんは顔を真っ赤にした。そして両手で顔を隠して震えてる。おとうさんが背中をさすっているみたいだけど、泣いたわけじゃないよね?


 おじいちゃんやベインおじさんは難しい顔をしているし、どうしたんだろう?


 今度はゾルデ姉ちゃんが手をあげた。


「私も質問! アンリちゃんのお父さんは強いんですか!? 強いなら戦お――もがもが」


「ゾルデさん、空気を読んでください。そういう話をしていい雰囲気じゃないでしょう」


 ゾルデ姉ちゃんの口をユーリおじさんが塞いでる。ゾルデ姉ちゃんは暴れているけど、ユーリおじさんのほうが優勢だ。さすがアダマンタイト。


 おじいちゃんが真面目な顔でアンリ達を見渡した。


「ここにいる皆さんにお願いがあります。このことは誰にも言わないで欲しいのです。たしかに私達はトラン国から来ました。クル君が言った通り、以前はトラン国の軍に所属していてルハラ帝国やウゲン共和国と戦ったことがあります。ですが、今は国を捨てた身。それにこの村にはルハラ帝国の出身者がいますし、最近では獣人の方も住むようになりました。私達の出身は伏せておきたいのです」


 おじいちゃんはそこまで言うと深く頭を下げた。


 クル姉ちゃんやゾルデ姉ちゃん、それにユーリおじさんが慌てているみたい。頭を上げてくださいって言ってる。


 以前、トラン国から来たのを黙っているように言われたのはそういう理由だったんだ?


 たしかヴァイア姉ちゃんの本当のご両親はルハラでも有名な魔法使いでトラン国との戦争に参加してたって聞いたことがある。その戦争で亡くなったとも聞いた。


 おじいちゃん達が直接倒したわけじゃないと思うけど、ヴァイア姉ちゃんからしたらちょっと嫌な感じかも。


 でも、ちゃんと言ったほうがいいんじゃないかな? 村の皆ならそんなことで怒ったりしないと思う。昔は色々あったかもしれないけど、今はみんな一緒の村に住む家族なんだし。


「分かった! 誰にも言わない! 私はこう見えて口は堅いほうだから安心だよ!」


「冒険者ギルドへ報告するようなことでもないですし、誰にも言わないと誓いますよ」


「知らなかったとはいえ、すみませんでした。もちろん私も言わないようにします。ウル姉さんもアンリのご両親と直接戦ったことはないって言ってましたし特に禍根はないと思いますから大丈夫です」


 ゾルデ姉ちゃん、ユーリおじさん、クル姉ちゃんがそれぞれ内緒にしてくれる約束をしてくれた。


「あの、もちろん私も言いません」


 スザンナ姉ちゃんも同じように約束してくれるみたいだ。ここはアンリも言うべきなのかな?


「えっと、アンリももちろん内緒にする。お口にチャック。出身を聞かれたらソドゴラ村って言うようにする」


 おじいちゃんがアンリを見て微笑んでから、みんなを見渡してまた頭を下げた。


「皆さん、ありがとうございます。口止めのお礼と言う訳ではありませんが、出来るだけ便宜を図りますので――」


「はいはい! なら、たまにでいいから戦って! 強い人とは手合わせしたい! シロキリって言われるほどの腕前を見せて!」


 おとうさんがちょっとだけ笑って「たまになら」って言うと、ゾルデ姉ちゃんはバンザイした。そんなに嬉しいんだ?


「ゾルデさん、だからアダマンタイトは私闘を禁じられているって何度言ったら――」


「これは訓練だって! 修行だよ、修行! うわー、楽しみ!」


「ユーリさんは何かないのですか? 何でもと言う訳にはいきませんが、出来るだけ要望には応えるつもりです。それだけのお願いをしていますからね」


 おじいちゃんがそう言うと、ユーリおじさんが顎に手を当てて考え込んじゃった。でもすぐに顎から手を離しておじいちゃんのほうを見た。


「なら、冒険者ギルドを少し大きくしてもいいですか? 実はギルドからアビスの情報が冒険者に展開されることになっているんですよ。結構な数の冒険者が来ると思いますので、その前に建物を大きくしたいなと思いまして」


「冒険者が増えるのですか? あまり喜びたくない状況ですね。人が増え過ぎると問題も増えますので」


「そこは冒険者ギルドがちゃんと取り締まりますので。それにこの村にはウェンディさんをいれて四人もアダマンタイトがいますから、そうそう悪さはできないでしょう。そもそもフェルさんの目が届く範囲で悪さなんてしたら大変な目に合いますからね」


 それはアンリも同意。フェル姉ちゃんはこの村や村の人たちに害が及ぶと絶対に報復する。この村で悪さをするのは素人。


「確かに。なら構いませんよ。森の妖精亭にいるロンという者がかなりの建築技術を持っていますので依頼してみてください。今はメイドギルドの支部やヴィロー商会の支店を建てているのでその後になると思いますが」


 たしか村の西側のほうでちょっと大きめの建物を作っていたっけ? 新しい家を建てるときはいつも楽しみ。ある程度建物が出来たら、そこから紙に包まれた食べ物を撒く。アンリは背が低いから不利だけど、頑張って食べ物を取ろう。三つは取りたい。


 クル姉ちゃんが勢いよく手をあげた。


 もしかしてクル姉ちゃんもなにか要望があるのかな?


「あ、あの! よかったら、灼熱のアーシャさんに炎系の魔法を教わりたいんですが! アーシャさんの操る炎は芸術的で、見とれていると燃やされるって聞いてます!」


「クルちゃん、恥ずかしいから灼熱のアーシャって言わないで。昔、それを聞いたとき、あまりの恥ずかしさに一週間寝込んだから……魔法はもちろん教えるわ」


「はい! ありがとうございます!」


 みんなそれぞれ要望があるみたいだ。ならここはアンリも要望を出すべきかも。


「おじいちゃん、アンリも黙っているからお勉強の時間を減らして。むしろなくす勢いでお願いします」


「アンリとスザンナ君はおじいちゃん側だろう? 要望を聞くというよりも、みんなの要望を叶えるほうだからね?」


「それは盲点だった……ならお願いと言うか、クル姉ちゃんにも勉強を教えてあげて。無料で」


「え? なんで?」


 クル姉ちゃんがかなり意外って顔でアンリを見つめた。


 でも、意外でも何でもない。パーティを組むんだから当然。苦楽を共にしないと。


「アンリ達は午前中お勉強。クル姉ちゃんと一緒にダンジョンへ行けないから、ここで勉強しよう。大丈夫、席は余ってる。アンリの席を譲ってもいい」


 逃げ出しやすい席に移動したい。できれば入口近くがベスト。


 クル姉ちゃんは結構抵抗してたけど、おじいちゃんがその気になって言いくるめられてた。明日から一緒にお勉強だ


 よし、今日はダンジョンに行かないで、おじいちゃん達のお話を聞こう。


 ここにいるみんなにはおじいちゃん達がトラン国出身だとばれているわけだし、色々お話をしてもいいはず。おじいちゃん達がトラン国で何をやっていたかすごく気になる。


 二つ名が付くくらいなんだからすごく強かったはずだ。その辺りのことを根掘り葉掘り聞いてみようっと。

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