第235話 危険人物

 

 森の妖精亭の食堂にあるいつものテーブルでクル姉ちゃんを取り囲んだ。


 これはクル姉ちゃん包囲網。アンリが聞きたいことを聞くまで逃がさない。


 クル姉ちゃんはちょっとだけ怯えた感じになってる。


「みんなの目が怖いんだけど?」


「クル姉ちゃんはそれだけ大変なことを言った。とはいってもそれはアンリにだけ大変なことで、スザンナ姉ちゃん達はたぶんノリで囲んでる。それはいいとして、クル姉ちゃんはおとうさんのことを知ってるの?」


「さっきも言った通り勘違いかもしれないよ? 数年前、つまりルハラとトランが休戦協定を結ぶ前の話なんだけど、トランには危険人物って言うか、見たら逃げ出せって人が何人かいたんだ」


 休戦協定って言うと、ルハラとトランがしばらく戦わないでおこうっていう取り決めのことかな? たしか、数年前にルハラとトランの両方で結構な問題が起きて、戦争どころじゃなくなったとかおじいちゃんに聞いたことがある。


 ゾルデ姉ちゃんがぐいぐいとクル姉ちゃんのほうへ体を寄せた。


「私って大陸の西側は良く知らないんだよね! どんな人が強いの? 何人かいたんでしょ? 教えて教えて!」


「私が知っている限りだと四人かな。一人はさっき言ったシロキリのウォルフ。実際に城を斬ったわけじゃなくて、砦へ攻め込んだ時に、門を剣で斬ったらしいんだ。でも、門だけじゃなくて砦の入口を修復不能なくらいに斬ったとかでそんな名前が付いたとか」


 もしかして紫電一閃の事かな? アンリはおじいちゃんから習ったんだけど見本でおとうさんに見せてもらった。木を一本、スパッと斬ったのは覚えてる。


「それがアンリちゃんのお父さんなんだ? やっぱり私の目に狂いはなかった! 聞いたでしょユーリ! やっぱり強いんだよ!」


「強いかもしれませんけど戦っていいというわけじゃないですからね? クルさん、良かったらほかの方のことも教えてもらえますか? 冒険者ギルドに所属する身として強い人を知っておきたいので」


「ええ、構いませんけど……アンリ達もいい?」


 アンリとしてはおとうさんのことが聞ければいいんだけど、強い人というのは気になる。ダンジョンに行きたいけど、まずはこっちが優先。


 スザンナ姉ちゃんも同じみたいでテーブルに身を乗り出してる。強い人に興味があるのかも。


「クル姉ちゃん、続けて。アンリ達も知りたい」


「うん、それじゃ次は灼熱のアーシャかな。この人は魔法使いなんだけど炎系の魔法を使わせたら最強らしいよ。いつも赤いドレスを着ていて、戦場で赤色を見かけたらすぐに逃げろって言われてたらしいんだ。憧れちゃうよね! ……あれ? アンリもスザンナもどうしたの? なんかボケっとしてるけど?」


 人界や魔界には世界規則っていう不可侵のルールが存在するっておじいちゃんに聞いたことがある。


 そのルールの一つに同じ名前の人はいないと言うのがある。その人が亡くなったりした場合には新たに同じ名前の人が生まれる可能性はあるけど、生きている人で同じ名前の人はいない。


 つまり、アーシャという人はアンリのおかあさんだけだ。


「アーシャってアンリのおかあさんの名前なんだけど」


「ええ!? 本当!? 紹介して! 私も炎系の魔法を伸ばしたいと思ってたんだ! 教えてもらいたい!」


 それはいいんだけど、本当におかあさんが灼熱のアーシャなのかな? 確かにおかあさんの料理はすごく熱い。スープは灼熱と言えるかも。これも家に帰って確認しよう。


「魔法使いかー、それはあまり戦いたくないかな。アンリのお父さんみたいに武器使って強い人はいないの? そういう人を紹介して!」


「それなら双剣のベインかな? 二刀流の剣士なんだけど、どんなに不利な状況でも笑いながら突っ込んで来て戦況を変えちゃうんだって。ちなみにその人がいた部隊は全員がそんな感じで戦いたくない部隊ナンバーワンだったとか」


「うわー! いいないいな! そういう人と戦いたい! ……アンリちゃん、どこ見てるの? あっちのテーブルに何かあるの?」


 ベインおじさん達を見たんだけど、もしかしてそうなのかな? 今も猫耳のお話をしているベインおじさん達が……?


 これは一度クル姉ちゃんに確認しないといけない。ここまで来ると偶然じゃない気がする。


「クル姉ちゃん、もしかしていい加減に言ってない? 村にいる人の名前を勝手に使って創作してるとか?」


「言ってないって。聞いた話だから間違って覚えている可能性はあるよ。でも、私がウル姉さんの話を間違って覚えることはないと思うんだけどなぁ」


「ちなみにあそこに座って猫耳の話をしている人がベインおじさん。今は畑でお野菜を作ってる。確かに昔、クワで二刀流みたいなことはしてたけど、強いイメージがないかな」


「え! いるの!?」


 クル姉ちゃん驚き方は本物っぽい。これが嘘の演技だったら劇団でやっていけるレベル。主演女優。


 これはまず確認しないといけないかな。ちょっとベインおじさんに話を聞いてみよう……と思ったら、すでにゾルデ姉ちゃんが向こうのテーブルに移動してた。ユーリおじさんが慌てて駆け寄ってる。アンリも行こう。


「ゾルデちゃんじゃないか。おっと、ダメだぜ。午後も畑仕事があるんだ。飲み比べの勝負は夜じゃないとな!」


「それは後で勝負だね。それはいいとして、聞きたいことがあるんだけど」


「なんだい?」


「名前ってベインで合ってる?」


「おいおい、ひでぇな。宴で一緒に酒を飲んだ仲だって言うのに名前が曖昧なのかよ。ああ、合ってるよ。俺はベインだ。でも、それがどうしたんだ?」


 そう言うとベインおじさんはコップの水をぐびっと飲んだ。


「双剣のベインで間違い――うわ! 水を吐き出さないでよ!」


 ベインおじさんが飲んでた水を吐き出してむせてる。一緒のテーブルにいたギュスタおじさん、キルヒおじさん、テルゲルおじさんも同じようにむせた。


 背中をさすってあげよう。


 みんなでおじさん達の背中をさすってあげたら落ち着いたみたいだ。でも、ものすごく目を見開いてこっちを見てる。ちょっと怖いくらい。


「ど、どうして、その名前を?」


「あ、それじゃやっぱりそうなんだ! 実はクルちゃんから聞いたんだよね! よし、それじゃ戦おう!」


「ゾルデさん、なに言ってんですか、ダメに決まってるでしょう! 頼みますから誰彼構わずに戦いを吹っ掛けるのはやめてください!」


「ユーリ、なに言ってんの。強い人にしか戦いを吹っ掛けないよ!」


「そういう意味じゃないです!」


 ゾルデ姉ちゃんとユーリ兄ちゃんの攻防が始まった。うん、放っておこう。問題はこっちだ。


「ベインおじさんは双剣のベインなんだ?」


 アンリがそう尋ねると、ベインおじさんは目を瞑り右手をおでこに当てて上を向いちゃった。他のおじさん達もなんだか考え込んじゃったみたい。どうしたんだろう?


「もしかしてその二つ名は黒歴史だったりするの? アンリとしては格好いいと思うけど」


「……まあ、そんなところかなぁ、恥ずかしいから誰にも言わないでくれよ?」


「もしかしておとうさんのシロキリとか、おかあさんの灼熱も黒歴史?」


 そう言ったらベインおじさん達の口が開きっぱなしになった。今日は同じ表情をする人が多い。


「ちょ、ア、アンリちゃん? その名前をどこで……?」


「クル姉ちゃんから教わった。トラン国にいた強い人の二つ名だって。もしかして、おとうさんとおかあさんで間違いない?」


「え、あ、ど、どうかな? ちょ、ちょっと待ってくれ。クル姉ちゃんと言うのは、その子だよな? なんでそんなことを知ってるんだい?」


 ベインおじさんの言葉にクル姉ちゃんがちょっとビクッとなった。


「え、えっと、私って一応ルハラの傭兵団『紅蓮』に所属してまして、姉からそんな話を聞いたことがあったんです。結構前のことだから間違ってるかもしれませんけど」


「あぁ、ルハラの……えっと、ちょっと待ってくれるかな? 村長と会う約束があったのを思い出したから」


 ベインおじさんはそう言うと、おぼつかない足取りで食堂を出て行った。


 どうしたんだろう? いきなりおじいちゃんと会う約束を思い出すなんて。


「何か都合の悪いことだったかな? でも、なんでこの村にいるの? トラン国の話だよ?」


 スザンナ姉ちゃんと視線が合った。


 確かラスナおじさんが家に来た頃に、おじいちゃん達はトラン国から来たって話を聞いた。でも、誰にも言っちゃダメだって念を押された気がする。


 もしかしてベインおじさん達もトラン国から一緒に来たのかな? それが誰かにばれると問題なのかも。


 しばらくすると外が騒がしくなった。


 そしておじいちゃんとおかあさん、それにおとうさんが息を切らしながら中へ入ってくる。おじいちゃんがアンリ達を見てから息を整えると笑顔になった。


「みんな、家でちょっとお話をしようか」


 笑顔なのに有無を言わせない感じの雰囲気が出てる。おかあさんやおとうさんもだ。アンリがイタズラをとぼけていた時と同じくらいの威圧……!


 よく分からないけどアンリ達は家に連行されちゃった。今はみんなが大部屋の椅子に座ってる。


 これから何が始まるのかな?

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