第238話 妖精愚連隊
スザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃん、そしてアンリの三人でアビスちゃんのダンジョンにやってきた。
門限まで結構時間があるから今日中に第二階層のジャングルエリアを抜けられると思う。でも、慌てちゃいけない。アンリの目的は踏破じゃない。お金稼ぎだ。
アビスちゃんが魔力で作り出した魔物さんをバッタバッタと倒して魔石を拾わないと。三人のパーティなんだからちゃんと目的を共有しよう。ホウレンソウが大事。トウモロコシのほうが大事だと思うけど。
「スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃん。アンリ達の今日の目的はお金稼ぎ。魔石をいっぱい拾おう。でも、今日中に第三階層へも行きたいからちょっとだけ足早に進む」
「私はアンリの決めた方針に従うよ」
「スザンナじゃなくて、アンリがリーダーなんだ? まあ、今日の方針はそれでいいけど、パーティ名は決めたの?」
そうそれ。それも大事。昨日ベッドの中で思いついた。スザンナ姉ちゃんにはすでに了解を得ている。ちょっとだけ微妙な顔をしたけどアンリが押し切った。
「このパーティの名前は『妖精愚連隊』。昨日判明したけど、おじいちゃん達はアウトローだった。ならアンリにもその血が受け継がれてる。つまりアンリは生まれながらのアウトロー」
「……まあ、愚連隊はいいんだけど、なんで妖精?」
「クル姉ちゃんには見せてないけど、アンリはクラスチェンジできる。それはフェアリーアンリ。妖精女王もひれ伏すくらいの妖精になる。次に結婚式があったら見せてあげる」
不思議そうな顔をしているクル姉ちゃんにスザンナ姉ちゃんが耳打ちしている。それを聞いたクル姉ちゃんが「あー、そういうこと」って言いだしたから、理解してくれたみたいだ。
本当は魔王アンリや、アルティメットアンリも見せたいけど、あれは未完成だし、たとえクル姉ちゃんでもおいそれと見せる訳にはいかない。
「理由は分かったけど、パーティ名がそれってことは私達も妖精ってことなのかな?」
「そこまで考えてなかったけど、それはいい考え。今度の結婚式は三人で妖精になって花びらを撒こう――それじゃ、パーティ、妖精愚連隊、出撃!」
アンリがそう言うと、スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも右手を上げて「おー」と声を上げた。
よし、頑張るぞ。目標は小銅貨一枚くらいの魔石だ。
ジャングルを索敵必滅状態で練り歩く。
アンリ達はまさに愚連隊。目が合った魔物に因縁をつけるのは立派なアウトロー。しかも倒して魔石を強奪。どこに出しても恥ずかしくないくらいの悪者だ。
「アンリ、ちょっと休憩しよう。汗をかいたからタオルで拭かないと。それに水も飲んでおこう」
「うん、それじゃちょっと休憩」
汗を拭くのは大事。服が汗を吸って重くなると動きが悪くなるし、服が濡れたままだと冷たくて風邪を引いちゃう。こまめに汗を拭いておかないと。
ちょっとだけ木のない場所を休憩場所にする。そしてタオルとか水筒を魔道具の袋から取り出した。ヴァイア姉ちゃんがくれた亜空間を作れる魔道具は素敵。大事にしよう。
「それにしてもアンリはすごいね。五歳とは思えないよ。そもそもその剣がおかしくない? なんで振れるの?」
「これは魔剣フェル・デレ。そのうち人界にその名を知らない人はいないくらいの魔剣になる予定。なぜ振れるかと言うと、アンリ専用の武器だから」
「ふぇるでれ……もしかしてフェルさんの名前を付けてるの?」
「うん。ちょっと気まぐれで扱いづらいけど、本当はいい子。やんちゃなだけ。まさにフェル姉ちゃんみたい」
ドワーフのグラヴェおじさんはすごくいい仕事をした。この剣はフェル姉ちゃんを良く表現してる。まだまだ未完成だけど、アンリと一緒に成長してくれると思う。
そうだ、一度グラヴェおじさんに診てもらったほうがいいかな。使ったのは勇者と戦った時だけだし、自己修復スキルもあるから大丈夫だとは思うけど、慢心は良くない。メンテナンスは重要。
「剣やアンリもすごいけど、スザンナも強すぎだよね。そのユニークスキルはずるくない? 剣にも鞭にも飛び道具にもなるし、防御にも使えるんでしょ? ないわー」
「でも、クルもすごいよ。結構難しい術式を簡単に構築してる。それに魔力操作も得意みたいだし、かなり優秀だと思う。同年代に同じことが出来る人は少ないんじゃないかな?」
「そうかな? ウル姉さんやベル姉さんがすごいからあまり自分のすごさが良く分からないんだよね。姉さん達になんとかついて行こうと頑張ったからかな?」
みんなでお互いに褒め称えるみたいになった。確かにスザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも優秀。アンリも頑張って追い付かないと。
そう思った瞬間に、スザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃんが首をぐるっと左に向けた。どうしたんだろう?
「どうかした?」
「シッ! 誰か近づいてくるみたい。魔物かどうか分からないから隠れよう」
スザンナ姉ちゃんの言葉に従って、木の陰に隠れた。いつだって安全第一。
ガサガサと木や植物が鳴り始めて、誰かが出てきた。
「あれ、おかしーな。誰かがいるかと思ったんだけど」
良く見たらミトル兄ちゃんだ。もしかしてアンリ達と同じようにダンジョンでお金稼ぎをしてたのかな?
「ミトル兄ちゃん」
「お? なんだ、アンリちゃん達じゃねーか。人の気配がしたから来たんだけど、ここでなにやってんだ?」
「アンリ達はダンジョンの魔物さんを倒して魔石を拾ってる。これがお金になるから今のうちからコツコツ貯めてる」
「おー、そうなんか。俺も似たよーなものかな。隊長たちは宴が終わったらエルフの森に帰っちまったんだけど、俺はフェルが帰ってくるまで待ってよーかと思ってな。宿代を稼いでいたんだよ」
ミトル兄ちゃんはフェル姉ちゃんが魔界から帰ってくるまで村にいるんだ? ならちょっと手合わせとかしてもらおうかな? ゾルデ姉ちゃんじゃないけど、アンリも強そうな人とは戦ってみたい。
たぶん、ミトル兄ちゃんは強い。普段ヘラヘラしてるけどたまに鋭い目つきをするときがある。あれは強者の眼光。
「ミトル兄ちゃん、アンリと戦って」
「へ? いやいや、危ねーから。それにそんなことしたら、俺がフェルに殺されちまうよ」
「大丈夫。これは模擬戦と言うか訓練だから」
「……まあ、それならいーかな? いいぜ、それじゃ三人ともかかってこい。胸を貸してやるぜ! ――あれ? 来ないのか? いつでもいいぜ?」
ミトル兄ちゃんの言葉にみんながきょとんとしちゃった。
「ミトル兄ちゃん、もしかしてアンリ達三人と戦うつもり? アンリはともかく、スザンナ姉ちゃんやクル姉ちゃんは強い。いくらなんでも過小評価しすぎだと思う」
「あー、スザンナちゃんは冒険者ギルドのアダマンタイトだったっけ? それにそっちのクルちゃんは前にエルフの森を襲撃した子達の一人だったか? 確かに強いかもしれねーな!」
そう言われてクル姉ちゃんはちょっとだけビクッとなった。エルフの森を襲撃したって言葉にちょっと罪悪感があるのかな?
「でも、問題ないぜ? いーから三人でかかってきなよ。それくらいハンデだ」
ハンデ? ミトル兄ちゃんはかなり強いってことなのかな? アンリとしてはそこまで差があるとは思えないんだけど。
スザンナ姉ちゃん達と顔を見合わせる。そして三人で頷いた。
三人での連携はある程度できてる。ここにいる魔物さんだとちょっと物足りないと思ってたところだからアンリ達がどれくらいのものなのか、ミトル兄ちゃんで確認しよう。
ミトル兄ちゃんが腰の剣を抜いた。細い剣でレイピアって言ったっけ? 斬るよりも刺す感じの剣だ。
なんだか剣をゆらゆらさせてるけど、大丈夫かな? 最初はちょっと手加減した形で行こう。本気でやったら、真っ二つにしちゃいそうだし。
まずはアンリが飛び出して攻撃しよう。アンリの十八番、袈裟斬りだ。これで出鼻をくじく。
……剣が地面を斬った。
本気じゃなかったけど、ミトル兄ちゃんを斬れるくらいの勢いで剣を振ったのに当たらず、そのまま地面に当たっちゃった。でも、ミトル兄ちゃんは一歩も動いてない。
あの剣でフェル・デレの斬る軌道を変えたの? あの細い剣で何倍の太さもあるフェル・デレを……?
「もう終わりかい、アンリちゃん? もっと本気を出してくれて構わないぜ?」
それはアンリに対する挑戦とみた。
「スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃん、まずは手出し無用。アンリは一人でミトル兄ちゃんと戦ってみたい」
二人が頷くのを確認してからミトル兄ちゃんを見つめる。
そして攻撃を繰り出した。
……なんてこと。何度攻撃してもミトル兄ちゃんには当たらない。
さすがに一歩も動かないってことはないけど、ほとんどその場所を移動していない感じ。なぜかあの細い剣でフェル・デレの軌道を変えられちゃう。あれは受け流しって技術かな?
「大丈夫かい、アンリちゃん?」
アンリは結構息があがってるのに、ミトル兄ちゃんは涼しい顔をしてる。ちょっと悔しい。
「ミトル兄ちゃんが強いのは分かった。アンリだけじゃ一撃も当てられない。でも、アンリ達はパーティ『妖精愚連隊』、次は当てる」
アンリがそう言うと、スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも武器を構えた。
ここからは三対一。卑怯じゃない。ミトル兄ちゃんから言い出したことだし。
「お、やる気だな。それじゃ俺も少し本気を出すかな――言っとくけど、森の中ならエルフは無敵だぜ?」
……エルフさん達は前にクル姉ちゃん達の傭兵団と戦って負けたとか聞いたけど、あれは森の中じゃなかったのかな?
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