第239話 パーティの醍醐味

 

 アンリは森の妖精亭のテーブルでやけ酒ならぬ、やけリンゴジュースを飲んでいる。


 理由は簡単。ついさっきミトル兄ちゃんに負けたからだ。そのせい、という訳じゃないけど、今日のダンジョン探索は切り上げて戻ってきた。


 そろそろ夕方になりそうだけど、周囲には誰もいない。いるのはアンリの目の前にいるスザンナ姉ちゃんだけだ。


 クル姉ちゃんとミトル兄ちゃんは冒険者ギルドへ行って魔石を換金してもらってる。残念ながらアンリはギルドカードがないから換金できない。だからクル姉ちゃんにお任せ。


 それはそれとして、ミトル兄ちゃんはずるい。森の中ならエルフさんは無敵ってああいう意味だったなんて分かるわけない。


 ミトル兄ちゃんは森というかジャングルを上手く使って逃げた。逃げたというよりはヒットアンドアウェイだ。木の上や草むらの中からいきなり襲って来ては攻撃してすぐに逃げる。


 ミトル兄ちゃんは軽そうな身なりだし、服が薄い緑色だから迷彩になってて一度見失うと追いかけられなかった。フェル・デレの軌道を変えられるほどの強さがあるのにあの後は一回も剣を合わせることがなかったなんて遊ばれた気がする。


 そしてアンリ達が疲れたところを攻撃されて終わり。ミトル兄ちゃんは鞘に入ったままの剣でアンリ達の頭をぽこって当てた。


 戦える範囲を決めてなかったのが良くなかったのかも。ちゃんとここからここまでしか移動しちゃ駄目ってルールにしておけば何とかなったかもしれない。反省点はそれくらいだと思う。


 それはそれとして、アンリはご立腹。


 ミトル兄ちゃんは強いのは強いんだけど、ああいう感じの戦い方はどうかと思う。もっとこう、剣で打ち合う感じの戦いのほうが面白いのに。


 もう一度リンゴジュースを口に含んで喉を潤す。すると、クル姉ちゃんとミトル兄ちゃんが入口から入って来た。そしてアンリ達が座っているテーブルに相席する。


 ちょうどいいからミトル兄ちゃんには物申そう。


「アンリ、スザンナ、お待たせ。それなりのお金になったからさっそく分配しよう」


 でも、その前に報酬の分配。なんだか冒険者になったみたいで嬉しい。前も魔石は拾っていたけど、それは大事に取ってある。今日の分は全部お金に代えちゃったみたいだから、アンリの初めての報酬ってことかな。


 クル姉ちゃんが小銀貨を三枚、アンリとスザンナ姉ちゃんの前に置いた。


 なんて大金。もしかしてこれがアンリの取り分?


「魔石は全部で小銀貨九枚だったよ。ちょうど一人三枚だね。半日……もないか。三時間くらいの稼ぎとしては普通かな」


 相場はよく分からないけど普通くらいの稼ぎなんだ? なんだか嬉しい。この小銀貨は大事に使おう。


「あ、私はいいよ。お金はいっぱいあるから二人で分けて」


 スザンナ姉ちゃんはそう言って小銀貨三枚をテーブルの真ん中に移動させた。


 でも、クル姉ちゃんがその硬貨をまたスザンナ姉ちゃんの前へ持っていく。


「お金をたくさん持っていたとしても、これは私達三人が協力して稼いだお金なんだからちゃんと受け取って。スザンナはスザンナの仕事をしたし、私は私の仕事をした。もちろんアンリもね。だからこれが正当な報酬。それを私達にあげるって言うのは、お金を恵んでいるのと同じことだよ? それは仲間に対する冒とくと言ってもいいね」


「あ、そ、そうなんだ……? えっと、うん、それじゃ貰う」


「スザンナ姉ちゃんはいつもソロだからそういうのを詳しく知らなかったりする? アンリも知らなかったけど」


 スザンナ姉ちゃんが困った感じで頷いた。


「えっと、その、お父さんやお母さん、それにユーリにもそういうことは教わらなかったかな。ユーリに色々教わっていた頃も一緒にはいたけど、仕事は私だけだったから報酬を全部貰えたし」


「そうだったんだ……? あの、ごめんね、強く言っちゃって。でも、冒険者の中にはそう言うのをすごく嫌う人がいるから注意したほうがいいよ。逆に大喜びしたり、いい加減ないちゃもんをつけて報酬を減らしたりする奴もいるけど」


「気にしないでいいよ。そういうのを知らなかった私が悪いんだし。でも、確かにそうだよね。意味もなくお金をあげるって言うのは良くないよね。うん、これは私の当然の報酬。ちゃんと貰う」


 スザンナ姉ちゃんは小銀貨三枚を手に持って大事そうにしまった。しまう前にちょっとだけ硬貨を眺めて嬉しそうにしたのをアンリは見逃さない。


 スザンナ姉ちゃんにとっては今までのどんなお金よりも価値がありそうな感じだ。実はアンリもそう。初めてアンリが稼いだお金と言っても過言じゃない。


 大事に使う……それとも残しておこうかな? おじいちゃん達への何かプレゼントを買うという手もある。夢が広がりそう。


「いい話じゃねーか。どんなに強くても仲間と一緒にいたほうが楽しいからなー。スザンナちゃんもこれからはみんなと一緒に冒険したほうがいいぜ……さて、それじゃ俺はそろそろ部屋に――」


 ペシペシとテーブルを叩いた。


「ミトル兄ちゃん、逃げるのはダメ。アンリは言いたいことがある」


「あー、やっぱり駄目かー、でもよー、アンリちゃん。あれは卑怯とかそーいうんじゃないぜ? れっきとした戦術だよ」


「そこは多数決で決める。あの戦い方が卑怯だと思う人」


 そう言って右手を勢い良く上げた。これで三対一……と思ったら、スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも手をあげなかった。まさかの裏切り。


「お? それじゃ、卑怯だと思わない人!」


 ミトル兄ちゃんがそう言って手をあげると、スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんもちょっとだけ眉間にしわを寄せながら手をあげた。


 アウェー。ここはアンリにとって敵地。でも、納得いかない。


「スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんもあれは卑怯だと思ってないの? だってミトル兄ちゃんは逃げた。アンリは追いかけていただけで何もできなかったと言ってもいい……もしかして二人は魔法で攻撃したから問題ないってこと?」


 スザンナ姉ちゃんが首を横に振る。


「戦い方にも色々あるだけだと思う。そもそも戦いは相手に何もさせずに勝つのが理想。ミトルはそれを上手くやっただけの話」


「私もスザンナの意見と同じかな。もし私がアンリと戦うことになったら接近戦なんてしないよ。離れた位置から魔法を撃ち込むね」


「へー、二人ともそれなりに分かってんだな。まあ、そう言うことだよ、アンリちゃん。アンリちゃんが何もできなかったんじゃねーよ。俺がアンリちゃんに何もさせなかったんだ。そーじゃなきゃ、アダマンタイトを含む三人と同時に戦う訳ねーって」


 納得はいかないけど言ってることはなんとなくわかる。


 戦いにおいて相手に何もさせないというのは基本中の基本。アンリはそれにハマったと言うこと。ミトル兄ちゃんのほうが一枚上手だったんだと思う。


 でも、それはそれとして悔しい。


 アンリは距離を取られると何もできないってことが分かった。なにかこう飛び道具的な攻撃方法も必要だ。魔法を覚えるのもいいけど、今のアンリには魔力量の関係で無理。


 フェル・デレから飛び道具的な何かが出ないかな? もしくは変形して弓っぽく――それは出来ないんだっけ? 壊れない剣、つまり不壊のスキルを付けると変形できないってグラヴェおじさんが言ってた。今は違うけど将来的に不壊のスキルが付く予定だし、変形は諦めよう。


 でも、どうしよう?


「アンリ、もしかして離れていても攻撃できる方法を考えてる?」


「スザンナ姉ちゃんみたいに水を出したり魔法を使ったりできればいいんだけど、アンリにはどっちも無理そう」


「アンリが遠距離攻撃を覚える必要はないんじゃないかな? まあ、いざという時の対策は必要だと思うけど」


「覚える必要がないって、どうして?」


「私やクルがいる。アンリが出来なくても、私達がやればいい」


 スザンナ姉ちゃんの言葉にクル姉ちゃんが頷く。


「そうそう。一人で全部やる必要はないよ。遠距離攻撃なら任せちゃえばいいんじゃないかな。それがパーティの醍醐味だよ」


 そんな醍醐味があったんだ?


 でも、確かにその通り。アンリが出来なくてもスザンナ姉ちゃんやクル姉ちゃんが出来るなら問題ない。目からうろこ。


 もしかしてアンリがミトル兄ちゃんを追いかけたからスザンナ姉ちゃん達は上手く戦えなかったのかな? そんなことは言われてないけど可能性は高そう。


 パーティなんだからパーティなりの戦い方があると見た。魔物さん相手には連携が上手くいってたけど、ミトル兄ちゃんみたいに頭を使うような戦いをする相手には、こっちも頭で対抗しないといけなかった。


 それを踏まえてもう一度戦ってもらおう。


「ミトル兄ちゃん、明日も戦って。明日は勝って見せる」


「いやー、もう結果は分かってるからやりたくねーかな」


「それは聞き捨てならない。さっきまでのアンリ達だと思ったら大間違い」


「あー、違う違う。逆だよ、逆。もう三人相手には勝てねーよ。さっきは上手く虚をつけたから勝てたんであって、対策されたら無理無理。やんなくても俺の負けって分かるからやりたくねーの」


 ちょっと拍子抜け。森の中ならエルフは無敵って言ってたのに。


「さて、そんじゃー夕飯まで部屋で休もーかな。じゃーな、みんな」


 ミトル兄ちゃんはいつものヘラヘラ顔で階段をあがって行っちゃった。なんとなく勝ち逃げされた気分。


「私たちに花を持たせてくれたのかな……?」


「あ、スザンナもそう思う? ミトルさんはチャラチャラしてるけど、ちゃんとした大人だよね。まあ、エルフだからかなりの歳だとは思うけど」


「スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも何を言ってるの? アンリは何のことか分からないけど?」


「たぶんだけど、ミトルは明日私達と戦ったとしても勝てたんじゃないかな? でも勝てないって言ったのは、私達のプライドか何かを守るためにそう言ったんだと思う」


「だよねぇ。ちなみに相手のそういうところを見抜いたとしても、相手には何も言わないのが大人。アンリもミトルさんに実は私たちに勝てるんでしょ、とか言っちゃダメだよ? もし戦ったら私達が勝つ、そういう形で話を終わらせてくれたんだから蒸し返すのは良くないかな」


「すごく大人の会話をしてる。ちょっとだけアンリは感動した」


 二人とも照れてる。そういうところは子供っぽい感じがするけど。


 それにミトル兄ちゃんも大人だ。アンリ達に恥をかかせないようにしたってことだと思う。意外とミトル兄ちゃんはいい男なのかも。


 なんだか今日は色々勉強になった。寝る前にもう一度今日のことを思い出しておさらいしよう――いけない。そろそろ門限の時間だ。急いで家に帰ろうっと。

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