第240話 魔界よりも大変な状況

 

 ミトル兄ちゃんと戦ってから数日が過ぎた。


 そろそろフェル姉ちゃんが帰ってくる頃じゃないかなと思うんだけどその連絡はまだない。でも、日々、ジョゼちゃんからエリザちゃんに連絡は届いている。その一つに面白い情報があった。


 フェル姉ちゃんは魔王を辞めたみたい。


 そして次の魔王になったのはオリスア姉ちゃん。ついでにルネ姉ちゃんが総務部の部長さんになってたとかの情報を得た。


 でも、これは序の口。フェル姉ちゃんは魔王を辞めただけじゃなくて、新しい役職、魔神になった。しかも正式名称は「神殺しの魔神」。ディア姉ちゃんにそれを伝えたら過呼吸で倒れそうになって冒険者ギルドが大変だった。


 フェル姉ちゃんは魔界へ行ってはっちゃけちゃったのかな? それとも久しぶりの帰省でチューニ病が発症した? 魔神くらいならともかく神殺しの魔神はやり過ぎだと思う。アンリの考えた「暴食のフェル」を推したい。


 アンリも何か二つ名を考えようかな。出来るだけ格好いいのがいい。魔神を越える者って意味にしたいから……大魔神アンリ? それとも魔神殺しのアンリ? ちょっと違うかな?


 おっといけない。スザンナ姉ちゃんの準備が終わったみたいだ。


「アンリ、そろそろダンジョンへ行こう。クルがアビスのエントランスで待ってるよ」


「うん、今日も頑張ってお金を稼ぐ」


 アンリがそう言うと、おじいちゃん達はいつもちょっとだけ困った顔をする。お金を稼ぐ理由を聞かれても黙秘を貫いているからかな?


 結局お金は大事に取っておいても仕方ないので、おじいちゃん達に何かプレゼントすることにした。結構溜まってきたからヴァイア姉ちゃんの雑貨屋さんに行って何か買ってこよう。


 でも、最近の雑貨屋さんは行くのに勇気がいるってみんな言ってる。


 ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの仲がすごくいい感じらしい。曰く、ラブラブ。店に入ると幸せな気分を味わえるんだけど、ちょっと時間が経つと胸焼けするとか。何も食べていないのに胸焼けするってどんな魔法なんだろう?


 なので、今はよほどのことがない限りお店には誰も行かないみたい。唯一の狙い目はノスト兄ちゃんが村の見回りをする時間だけだとか。お店の売り上げとか大丈夫なのか心配しちゃう。


 ……いけない。また考え込んじゃった。せっかく午前中の勉強が終わってこれからは自由の身。それにクル姉ちゃんも待たせてる。急いでダンジョンへ行かないと。


「こ、こんにちは。そ、村長さんはご在宅ですか?」


 家を出ようとしたら家の外からヴァイア姉ちゃんの声が聞こえたきた。すごく緊張しているというか、ちょっと震えた感じの声だったけど、どうしたんだろう?


 せっかくだからアンリがドアを開けてあげよう。


「ヴァイア姉ちゃんいらっしゃい。おじいちゃんならご在宅……あれ? ノスト兄ちゃんもいらっしゃい。二人でおじいちゃんに用事?」


「あ、う、うん! そう! すごく用事! 超用事! ちょっと家に入らせてもらうね!」


「ヴァイア姉ちゃん、ちょっと落ち着いて。入るのはいいけど、手と足が一緒に出てる。右手と左足、左手と右足のセットで出したほうが歩きやすいと思う」


 ヴァイア姉ちゃんはなんだかすごくカチコチだ。ノスト兄ちゃんは笑顔で落ち着いている感じではあるけど。


「そ、そ、そうだっけ!? わ、分かったよ! 右ってどっちだっけ!? 右と左が分かる魔道具を作ったほうがいいかな!?」


 そうとう重症と見た。ヴァイア姉ちゃん、どうしちゃったんだろう?


 仕方ないからアンリが手を引いて椅子に座らせてあげた。ノスト兄ちゃんは大丈夫みたいで、普通に歩いてヴァイア姉ちゃんの隣に座る。


 なんだか事件の香り。ダンジョンへ行くのはちょっと遅らせよう。


 スザンナ姉ちゃんにお願いしてクル姉ちゃんへちょっと遅れるっていう念話を送ってもらう。すぐにクル姉ちゃんから返信があったみたいで、了解してくれたみたいだ。


 アンリとスザンナ姉ちゃんはおじいちゃんの隣に座る。ヴァイア姉ちゃん達の対面だ。


「ええと、それでヴァイア君。私に何か用事なのかな? 見た限り、相当緊張しているようだが……」


「ふぁ、ふぁい! じ、実は、ノ、ノストさんと、け、けけ! ごほ! げは!」


 ヴァイア姉ちゃんはなぜかせき込んだ。ノスト兄ちゃんがヴァイア姉ちゃんの背中をさすっているけど、ヴァイア姉ちゃんは本当にどうしたんだろう?


「ヴァイア君、ちょっと落ち着きなさい。なんとなくだが言いたいことは分かったから。おーい、アーシャ、水を五つ頼む」


 おじいちゃんが微笑みながら、おかあさんにお水を頼んだ。おじいちゃんはヴァイア姉ちゃんの言いたいことが分かったんだ?


 すぐにおかあさんが来て水の入ったコップを皆の前に置いた。そしてむせてるヴァイア姉ちゃんを見て首を傾げる。


 ヴァイア姉ちゃんはすぐにコップの水を一気飲みして、ぷはーと息を吐いた。


「ヴァイアちゃん、大丈夫?」


「は、はい、大丈夫です! 落ち着きました! ありがとうございます、アーシャさん! そ、それでですね、村長さん!」


「うむ、なんだい? ゆっくりでいいからね」


「じ、実は、ノ、ノストさんと、け、けけ、結婚することにしました!」


 ヴァイア姉ちゃんは顔を真っ赤にしてそう言いきった。


 これは大事件。薄々そんな感じはしてたけど、とうとうヴァイア姉ちゃんがノスト兄ちゃんと結婚する。と言うことは、フェアリーアンリの出番。ヴァイア姉ちゃんのために一肌でも二肌でも脱ぐしかない。


 やれやれ、アンリは売れっ子だけどスケジュールを調整しないと。


 おっといけない。その前にちゃんと祝福だ。


「おめでとう、ヴァイア姉ちゃん」


 そう言って拍手した。スザンナ姉ちゃんも同じように声をかけてからヴァイア姉ちゃんに拍手を送る。


「ありがとう! アンリちゃん、スザンナちゃん!」


 アンリやスザンナ姉ちゃん、もちろんおじいちゃんも拍手しているんだけど、なぜかおかあさんが水を持ってきたお盆を床に落として四つん這いになった。


「ま、まさか、ヴァイアちゃんに先を越されるなんて……!」


 おかあさんが何かつぶやいたけどどういう意味だろう?


 おじいちゃんがおとうさんを呼ぶと、おとうさんはおかあさんを引きずるように連れてっちゃった。大丈夫かな? 心配は心配だけど、今はこっちだ。


「ヴァイア君、それにノスト君。話は分かったよ。なら結婚式はこの村でやるってことで間違いないね?」


「は、はい! もちろんです! 他の村でなんかやりませんよ!」


「まあ、落ち着きなさい。それで日程はどうするんだい?」


 ヴァイア姉ちゃんは深呼吸をした。ちょっとだけ落ち着いたかな?


「えっと、フェルちゃんが帰って来てからと思っています。帰って来てから三日後か四日後くらいを考えているのですが」


「うん、妥当なところだね。ならフェルさんが魔界から帰ってきたら詳細を決めようか。たぶん、そろそろ帰ってくる頃だろうからね」


 それはその通り。フェル姉ちゃんがいないときに結婚式や宴をしても意味がない。早く帰ってきて欲しい理由が増えた。今日にでも帰ってきて欲しい。


「ところで、ヴァイア君……」


 笑顔だったおじいちゃんの顔が急に真面目になった。なにか問題でもあるのかな?


「その、リエル君にはもう話したのかい?」


 何だろう。さっきまでの祝福状態から一転、ものすごく重い空気が周囲を支配してる。行ったことないけど、言うなれば魔界。そんなイメージ。


「せ、説得はこれからです……」


 報告じゃなくて説得なんだ? でも、表現としては正しいと思う。


「で、でも、私やディアちゃんだけじゃたぶん説得は無理なので、フェルちゃんが帰って来てからと思ってます……」


「まあ、それがいいだろうね。とはいっても、リエル君も本気で邪魔をしようとはしないだろうから、早めに言ってあげたほうがいいと思う。仲間外れではないだろうが、あとで知ったらリエル君も寂しくなるだろうし、これからずっと言われることになるよ?」


「そ、そうですよね……で、でも、心の準備ができてないんです。面と向かって――」


「おーい、村長、マナの奴が今日教わったところで質問――」


「――ノストさんと結婚するって言、え、な……い?」


 リエル姉ちゃんがいきなりドアを開けて入って来た。皆が固まっている中、リエル姉ちゃんがヴァイア姉ちゃん達を見て何度も瞬きをしてる。


「――あぁ?」


 たぶんフェル姉ちゃんがいる魔界よりも大変な状況になったと思う。

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