第241話 籠城

 

 日差しが心地いい午後の二時。孤児院になる予定の教会に村のみんなが集まっている。


 みんなとは言ってもマナちゃん達とディア姉ちゃんくらいだけど。そこにアンリとスザンナ姉ちゃん、それにダンジョンから呼び戻したクル姉ちゃんがいる。


 ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんが結婚する話をリエル姉ちゃんが完璧なタイミングで聞いた。これがディア姉ちゃんの言う因果の定め。たぶん、隠そうとしても運命がそうさせないんだと思う。


 いつかは言うことだったんだし、それはいいと思うんだけど、それを聞いたリエル姉ちゃんは「俺は認めねぇ!」って捨て台詞を吐いて教会に立てこもった。


 簡単に言うと籠城。


 教会をお掃除していたマナちゃん達を外へ追い出して、リエル姉ちゃんは入口のドアのカギを掛けちゃった。追い出されたマナちゃん達に渡した紙に書かれていた要望は一つ。


 ヴァイア姉ちゃんの結婚の延期だ。


 そうしないとリエル姉ちゃんは精霊を呼ばないし、結婚式で使う祭具も貸し出さないって紙には書いてあった。なんて暴君。


 でも、これはアンリも良くやった。ピーマンを食べて欲しかったらアダマンタイトの武具を持って来てって部屋に閉じこもったことが何回かある。全部失敗に終わったからもうこの作戦はしないけど。


 そして今はディア姉ちゃんがリエル姉ちゃんを説得してる。


 ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんは火に油を注ぐかもしれないからってことでこの場にはいない。今は村の皆に結婚の報告をしているみたいだ。


 おじいちゃんもここにはいない。笑いながら「しばらく好きにさせてあげなさい」って言ってたんだけど、村長として解決してほしかった気もする。それとも時間が経てば解決できると思ってるのかな?




 結構な時間が経った。


 ずっとディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんがお話しているけど、あまり効果はないみたい。


「だからリエルちゃん、ここに籠城してどうするの。事態は何も好転しないよ? むしろ悪化する一方だってば」


『俺がここに閉じこもっていれば、精霊が呼べないから結婚は出来ねぇんだよ! 俺にとっては好転してんだ!』


「それはそうかもしれないけど、他の町から司祭様を呼ぶことだってできるんだよ?」


『聖人教へ連絡した。この村で結婚式の進行をしていいのは俺だけってことになってる』


「なんでそんな手回しをしてるの!」


 リエル姉ちゃんは聖人教の聖人だから発言力はかなり高い。本当かどうかは分からないけど、それくらいは簡単にできそう。リエル姉ちゃんは聖母って言われるほどの聖人なのにやってることは悪人だ。


 でも、ちょっと気になるというか、心配してることがある。


 この惨状をマナちゃん達が見てる。グレたらどうするんだろう? アンリ達のパーティみたいになんちゃって愚連隊じゃなくて、本当の愚連隊になったら大変だと思う。


 ここはアンリも説得しよう。ネゴシエーターアンリの出番だ。


 教会の入口に近づいてドアを叩いた。


「リエル姉ちゃん、アンリだけど」


『おう、アンリか。アンリも結婚は延期派だよな? 俺と一緒に戦おうぜ?』


「どちらかと言うと、これはリエル姉ちゃんによる自分自身との戦いだと思うから一緒には戦えない。そんなことよりも、この状況をマナちゃん達が見てる。悪い影響があると思うけど大丈夫?」


『いいか、アンリ。子供はな、大人のダメなところを見て自立するんだ。あいつらは俺を見て立派に育ってくれる』


「ダメなところを見るって言うか、幻滅するところまで行きそうな勢いだけど」


 マナちゃん達を出しても交渉は出来なかった。リエル姉ちゃんの意志は固そうだ。


 ここは方向性を変えて、マナちゃん達がリエル姉ちゃんに対して悪い感情が起きないようにした方がいいかも。特にマナちゃんはパーティの回復役として頑張ってもらう訳だし、不良になられたら困る。


「マナちゃん、大丈夫? リエル姉ちゃんは、いつもはあんなんじゃない。今はちょっと闇落ちしてるけど、普段はいい人」


「大丈夫って? 私は大丈夫だよ。ここにいる皆も別に気にしてないと思う」


 もしかして、すでに見切りをつけてる? いけない。すでに大問題が発生していた。何とかしないと。でも、まずは情報収集。気にしていないってどういう意味だろう?


「えっと、リエル姉ちゃんのああいう姿を見ても気にしてないの?」


「うん。リエル母さんは結構寂しがり屋だからね。それだけヴァイアさんのことを大事に思ってるんだと思う。私達が結婚するときにも同じようにしてくれるかな?」


「マナちゃん、もしかしてアンリと違うものを見てる? 現実逃避じゃないよね?」


 マナちゃん達はアンリを不思議そうに見てる。もしかしてアンリだけが違うものを見てるの? これは確認しないと。いつの間にか幻視魔法を使われているのかも。


 そういえば、クル姉ちゃんが得意って言ってた。


「クル姉ちゃん、もしかしてアンリに幻視魔法をかけた? それはフレンドリーファイアって言って良くない行為」


「いきなり何の話? そんなことしてないよ」


「でも、アンリが見ているものとマナちゃん達が見ているものが違う気がする」


「同じだってば。解釈の違いだと思うよ。マナ達は、その、リエルさんに対して狂信的だから」


 確かにその可能性のほうが高い気がする。マナちゃん達はリエル姉ちゃんのことをすべてポジティブに捉える。リエル姉ちゃんが寝ていてもお祈りだって言い張るし。


 ここはマナちゃん達がなんでそう思ったのかを確認しておこう。


「えっと、マナちゃん。どうしてリエル姉ちゃんは寂しがり屋なの?」


「ヴァイアさんが結婚して遊べなくなるからじゃないかな? 彼氏ができたり、結婚したりすると女は変わるってリエル母さんが言ってた。女の友情は儚いんだって」


 リエル姉ちゃんはマナちゃん達に何を教えているんだろう? そういうのはまだアンリやマナちゃん達には早いと思うんだけど。でも、それだけの理由で寂しいって判断するのはどうなんだろう?


「えっと、理由はそれだけ?」


「それにリエル母さんは結婚が駄目とは言ってない。延期してって言ってる。結婚に反対しているわけじゃなくて、もう少し後にしてほしいって言ってるだけだから、もっとヴァイアさんと遊びたいんじゃないかなぁ?」


 マナちゃんがそう言うと、みんなも頷いた。


 ……普段のリエル姉ちゃんを見ているとそういう答えは出ない気がするんだけどな。いつも「俺より先に結婚するなよ」って言ってるし。


「それにね、私達にも『俺より先に結婚するなよ』ってよく言ってる。男の子たちには『将来結婚してくれ』とも言ってるかな?」


「マナちゃん、そこまで証拠がそろっててどうしてリエル姉ちゃんが寂しがり屋なの? 明らかに黒。裁判しなくてもギルティ」


「え? 私たちにどこへも行って欲しくないからだよね? 男の子たちのほうは家族になってやるって意味だろうし、女の子たちへ結婚するなって言うのは嫁にいくなっていう意味だってみんな言ってるよ?」


 ポジティブ。まごうことなきポジティブ。でも、これならリエル姉ちゃんが幻滅されるようなことはないかな?


 それに言われてみると確かにって思うことはあるかも。


 リエル姉ちゃんの要求は結婚の延期だ。結婚そのものを反対しているわけじゃない。まだ早いって意味なんだと思う。単に自分より先に結婚させないって意味かもしれないけど、要求にいい男を連れてこいとは一言も書いてない。


 単純にヴァイア姉ちゃんが「今」結婚しちゃうことが嫌なだけなのかな?


「あの、アンリ様、これはどういった状況なのでしょうか?」


 背後から声を掛けられたと思ったら、エリザちゃんだった。久しぶりにアビスから出てきたみたいだけど、どうしたんだろう? でも、その前に説明かな。


「エリザちゃん、こんにちは。簡単に説明するとリエル姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんの結婚を嫌がって籠城してる」


「ならドアをぶち破りますか?」


「力づくで対応しても解決にはならないと思うからなんとか説得するつもり。とろころでエリザちゃんはどうしたの?」


「実はジョゼから連絡がありまして、今日、フェル様が戻られるそうです。ただ、今日と言っても深夜になりそうですが」


「そうなんだ!」


 ようやくフェル姉ちゃんが帰ってくる。でも、深夜じゃアンリは寝てるかな。夜更かしレベルは上がってるけど、明日早起きして突撃したほうがいいかも。


 エリザちゃんの言葉を翻訳してあげると、みんなも喜んでくれた。


「それじゃ、説得はフェルちゃんに任せようか。私達がやるよりも効果がありそうだし、私も仕事があるしね。ネヴァ先輩に怒られるからもう戻るよ」


 ディア姉ちゃんはトボトボと冒険者ギルドのほうへ歩いて行った。背中に哀愁を感じる。


 マナちゃん達もそれぞれお仕事をするみたいで、それぞれお仕事をする場所へ向かったみたい。


 それじゃ今日の説得はお開きかな。リエル姉ちゃんに伝えておこう。


「リエル姉ちゃん、聞こえる?」


『聞こえるぞ。そろそろヴァイアは結婚をあきらめたか?』


「諦めてはいないと思うけど、今日はとりあえずお開きになったから。フェル姉ちゃんが今日の遅くに帰ってくるみたいだから、また明日説得に来ると思う」


『そうか、フェルが帰ってくるのか……なら一緒に戦わねぇとな! 徹底抗戦だ!』


「アンリの予想だと敵対すると思う。それじゃまた明日」


『おう、また明日な!』


 よし、さっそくダンジョンへ行こう。今日はちょっと出遅れた。巻き返しを図ろう。


「スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃん、ダンジョンへ行こう。いつもより始めるのが遅いから殲滅モードで」


「え? 放っておいていいの? リエルさんが籠城してるんだよね?」


「大丈夫。クル姉ちゃんは知らないかもしれないけど、こういうのはフェル姉ちゃんが得意。精神的にも物理的にも」


「そうなんだ? もしかして大したことじゃないのかな……結構大事件だと思うんだけど」


 この村では大したことじゃないと思う。


 それよりもフェル姉ちゃんが帰ってくる。今度はしばらく村にいてもらってちゃんと遊んでもらおうっと。

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