第242話 結婚と籠城の報告
リエル姉ちゃんが籠城した翌日、アンリは目が覚めたと同時にベッドから飛び起きた。
フェル姉ちゃんが昨日の遅くに帰っているはず。早速会いに行こう。
でも、勢いよく家を飛びだそうとしたらおじいちゃんに止められた。フェル姉ちゃんは帰って来たばかりで疲れているだろうから、もう少し時間をおこうって理由だ。
アンリも少しだけ大人になったので、ちょっとだけクールダウン。フェル姉ちゃんに会いたい衝動は抑えよう。それにまだ朝の六時。普段でも迷惑になる時間かもしれない。
それに気になることは他にもある。
「ところでリエル姉ちゃんはどうなったの?」
「まだ教会で籠城しているようだね。マナ君達は森の妖精亭に寝泊まりしているから大丈夫だったみたいだよ。夜中に食料の差し入れもしていたようだし、籠城はもうしばらくかかるかもしれないね」
「フェル姉ちゃんが帰ってきたんだし、結婚式の準備も始めるんでしょ? 籠城されていても大丈夫なの?」
「まあ大丈夫だと思うよ。前にも言ったがリエル君は本気で結婚させないと思っているわけじゃない。なんとなくだけど寂しいのだろう」
おじいちゃんもマナちゃんと同じことを言ってる。やっぱりそれが正解なのかな?
リエル姉ちゃんが寂しがり屋……普段の破天荒な行動からするとあまりそういうイメージがないんだけど、見る人が見たらそう思えるのかな?
そんなことを考えたり、朝食を食べたりしていたら、結構な時間が経った。
スザンナ姉ちゃんも部屋からやって来て朝食を食べたし、それにクル姉ちゃんも家にやってきた。ちょっと確認してみよう。
「クル姉ちゃんは森の妖精亭から来たんだよね? フェル姉ちゃんはいた?」
「私が食堂に行ったときはまだいなかったけど、もう起きてるとは思うよ。そういえば、食堂にヤトさん以外に猫の獣人さんが二人いてウェイトレスの服を着てたね。フェルさんが魔界から連れてきた獣人さんかな?」
ニャントリオンを強化する人材と見た。ヤト姉ちゃんはやる気だ。メノウ姉ちゃん達もチームを組むみたいだし、ウェンディ姉ちゃんも魔界から帰って来てるはず。
今やソドゴラ村はアイドル戦国時代。アンリもそこへ食い込みたいけど難しそう。なにか考えないと。
それはいいとしてフェル姉ちゃんはもう起きてるみたい。でも、起きた後は朝食だ。フェル姉ちゃんの食事を邪魔しちゃいけない。それは破ってはいけない暗黙のルール。
でも、そろそろいいんじゃないかな? フェル姉ちゃんは食べるのが結構早い。
「さて、そろそろフェルさんに挨拶へ行こうか。朝食も食べ終わった頃だろう。まずはヴァイア君のことを伝えないといけないからね。それにフェルさんのスケジュールも確認しないといけない」
フェル姉ちゃんは落ち着きがないからすぐに村を飛び出して行っちゃう。確かにスケジュールの確認は大事。
おじいちゃんに連れられて、森の妖精亭へやってきた。
食堂の中を見ると、フェル姉ちゃんがテーブルでゆったりしてる。アンリ達に気づくとちょっとだけ笑った……ような気がした。アンリは完全に笑顔。
みんながおかえりなさいと言っているところでアンリが「お土産は?」と聞いたんだけど、お土産はないみたいだ。
おかしい。お土産を持ってくるから村で大人しく待ってるという話だったと思うんだけど……? あとで問い詰めよう。
その前にフェル姉ちゃんの膝に座らないと。あれはアンリの席。
膝に座ろうとしていたら、フェル姉ちゃんはクル姉ちゃんを見てちょっとだけ不思議そうな顔をした。
「えっと、クルだよな? ルハラに帰らなくていいのか?」
「うん、アビスで修行することにしたし、村長さんに勉強を教えてもらってるんだよね。それと、アーシャさんに魔法の術式を教わっているから」
「そうだったのか。でも、アーシャって誰だ? 初めて聞く名だが」
フェル姉ちゃんは知らないんだっけ? ならアンリがちゃんと教えてあげよう。まずは手をあげてアピール。
「何を隠そうアンリのお母さんの名前。二つ名は灼熱。灼熱のアーシャ。アンリもいつか格好いい二つ名が欲しい」
「そういえば、アンリの母親は熱魔法の調整ができなかったな。ダメな二つ名がついてるような気がするから、あまりばらさない方がいいぞ」
「うん。滅多に言わない。ちなみにフェル姉ちゃんはアンリの中で、暴食って二つ名を付けてる。暴食のフェル。キメ台詞は『底なしの胃に食われるがいい』」
「本人の知らないところで変な設定を付けるな。それに、その二つ名はジョゼフィーヌに付けてやれ。暴食のジョゼフィーヌだ」
神殺しの魔神よりはマイルドな感じだから受け入れてくれるかと思ったら、そんなことなかった。でも、ジョゼちゃんが暴食って何だろう? そんなに食べるイメージはないんだけど。
「ところで村長。私に用なのか?」
「ええ、実は宴を開こうと思いまして、打診をしに来たのですよ。フェルさんはしばらく村にいらっしゃいますか?」
「なにもなければ、明日にでもオリン国へ行こうと思ってた。でも、とくに急ぎではない。宴が二、三日中なら待つぞ」
まったくフェル姉ちゃんは。もうちょっと村にいてアンリと遊ぶべきだと思う。せめて一週間くらいは村にいるべき。
「そうでしたか。なら宴は三日後でお願いできますか? 本人達もそれなら問題ないと思いますので」
「三日後か。問題はないが、何の宴なんだ?」
「それは私の口から伝えるよりも本人達に聞いた方がいいでしょうね。皆、二人を連れて来てくれないかい?」
それは確かにそうかも。アンリ達が言うよりもヴァイア姉ちゃんの口から言うほうがスジというもの。せっかく膝に座ったけど、ヴァイア姉ちゃん達を呼んで来よう。
途中、教会の前でリエル姉ちゃんを説得しているディア姉ちゃんがいた。マナちゃん達もいるみたいだ。
「ディア姉ちゃん、どんな感じ?」
「見ての通りかな。相手をしてあげないと可哀想だから説得する振りはしてるけど」
「振りなんだ?」
「本気だったら村から出ていくくらいのことをするよ。でも、子供がイタズラで気を引きたいと同じレベルのことをしてるだけだからね、それほど深刻な状況でもないと思うよ。だからあとはフェルちゃんに任せようかと思ってる」
ディア姉ちゃんも大概酷い。でも、リエル姉ちゃんのことならフェル姉ちゃんに任せた方が上手くいきそうな気がするのは、この村共通の認識だ。
ならすぐにでもヴァイア姉ちゃんの口から結婚のことを伝えて対処してもらおう。
雑貨屋さんにいたヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんを森の妖精亭へ連れてきた。
ヴァイア姉ちゃんはフェル姉ちゃんを見てるけど、その顔は真っ赤だ。
「おかえり、フェルちゃん」
「ああ、ただいま。えっと、どうした? 熱でもあるのか? リエルを呼んだ方がいいんじゃないか?」
「だ、大丈夫、病気じゃないから。うんとね、フェルちゃんに私の口から伝えておきたくて」
ヴァイア姉ちゃんはそこまで言ってから深呼吸をした。
「あ、あのね、フェルちゃん。私、その、け、結婚することにしたんだ。結婚式にフェルちゃんも出て欲しくて帰ってくるのを待ってたんだけど、その、大丈夫かな?」
「ヴァイア、よく聞いてくれ。私はお前と結婚する気はないんだが……」
「違うよ! 私とノストさんが結婚するの! フェルちゃんは友人代表として結婚式に出て欲しいの!」
フェル姉ちゃんのボケがさく裂した。計算でやったのなら尊敬する。でも、なんだか天然っぽい。フェル姉ちゃんはたまにお茶目。でも、ヴァイア姉ちゃんの緊張がいい感じで取れた気がする。顔の色も普段のヴァイア姉ちゃんに戻った。
「ああ、そういうことか。いきなりでびっくりした」
「どうしてそう思ったのか私の方がびっくりだよ……で、どうかな? フェルちゃんが出られないなら、結婚式は中止しても――」
「出ないわけないだろ。私にもやることはある。だが、ヴァイアの結婚式に参加しなければ、私は一生後悔する。どんな事情があっても参加すると誓おう」
フェル姉ちゃんがそう言うとヴァイア姉ちゃんが抱き着いた。ちょっとだけ苦しそうだけど、フェル姉ちゃんはヴァイア姉ちゃんの背中をポンポン叩いてあやしている感じだ。
椅子に座ったまま抱き着かれたフェル姉ちゃんにノスト兄ちゃんが頭を下げた。
「フェルさん、ありがとうございます。ヴァイアさんが、結婚するならフェルさん達が結婚式に出てくれるのが最低条件だと……もちろん私も同じ気持ちではあるのですが」
「そうか……あれ? フェルさん達? 他にも参加者の条件があるのか?」
「ええ、ディアさんとリエルさんですね。ディアさんには許可を貰いましたが……すみません、リエルさんを説得するのを手伝ってもらえないでしょうか? 昨日から、教会で籠城していまして――」
フェル姉ちゃんの顔から表情が抜け落ちた。というか、呆れてものが言えない感じになってる。
「フェル姉ちゃんなら何とかしてくれると村のみんなが思ってる。さっそく教会へ行こう」
「二度寝したいんだが。いや、する」
「説得が終わってからにして」
フェル姉ちゃんは溜息をついてから、やれやれって感じで椅子から腰を上げた。
最初は嫌がるけど最後にはちゃんとやってくれる。フェル姉ちゃんのそういうところがニクい。というよりも、押しに弱いのかな? 頼まれると断れない感じ。面倒見がいいってことなのかも。
アンリも将来に何かあったらフェル姉ちゃんにこれでもかってくらい頼ろうっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます