第141話 情報収集とアイドルの頂点

 

 ベッドの上で目を覚ました。


 窓から入る日差しがまぶしい。今日もいい天気みたいだ。


 昨日はヒマワリちゃんを倒してから第四階層へ行けた。


 鍵で扉を開けた先には、トロッコがあった。どこに続いているのかは分からないけど、アンリの勘が囁いた。乗るべきだと。


 そしてトロッコに乗って鉱山の奥へ進む。トロッコに乗っている間、コウモリに襲われたけど、アンリの剣でバッタバッタと倒した。スザンナ姉ちゃんは魔力を使いすぎてちょっとお疲れだからアンリが頑張った。


 そして途中、巨大な穴があってレールもそこで終わりだった。でも、猛スピードでトロッコが動いていたからブレーキも効かない。そのまま穴のほうへトロッコごとびょーんと飛んだ。


 でも、そこはさすがのアビスちゃん。そんなデストラップはない。飛んだ先にレールがあって、無事に着地。そのままトロッコに乗っていると、どんどん減速して最終的には第四階層への階段がある場所まで行けた。


 第四階層は荒れ地っぽいところで、土と岩しかないような場所。トロッコが飛んだあたりから、死んだ魚みたいな目をしていたスザンナ姉ちゃんが、大霊峰がこんな感じって教えてくれた。スザンナ姉ちゃん、今日は大丈夫かな?


 とりあえず、そこでアビスちゃんに話しかけて外へ転移してもらった。これで第三階層も突破。今日から第四階層だ。


 攻略は順調に進んでいる。でも、昨日の時点で階層守護者がすごく強い。スザンナ姉ちゃんでもギリギリだった。もっと修業してから攻略するべきかな?


 そんなことを考えながら、大部屋へ向かう。


 大部屋には、おじいちゃんとスザンナ姉ちゃんがいた。スザンナ姉ちゃんはずいぶんと顔色が良くなった気がする。これなら大丈夫だと思う。


 二人に挨拶をしてからアンリの専用椅子に座る。ここで待っているとお母さんが朝食を運んで来てくれる仕組み。


「スザンナ姉ちゃん、もう大丈夫? 昨日は結構魔力を使ったから疲れた?」


「そうじゃなくてね、トロッコが飛んだことにショックを受けてた。自分が作った水の竜以外で飛んだのはカブトムシがゴンドラで運んでくれたとき以来だよ。というか、アンリは良く平気だね?」


「平気? すごくおもしろかったと思うけど? 実を言うともう一回やりたい。あの空を飛ぶ感じは病みつき」


 どうやらスザンナ姉ちゃんは物理的な法則だけで飛ぶのは駄目みたい。水の竜に乗ったり、カブトムシさんがゴンドラで運んだり、誰かの意志があった上で空を飛ぶのは平気だけど、トロッコは単に放り投げられただけだから、すごく怖かったとか。


 アンリにはよく分からないけど、アビスちゃんが用意したものなんだから平気だと思うんだけどな。トロッコの浮遊感がすごくよかった。アンリも自由に空を飛びたい。


 そんな話をしてから、おかあさんが運んできてくれた朝食をモリモリ食べた。食べ終わった後はお勉強の時間だけど、昨日みたいに役に立つ勉強かな?


「おじいちゃん、今日は何の勉強? 昨日みたいな実践的な内容でお願いします。午後の冒険に役立つ感じの勉強がしたいって言っておく」


「今日は私じゃなくてアーシャに頼もうと思っているよ。アンリも生活魔法くらいなら一通りやっておくべきかと思ってね。いままでも少しはやっていたから大丈夫だとは思うけど、無理はしないように。アンリはまだ小さいからね」


「私が村長に頼んだ。基本的にダンジョンの中ではそういう魔法を使わないで魔力を温存したほうがいいんだけど、水筒とかランタンとか色々なくす時もあるからね、そういう時には生活魔法を使わないといけないから」


「おじいちゃんも、スザンナ姉ちゃんも素敵。そういうのを待ってた」


 これは頑張らないと。


「そうそう、今日の午後はダンジョン攻略をお休みするからね」


 頑張ろうと思った矢先に、突然のお休み宣言。ちょっとだけ出鼻をくじかれた。


「もしかしてまだ本調子じゃない? ならアンリ一人だけで行ってこようか? 冒険者ソロデビュー」


「冒険者たる者、休息も大事。ダンジョンでの稼ぎにもよるけど、普通、毎日ダンジョンへは行かない。大丈夫だとは思っても疲労は溜まっていくから、ちゃんと休まないとダメ」


 確かに休息は大事かも。そういう話はよく耳にする。ディア姉ちゃんなんかは「いざという時のために今サボっているんだよ!」って熱弁してた。そのいざっていう時がいつなのかは分からないけど。


 お休みが大事なのは分かるんだけど、アンリとしては一刻も早く強くなりたいんだけどな。


「アンリ、そんな残念そうな顔しないで。休息はとるけど、何もしないわけじゃない。第四階層のことを調べよう」


「第四階層のことを調べる?」


「昨日は大変だったからね。せめて第四階層の守護者は誰で、弱点は何なのかを調べておくことは出来ると思うんだ。色々対策しておかないと勝てないかもしれないから、事前に情報収集をしよう。普通のダンジョンでもそういうことはするから、その訓練みたいなもの」


 情報収集。なんて盲点。たしかに情報は重要。行き当たりばったりで戦うのはよろしくない。だれが階層守護者なのかを確認して対策を練れば勝てる可能性は上がる。


「スザンナ姉ちゃん、アンリは目からうろこが落ちた。うん、午後は情報収集をしよう」


 直接ダンジョンへは行かないけどやることはいっぱいある。午前も午後も頑張るぞ。




 午前中の勉強が終わり、昼食も食べた。いまはスザンナ姉ちゃんと森の妖精亭へ向かっている。


 情報収集をするなら酒場って決まってるみたい。でも、ソドゴラ村に酒場っていう場所はないから、似た感じの森の妖精亭で妥協する。


 それにしても午前中は色々勉強になった。


 午前中、生活魔法をおかあさんとスザンナ姉ちゃんから教わりながら実践した。


 一番大事なのは造水の魔法。これは今までもやってた。水分が足りないと色々と問題が起きるから水分補給が出来る手段は必須みたい。喉が渇く前に水分を補給したほうがいいとか。


 その次は発火の魔法。暖を取るのに必要だし、明かりにもなる。火を怖がる魔物さんも多いし、食べ物は基本焼いて食べるから火を起こす魔法は重要みたい。


 他にも風を起こす送風とか、輝く球を作る光球、ほこりを取る浄化とかいう魔法を教わった。これらは先の二つに比べるとちょっとだけ劣るけど、それでも重要な魔法みたいだ。


 一通り使うことは出来たけど、まだ術式を考えながらやってるから、無意識に術式を組み立てられるように練習が必要みたい。今日から朝昼晩の一回ずつやるつもり。


 知識を得ただけでも強くなった気がする。これからもどんどん強くなろう。


 森の妖精亭に入ると、お昼時だからか結構人がいた。こういう場合、誰に聞くのが一番かな?


「アンリちゃん、スザンナちゃん、いらっしゃい。今日はどうされました?」


 メノウ姉ちゃんが笑顔でこっちへやってきた。


「どうされました? ジッと見つめてますけど、私の顔になにか?」


「メノウ姉ちゃんは、アビスちゃんのダンジョンに詳しい? 第四階層の階層守護者って誰か知ってる?」


「え? いえ、全然わかりません。たまにシルキーさんとかバンシーさんと話をしますが、いつも料理や掃除の話ばかりで……ああ、でも、バンシーさんは墓地エリアを任されたとか言ってましたね。自分は妖精でアンデッドじゃないのにってぼやいていたのを覚えてます」


 それはそれでいい情報な気がする。バンシー姉ちゃんは墓地エリアの階層守護者なんだ。スケルトンとかゾンビが多いエリアなのかな?


「ありがとう、メノウ姉ちゃん。それは良い情報。ほかにも何か聞いたら後で教えて」


「それは構いませんけど――あ、そうだ。私のほうの用事なんですけど、アンリさんに渡したいものがありました」


「アンリに渡したいもの?」


「はい、これです」


 メノウ姉ちゃんは何もない空間から服っぽいものを取り出した。


「アンリさんのゴスロリ服です。サイズを測ってませんからちょっと大きいかもしれませんけど。きたるべきヤトさんとの戦いの日にそれを着てバックダンサーとして頑張ってください。そうそう、デザインはスザンナちゃんと同じものですよ」


 そうだった。アンリはスザンナ姉ちゃんとヤト姉ちゃんのバックダンサーとして踊るんだった。ダンジョン攻略に気を取られて忘れてた。


 いけない、こんな素敵なものを貰ったら頑張らないわけにはいかない。しかもスザンナ姉ちゃんとおそろい。テンション上がる。


 スザンナ姉ちゃんもすごく喜んでいる感じだ。


「ありがとうメノウ姉ちゃん。アンリはスザンナ姉ちゃんと一緒にバックダンサーとして頑張る。でも、ヤト姉ちゃんのバックダンサーとして踊るときに手を抜くとかそう言うことはしないから、それだけは覚えておいて」


「もちろんです。そんなことで勝っても嬉しくないですからね……そういえば、フェルさん達はディアさんのギルド会議参加のために向かったんですよね?」


「うん、そう。フェル姉ちゃんは護衛とか言ってた。でも、それがどうかした? ディア姉ちゃんはもう王都は出たって言ってたから、その会議も終わったと思うけど」


「以前、私が冒険者ギルドに所属していたころ、私もその会議に出てたんですよ。それで思い出したんですが、私と同じくらい人気のあったアイドルがいまして」


「そうなんだ? あ、でも、ディア姉ちゃんから聞いたことがあるかな? なんだったっけ……?」


「それなら知ってる。ウェンディだ。アダマンタイトのアイドル冒険者ウェンディ」


 スザンナ姉ちゃんがそんなことを言い出した。


「ウェンディ……? そうだ、思い出した。盛り過ぎウェンディ」


「盛り過ぎ……? ええ、そのウェンディです。確かどこかのギルドの専属でしたから、そのギルド会議にも参加したんだろうな、と思いまして」


「えっと、何か問題?」


「いえ、その、冒険者ギルドに所属してアイドルをしていた時は、どちらの人気があるかは気にしてなかったんですけど、いまは勝ちたいな、と思っているんですよね。それはなぜかと言うと、私がアイドルの頂点に立つことで、我が主の名声も上がるのではないかと思っているからなんです!」


 なんだろう? メノウ姉ちゃんのテンションがいきなり上がりだした。我が主って、もしかしてフェル姉ちゃんのことかな?


「メノウ、何を血迷ったことを言ってるニャ。私に勝てなくて何がアイドルの頂点ニャ」


 厨房のほうからヤト姉ちゃんがやってきた。


「ヤトさんとの勝負はついていません。次の戦いでどちらが上かをはっきりさせましょう。そしてどちらがよりフェルさんにふさわしいか分からせてあげます」


「いい度胸ニャ。漆黒と言われた私にそこまで言った奴は初めてニャ。完膚なきまでに叩きのめすニャ」


 メノウ姉ちゃんとヤト姉ちゃんが対峙すると、周囲からも応援の声が上がった。すごく盛り上がってる。


「アンタ達何してんだい! 忙しいんだから、ちゃっちゃと仕事しな!」


「す、すみません!」


「ニャ! 申し訳ないニャ……」


 アイドルの頂点はどっちか分からないけど、最強はニア姉ちゃんみたいだ。すごすごと厨房に戻るメノウ姉ちゃんとヤト姉ちゃんを見てそう思った。

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