第126話 包囲網
メノウ姉ちゃんがオリン国のエルリガって町について教えてくれる。
明日の夜にフェル姉ちゃん達がそこに泊るだろうって話だったけど、どんな町なのかな?
「エルリガは王都ヴァロンの次に大きい町と言われています。有名なのは魔道具の作成が盛んだということですね。人界で作られた魔道具のほとんどはエルリガで作られたと言う話もあるみたいですよ」
「魔道具をたくさん作ってるんだ? ヴァイア姉ちゃんみたいな人が多いのかな?」
「いわゆる魔法付与師という職業の方がいるのですが、たしかに多いですね。ただ、ヴァイアさん程の魔法付与師がいるかと言われると、私はいないと思いますね」
メノウ姉ちゃんはそう言って、薄い金属の板を取り出した。そしてそれをテーブルに置く。
「アンリちゃんやスザンナちゃんも貰っていたと思いますけど、これってヴァイアさんが魔法を付与した魔道具ですよね?」
「うん、村で魔道具を作れるのはヴァイア姉ちゃんだけ。いつの間にか作れるようになってた。詳しくは聞いていないけど、たぶんフェル姉ちゃんのおかげ」
「さすがです、フェルさん――まあ、それはいいとして、こんな複雑な術式を組んだ魔道具なんて作れる人はいないと思います。たぶんエルリガどころか人界中を探してもいないでしょうね」
ヴァイア姉ちゃんがすごいのは分かった。もしかしたら、その町でヴァイア姉ちゃんはスカウトされちゃうのかな? もしヴァイア姉ちゃんが帰ってこなかったらすごく寂しい。
そんなちょっとセンチメンタルな気分でいるのに、ローシャ姉ちゃんが身を乗り出してメノウ姉ちゃんの金属板を凝視している。これはあれ、穴が開くほど見てるってやつ。
それによく見たら、ラスナおじさんもものすごい目で金属板を見つめていた。
「ラスナ、どう思う?」
「あり得ないことですが、そのあり得ないことを否定する物が目の前にありますな。魔道具は専門ではありませんが分かります。これは国宝級の魔道具でしょう」
「……やっぱりそうよね……ああ、もう! あのヴァイアって子と専属契約を結べば何もしなくてもお金が入るくらいなのに!」
「ローシャ様、ラスナ様、フェルさん達の出発前にも言いましたが、ヴァイアさんに無理やりな契約をしようとするならメイドの妙技をお見せしますよ? ファレノプシスのランクが伊達じゃないことを、身をもってわからせますが?」
メイドの妙技って何だろう? それにファレノプシスって花の名前だったような?
メノウ姉ちゃんの笑顔によるプレッシャーが周囲にまき散らされているのが分かる。ローシャ姉ちゃんはちょっとだけ押されているみたい。ラスナおじさんは平気そうだけど。
「わ、分かってるわよ、無理やりな契約なんかしないわ。ちゃんと真摯にお願いして魔道具を作ってもらうわよ。もちろん、お金も払うから」
「はっはっは、ご安心くだされ。メイドの最高ランクであるファレノプシスに逆らう真似など致しませんぞ!」
良く分からないけど、色々大丈夫みたいだ。それとファレノプシスというのはメイドさんの最高ランクなんだ? メノウ姉ちゃんもすごい……というか、この村って何気にすごい人がいっぱいいる?
フェル姉ちゃんは魔界で一番強いみたいだし、ヴァイア姉ちゃんは魔道具を作るのが得意。ニア姉ちゃんの料理は人界一だと思うし、リエル姉ちゃんは聖女様で、治癒魔法がものすごい。ディア姉ちゃんは裁縫の腕がすごいし、メノウ姉ちゃんはメイドの最高ランク。そのメノウ姉ちゃんに嫉妬されるくらいの才能があるヤト姉ちゃんもいる。
それにスザンナ姉ちゃんはアダマンタイトだから、最高ランクの冒険者だ。
……アンリだけ普通の人。何かないかな?
「アンリ、どうかした? さっきからキョロキョロして挙動不審だよ?」
「スザンナ姉ちゃん、よく考えたんだけど、アンリだけ普通すぎる。みんなすごいのに。だから何かないか考えてるんだけど……剣の腕ならそこそこだと思うんだけど、どうかな? 履歴書で長所のアピールをできるくらいかな?」
「アンリは普通じゃないと思うよ。私が知ってる五歳はこんなんじゃない。それにアンリはこれから。たぶんだけど、大人になったらすごいと思うよ。こう、手が付けられない感じで」
スザンナ姉ちゃんの言い方にちょっと引っかかるけど、アンリには伸びしろがあるってことかな。なら将来に期待しよう――そうだ、フェル姉ちゃん部下にして人界征服すればすごい人って言っていいはず。それを目指そう。
……また脱線しちゃった。エルリガの話を聞いていたのに。
「えっと、メノウ姉ちゃん、エルリガってそれだけ? 魔道具を作るのが盛んな町ってだけなの?」
「他に有名なことといえば、大霊峰が近いということもあって、魔物の襲撃が多いですね。なので冒険者たちが多く滞在して賑わっています」
「そうなんだ? でも、大丈夫なの? フェル姉ちゃんは大丈夫だと思うけど、みんなが襲われたら大変」
フェル姉ちゃんに襲い掛かったらたぶん返り討ち。でも、リエル姉ちゃんは治癒魔法が得意でも戦闘力がなさそう。襲われたら大けがしちゃう。フェル姉ちゃんが護衛をすると思うけど、それでもちょっと心配。
「町の中なら大丈夫ですよ。あの町は巨大な壁に囲まれていまして、その壁も魔道具になっているんです。魔物が壁に張り付いたら、雷の魔法が発動して痺れさせるみたいですよ。その隙に冒険者の皆さんが倒してしまうとか」
「壁が魔道具ってすごい。でも、それなら安心」
「それに冒険者の皆さんは魔物が壁に張り付く前に退治しようとするのでより安全ですよ」
「それはどうして?」
「魔物を倒したときに得られる素材のためですね。電気で痺れさせると、動きは止まるのですが、魔物の皮が焦げてしまうとか。それにお肉もまずくなるらしいです。だから壁に張り付く前に倒すみたいですよ」
そういえば、狩人のロミット兄ちゃんが、フェル姉ちゃんが村に来るよりも前にそんなことを言ってたっけ。魔物を倒すだけじゃなくて、肉でも皮でもいい状態で取れるのがいい狩人だって聞いたことがある。
「エルリガについてはそれくらいですね。その町から北東へ行くと王都ヴァロンです。カブトムシさんならエルリガから一日もかけずに到着すると思いますよ」
メノウ姉ちゃんの説明で大体わかった。フェル姉ちゃん達は三日くらいで王都ヴァロンまで行くみたいだし、途中で泊まる町も分かった。これで完璧な計画が立てられる。
「メノウ姉ちゃん、ありがとう。これでフェル姉ちゃんがいる場所の予想が付いた」
「フェルさんの場所の予想が付くと、どうなるんですか?」
「スザンナ姉ちゃんと村を抜け出してフェル姉ちゃんを追いかける。これはおじいちゃんに内緒ね」
隣のスザンナ姉ちゃんから「え?」って声が上がった。
「アンリ、そんな話は初耳なんだけど?」
「うん、アンリの計画は今発表したからスザンナ姉ちゃんが初耳なのは当然。それに今までは単なる可能性だった。でも、メノウ姉ちゃんの話を聞いて、いてもたってもいられない。村の中だけで楽しいこともあるけど、外にはもっと楽しいことがありそう」
「やっぱりアンリは普通の五歳児じゃないよね。もともと私はフェルちゃんについて行ってもいいみたいだったし、アンリを連れて行けば問題ない。もっと計画を練って追いかけよう」
さすがスザンナ姉ちゃん。アンリのやることに肯定から入ってくれる。よし早速準備をしよう。
「フェルさんを追いかけるつもりですか? 私の話を聞いてそう決めたと?」
「うん。正確な情報を得たアンリは水を得た魚。何人たりともアンリを止められない」
「もちろん私も」
アンリとスザンナ姉ちゃんがそう言うと、メノウ姉ちゃんは大きく深呼吸をした。そして笑顔でプレッシャーをかけてくる。
「そうですか……でも、そんなことになったら私がフェルさんに叱られますよ! どうやら、メイドの妙技はアンリちゃん達に見せることになりそうですね……!」
味方だと思っていたメノウ姉ちゃんが実は敵だった。
「それじゃ、アンリ達のことはメノウに任せるニャ」
「ちょ、ヤトさんも手伝ってくださいよ! もし、村から出られたらヤトさんもフェルさんに怒られますよ!」
「ニャ……確かにそれはありそうニャ。仕方ない、一時休戦ニャ」
なんてこと。ヤト姉ちゃんも敵に回った。
「そういうことでしたら我々も手伝いますぞ! フェルさんに恩を売っておいた方がいいですからな!」
「それはラスナに任せるわ。私は何をしようかしら……この村、何もないのよね……」
これは包囲網。アンリ達を村の外へ出さないための共同戦線が敷かれている。でも、その程度じゃアンリは諦めない。絶対に村を抜け出てフェル姉ちゃんに会いに行こう。
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