第125話 三大商会
お昼がちょっとだけ過ぎた眠くなる時間、森の妖精亭の食堂で、スザンナ姉ちゃんとヤト姉ちゃん、そしてメノウ姉ちゃんが一緒のテーブルについている。
確かにメノウ姉ちゃんは呼んだけど、ヤト姉ちゃんも聞くのかな? 踊りのお話は終わったのにテーブルから離れようとしてないところを見ると、フェル姉ちゃんのことが気になるのかも。
「ヤト姉ちゃんもメノウ姉ちゃんのお話を聞くの?」
「もちろんニャ。たぶん、ないとは思うけど、フェル様に呼ばれる可能性だってないわけじゃないニャ。だからオリン国についてちょっとでも情報を仕入れるニャ……ちょっと待つニャ。飲み物のお代わりを持ってくるニャ。メノウ、まだ話を始めちゃダメニャ」
ヤト姉ちゃんはそう言って厨房に戻っていった。
確かにヤト姉ちゃんの言うことには一理ある。アンリだって呼ばれる可能性はある。例えば、五歳くらいの女の子にしかできないことがどうしても必要とか……そういうシチュエーションを全く思いつかないけど。
「えっと、メノウ姉ちゃんはヤト姉ちゃんがいても別に平気? ヤト姉ちゃんがいるからって嘘の情報を言われるとアンリとしてはすごく困るんだけど」
「そんな陰険なことはしません。ヤトさんとは争い気味ですが、強敵とかいてトモと呼ぶくらいの仲ですから。大体ですね、ヤトさんが料理やウェイトレスを始めたのは最近らしいじゃないですか。私がメイド長の元で血を吐く様な訓練を何年もしたのに、たった数ヵ月でここまでになるなんて……才能なんかに負けるもんですか!」
「メノウ姉ちゃん、前半はいい感じだったのに、後半恨みが入ってる感じでちょっと台無し」
でも、メノウ姉ちゃんもヤト姉ちゃんに嫉妬してる感じ。似た者同士な気がする。
ヤト姉ちゃんが厨房から戻ってくると、テーブルの上にコップを四つ置いた。でも、中身が水じゃない。匂いで分かる。これはリンゴジュース。
「ニア様からのおごりニャ。今日は余裕があるからゆっくり休んでくれって言われたニャ。皆、後でニアさんにお礼を言うニャ」
みんなで頷いた。リンゴジュースってお高い物なのにおごってくれるなんて、ニア姉ちゃんはすごい太っ腹。
「さて、それではオリン国について説明します。と言ってもオリン国の歴史とかじゃなくて、フェルさんが通りそうな道の説明ですよね?」
「うん。どんな感じで王都まで行くのかを知っておきたい」
「分かりました。本来、オリン国での移動は馬車がメインなのですが、フェルさん達はカブトムシさんに乗って移動していますから、移動距離を二倍にすると……」
メノウ姉ちゃんが下を向いてぶつぶつ言いだした。お馬さんの馬車とカブトムシさんの移動距離を比較しながら考えているのかも。これも算術なのかな?
メノウ姉ちゃんが顔を上げると、皆を見渡した。
「大体ではあるのですが、多分、今日はリーンの町に泊ると思います。そして次の日はリーンの北にあるエルリガ。そして三日目には王都ヴァロンに着くような感じだと思いますね。馬車なら一週間くらいかかりますが、カブトムシさんの移動距離を考えるとそれくらいかと」
馬車の半分で行けるってことなんだ? カブトムシさんはすごい。
「リーンと言うのは森を東に抜けてすぐの町のことニャ?」
「そうですね。あの町はオリンからルハラやロモンへ行くためには必ず通る場所ですから結構栄えているんですよ。リーンからさらに東にはドワーフさんの村もありますから、武具の仕入れとかでも通ることが多いですね。色々な場所への玄関口と言える町です」
アンリは行ったことがないけど、おとうさんは良く行くことが多いかな。あと、商人ギルドがあってヴァイア姉ちゃんとかロンおじさんも良く行くとか聞いたことがある。
「スザンナ姉ちゃんも行ったことある?」
「もちろん。でも、人の多いところは苦手だから、あまり行かないかな。もっと閑散としている村とかのほうが行くのは多いよ」
スザンナ姉ちゃんも行ったことがあるんだ? フェル姉ちゃんが行くときにアンリも密航できたら行けたんだけどな。
「ただ、そういう重要な場所なので、色々な商人が店を出そうと躍起になってますね。たしか、ロモンに本店があるラジット商会がその町への進出を狙っているとか。あまり関わりたくないような人の出入りもあるので、今は少々危険かもしれませんね。まあ、フェルさん達に手を出したら返り討ちだと思いますけど」
確かにフェル姉ちゃんの心配はいらないと思う。下手に手を出したらヴィロー商会みたいな目にあうかも。そういえば今日はラスナって人達を見てないけど、何をしているのかな?
それはいいとして、ラジット商会って聞いたことがあるようなないような?
「ラジット商会と言うのは? ヴィロー商会みたいなもの?」
「そうですね。三大商会と言われるほど大きなところですよ。ヴィロー商会、ラジット商会、シシュティ商会の三つがそう言われています。ラジット商会はその中でも一番の新参ですね。会長のラジットと言う方が一代で築き上げた商会です」
「すごい人なんだ?」
そう言うと、メノウ姉ちゃんは顔をしかめた。
何だろう? 実はそんなにすごくない?
「メノウ姉ちゃん?」
「ああ、すみません。私達メイドギルドのメイドも雇ってもらっている商会なのであまり強くは言えないのですが、悪い噂が多い商会でもあるんです。女神教と懇意にしているということもあって誰も何も言わないことをいいことにやりたい放題だとか。すごい人なのは間違いないと思いますが、個人的には好きじゃありません。実はメイド達を撤退させようという話が持ち上がってるくらいでして」
「メノウ、そういうのを言ってもいいのかニャ? 情報漏洩ニャ」
「別に構いませんよ。危険なことを忠告しないでおくよりは言ったほうがいいです。メイド長も分かってくれます」
とりあえず、ラジット商会が危険な商会かもしれないって覚えておこう。フェル姉ちゃんにはあまり関係ないかもしれないけど。
「ちなみにシシュティ商会って言うのはどういう商会? そこも危ないの?」
「どうでしょう? そこにはメイドも派遣されていないんですよ。それにシシュティ商会は店を持たずに移動をしながら商売をするという変わった形態の商会でして、そこのトップがどういう人なのかも分かっていないみたいです」
「謎の商会なんだ? それはそれでちょっと格好いい」
ディア姉ちゃんじゃないけど、アンリもそういうのに惹かれるお年頃。謎な感じは素敵。
「おやおや、シシュティ商会と聞こえましたぞ? そんなところで買い物をするなら、ぜひ我がヴィロー商会で購入してほしいものですな。もちろん、同じ村に住む方にならお安く致しますぞ!」
いきなり入口からラスナって人とローシャって人が入ってきた。
そして何も言わずに近くのテーブルから椅子を持って来て、同じテーブルについた。ラスナって人やローシャって人は一応村に住む家族みたいなものかな……なら今日からラスナおじさんと、ローシャ姉ちゃんだ。
「ラスナ様、今はプライベートな話をしている最中です。別の席へお移りください」
「まあまあ、邪魔は致しませんから。何でしたら皆さんに飲み物でもおごりますぞ? 同じ物をもう一杯ずついかがですかな?」
アンリの口からすでに邪魔してるって言ったほうがいいのかな?
「ラスナ、本当に同じものをもう一杯ずつおごれるのかニャ?」
「おお、確か獣人のヤトさんでしたな? フェルさんの部下をされているとか。飲み物をおごるくらいなら、このラスナがポケットマネーでいくらでも――」
ラスナおじさんがコップに入っているリンゴジュースを見た。隣に座っているローシャ姉ちゃんもそのリンゴジュースを凝視している。
「……念のために確認したいのですが、こちらの飲み物は何でしょうか?」
「リンゴを絞って液体にした飲み物で、リンゴジュースというニャ」
ラスナおじさんは目を見開いている。
そしてローシャ姉ちゃんは右手の人差し指を眉間に当ててグリグリしている。
「貴方達ね、リンゴなんて高級品をジュースにするなんて……これにどれくらいの価値があるか分からないの? なんで普通に飲んでるのよ。王族だって飲めないのに」
「この村は普通じゃないニャ。そんなわけだから、ラスナは私たちにおごれないニャ。早くテーブルから散るニャ」
「お待ちくだされ。このラスナ、金銭の絡むことで一度言ったことを取り下げるほど野暮ではありませんぞ。確かに驚きましたが、もちろんおごりましょう。ですから同じテーブルで親睦を深めましょう」
ラスナおじさんは結構ぐいぐい来る。これくらい押しが強くないと商人なんて出来ないのかも。
「なら別にいてもいいけど、邪魔しないようにして」
「おお、アンリ殿、感謝しますぞ。ではどうぞ、続けてください」
続けるのはいいけど、何の話をしてたっけ? ……そっか、ちょっと話がそれて三大商会のことを聞いてたんだった。
その話をしていたメノウ姉ちゃんが、ラスナおじさんのほうを見てちょっと考え込んでいるみたい。
「メノウ殿、私に何か?」
「ちょうど、三大商会の話をしていたところなのです。せっかくなので、ヴィロー商会のことを聞いてみてもいいかな、と思いまして」
「おお、そういうことでしたら説明いたしますぞ!」
いけない、これ以上話がそれるのはちょっと困る。聞きたいことは聞きたいけど、それは後でいい。そもそもメノウ姉ちゃんの話は休憩時間の間だけ。早めに情報を得ておかないと。
「ちょっと待って。まずはオリン国のことを聞きたい。ヴィロー商会のことは後回し」
「それはそれで切ないですな。ですが、後回しでも問題ありませんぞ」
「うん、それじゃ、次はメノウ姉ちゃんが言ってた町……エルリガだっけ? そこの話を聞かせて」
メノウ姉ちゃんが頷いた。
フェル姉ちゃんが明日に泊まりそうなところだ。どんなところなのかな?
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